第13話 ヘンゼルとグレーテル
数日後の放課後。絵本部3人は部室に集まっていた。絵本部は学園祭に出した企画が評判だったおかげで部の名前が知られるようになった。
絵本部が何でも屋の様な部活だと知った生徒が増えたおかげで、絵本部にくる依頼も増える様になり、僕達も色々と仕事をこなしてきた。
「今日は特別な依頼だ。少し厳しい仕事になるぞ」と部長が珍しく真剣な面持ちで話している。「どんな依頼ですか?」少し驚きながら、僕の隣で桐さんが質問した。
「…依頼内容はくだらないんだが、自称料理下手な女生徒さんがバレンタインまで絶対溶けないチョコレートが欲しいらしい。今回は“ヘンゼルとグレーテル”の中に入って、魔女の家で晩飯として出される、永遠に劣化しないチョコレートを取ってきてほしい」
ズコーッと椅子から転げ落ちる僕と桐さん。さすがに依頼内容がくだらなすぎる。
「よく引き受けましたね。」
「まあ、こういうファンタジーな依頼もやり遂げられるのが絵本部の強みだからな。行きつけのお菓子店に溶けにくいチョコレートがあるから買ってくると言っておいた」
部長はいつも通りヘラヘラしてるかと思うと、また真剣な表情になった。
「あと、空と桐の修行も兼ねて」
「修行?」
僕と桐さんは首をかしげた。修行もなにも、なにに対しての修行なのか。
「わかってるだろうが、絵本の中は化け物だらけの無法地帯だ。いつ襲われるかもわからない。だけど、絵本の中でも護身の術はある」と部長は話を続けた。
「絵本の中に入ると時々能力が身につくことがある。絵本の中の道具を呼び出せたり、自由に絵本の中の登場人物になりきれたり、もちろん、絵本の中に入れるのも能力の一つだ。2人は何回も絵本に入ってるからそろそろ何かの能力が身についてもいい頃と踏んでる」
「能力…!化け物と互角に戦えたりもできる様になるって事ですか?」
キラキラした目で僕は部長を見る。部長はニヒルな笑いをした。
「もちろん!…まあそれに俺も卒業が近づいてるし2人に絵本部を継がせる準備も始めなきゃと思ってな」
能力の二文字を聞いた僕は興奮のしっぱなしで、つまんなそうに奥の本棚に目を運ぶ桐さんの隣で興奮の声を漏らしていた。
「じゃあそろそろ仕事に取り掛かろう」
部長は机の上のヘンゼルとグレーテルの絵本を開いた。絵本は徐々に光をまとい始める。
ガチャッ。突然の金属音。絵本部3人は一斉にドアを見る。
そこには、この前会った女の子、眩しくて目を瞑りながら僕らに近づく藍原凛子がいた。
「ゆっ、自分の全勇気を振り絞って部室に来ましたっ!」
凛子さんは恥ずかしさからか、目を思い切り閉じながらそう言った。どうやら光には気づいていないらしい。部室内は、僕らが出ろと言う間もなく光で包まれた。
「いてて…」いつの間にか茂みの中で横たわっていた僕は、絵本の中に入ったんだろうと察する。
だが、隣にさっき部室に入ってきた凛子さんが横たわっている事にはさすがに察することができなかった。驚いた僕は「ワーッ」と声をあげてしまった。声に反応した凛子さんはビクッと体を揺らし起き上がる。
「あっ、空君…おはよう。あれ、ここは?」
どう返せばいいのかたじろぐ僕。まずは一旦落ち着き、少し考えた僕は仕方なく訳を説明した。
「…つまり私達は絵本の中に入ってるってこと?」
さすが、初めて絵本に入ったアホな僕とは違い飲み込みが早い!勝手に自虐的になりかけてた僕はハッとしながら話を続ける。
「そう!多分信じられないと思うけど信じてほしいんだ…とりあえず、近くに家があるか探してみよう」
パッと花が開く様に笑う凛子さん。
「もちろん!にわかには信じ難いけど、あんな眩しい光が絵本から漏れていたら、信じるしかないよ!」
僕達は立ち上がり、茂みを出て獣道を辿りながら家を探した。ウキウキしているのか凛子さんはスキップしていた。道を歩きながら思ったが、どうやら僕と凛子さんはヘンゼルとグレーテルの役らしい(服装が制服と違い、僕はオーバーオールで凛子さんは可愛いエプロンスカート)。じゃあ、部長と桐さんは一体?
そんなことを考えていると少し先に家が見えてきた。近づいて見ると、お菓子でできてる家だった。間違いない、魔女の家だ。だがイメージと違ったのは、魔女の家の前に椅子に腰掛ける優しそうなおばあさんがいたことだ。
優しそうなおばあさんとお菓子の家、そんな和やかな雰囲気に安心して僕と凛子さんはおばあさんに尋ねてみた。
「おばあさん…少しこの家で休ませてもらってもいいですか?」
薄くオレンジに染まる夕日を見ながら、僕達は言った。
「いいとも、この近くには村が無いんだ。よく人もくるし、なんなら今日は泊まっていきなさい。おあがり」
やけに軽く家に上がることができた。僕は少し不安をもちつつ、これなら依頼も終わりそうだと感じた。
「すごい内装だねー!いくら食べても食べきれなさそう!」
考えこんで見ていなかったが、暖炉、机、椅子、壁、タンス、床、柱、全部お菓子で作ってあった。お菓子の美味しそうな雰囲気を残しながらまるでパッチワークの様な内装はおしゃれで可愛いかつよだれが垂れてくるものだった。
「ふふ、私のお爺さんが職人さんでね…私もある程度お菓子は作れるんだよ。はい、晩御飯だよ」
とにっこり微笑みながら、おばあさんは机の上に晩御飯を出してくれた。
よく見ると、ゴロッとしたチョコが5、6個皿に添えられていた。
(ゲッ、晩御飯がチョコレート!?)
空腹だったが僕はしっかり依頼内容は覚えていたので、なんならシチューとかがよかったなとどんよりしながらも二個だけチョコをつまみポッケに入れた。
「いただきまーす」
どんよりしている僕、よだれを垂らしている凛子。2人で同時にチョコを食べる。
「!!!!」
衝撃の雷が頭に落ちる。なんだこのチョコレート…自分の食べたいシチューの味がそのまま感じ取れる…きっとこのチョコレートは自分が1番食べたいものの1番感じたい味を味わえるチョコレートなんだ。
僕はさっきどんよりしていたとは思えないほどチョコレートに夢中になった。隣の凛子さんはもうチョコレートを平らげていた。表情がにんまりしている。よほど幸せなのだろう。
晩御飯後、僕らは二階の2人部屋に案内させてもらった。もう明日の朝には帰るので心配しないでくださいと伝えると、何故かおばあさんは眉間にシワを寄せた。だが、すぐににっこりとしながらおやすみなさいと階段を降りて行った。
「絵本の中って楽しいんだね!」
凛子さんは晩御飯の余韻に浸っているのか、夜も遅いのにハキハキと話す。
「そうでもないよ…急に化けものに襲われたりするし!でも僕も絵本の中であんなに美味しいものが食べれるとは思ってなかったなー!」
僕もチョコレートで緩くなった口で笑顔をこぼす様にしながら寝る支度をしながら話す。
「明日にはもう現実に帰るんでしょ?明日朝早く起きておばあさんにお礼言わなくちゃね」
「そうだね!挨拶しに行こう」
明かりを消して、おやすみと交わしマシュマロのベッドに入る。ああ、依頼も終わりそうだし案外熟睡できそうだ。唯一気になるのは、この部屋がまるで僕らを待ち構えていたかの様な雰囲気を出していたことと、部長と桐さんの行方だが、絵本から出ればそんなことはどうでもいいのだ。