1.名前
入学式の部分の舞台裏。
少し、そういうのをこっちであげて行きます。
「しろうくんって‥、四男さんなのかな? 」
と聞いた若いママに、少し年輩のママがちょっと変な顔をした。そして
‥ああ、知らないわよね。
って呟いた。
紘子はそれを聞いて
‥昔からここにいる人なんだな。
と、ぼんやりと思った。
顔位は知っているけど、出身やなんかのことを今まで聞いたことは無かった。
同郷なら、知っててもおかしくない。
しかも、同郷なだけでなく、この人は四家のことを少なからず知っている。
多分、『四家』の誰かと同級生か何かがいる人なのだろう。‥私より少し年輩っぽいから(←失礼)‥相模と同じ位かしら。それか‥三郎さん(←武生父)の同級生もしくは、先輩‥。
「ここの出身なのね」
つい、同郷意識を感じて紘子は、その年輩のママ友に尋ねた。
小さな街だ。学校卒業後若者は、都会に働きに出ちゃったりして、やっぱり県外に転出する者は多い。
都市の学校に進学してそのままそこで就職‥という者が多いだろうか。みんながみんなでは無いだろうが、少なくとも自分の友達の県外転出率は八割だ。
四家だって、跡取り以外は県外に出る者もいる。
だから、‥なにかちょっと嬉しかった。
「わたし、相馬さんの旦那さんの二つ先輩よ。‥相馬君とはお話したことはないけど、そうね‥相模君と同じ年だった」
佐々木は、「ああ」とちょっと驚いた顔を一瞬してから、ふふ、と紘子に微笑みかけた。
ああ、やっぱり。
そんなことでもなければ知らないだろう。
相生 四朗という名前の意味を。
「? 」
四朗を四男かと聞いた若いママさんが首を傾げている。
「そうね。言われてみたら、確かに四男って感じの名前ね。後輩に、長男で三郎さんっていたから、あんまり「四男だから‥」とか思わなかった」
ふふ、と微笑んで紘子の代わりに堪えたのは、佐々木だった。
「ふうん? 」
若いお母さんは、「なんだろ? さっきの間? 」って不思議そうな顔をしている。
と、
「紘子ちゃんも一緒に写真撮りますか? 僕が映しますよ」
さっきまで四朗君と武生の写真をバシャバシャ撮ってた四朗が紘子に向かって手を振って来た。
四朗の後ろでは、武生が「さっさと撮って帰ろう‥」と不機嫌な顔をしている。
‥きっと、飽きたんだろう。気持ちは分かる。私も帰りたい。
紘子はちょこっとそんなことを想いながら、小さく武生たちに微笑みかけた。
四朗君は相変わらず、完璧な営業用スマイルだ。
‥四朗君のその笑顔。四朗兄さんなら、『笑顔の無駄遣いだな』っていいそう。
相生スマイルは『ゼロ円』ではない。
まあ、それはそうと
「え? ええ。お願い。四朗も、四朗君と二人で撮るでしょう? 」
紘子は、四朗に
「先に貴方たちを撮るわ。四朗君
‥しろうも、しろうくんととるでしょう?
ん? なんか、へんなこと言ったぞ?
さっきの若いママさんは再び首を傾げた。
「ああ」
と、頷いた紘子も、佐々木も、そういえば、その不自然さを、普段意識なんかしない。
「‥相変わらずややこしい家よねえ‥」
って位の事だ。
跡継ぎは、皆同じ名前。
襲名する時期は、皆違う。だけど、最終的には、当主は全員同じ名前になる。
当主になる前‥当主候補と認められた時には、もう、その名前になる。
それは、相生だけではなく、四家全部だ。
相崎家の当主は 相崎 総一郎
相模家の当主は 相模 藤二郎
相馬家の当主は 相馬 三郎
相生家の当主は 相生 四朗
それは昔から決まっている。
何のこだわりかなんて知らない。だけど、それはそう決まっているらしいのだ。
「とすると、この子は跡継ぎってことなのね。‥あら? もう襲名したの? 早い様な感じがするけど、そういうものなのかしら? 」
‥勿論、四朗君は異例中の異例だ。こんなことは、未だかって無かったし、これから先もきっと無いだろう。
それ程、四朗君は優秀で、‥特異なのだ。
そんな話は、だけど、佐々木にするつもりはない。
四朗君は、四朗君だ。
「じゃあ、紘子ちゃん並んで! ‥入学式って看板のところにしようか? う~ん。混んでるね。結構並んでるみたいだし、あれは帰る前に並んで撮ろうか」
にこ、と微笑む四朗は相変わらず男前だけど、生憎、この一族の顔には耐性があるからそう「ポ~ 」とはならない。
紘子は表情も変えずに、むしろ面倒くさそうに頷いた。
丁度、弟に対する姉の態度、そんな感じだ。(実際、力関係はそんな感じ)
その様子を、周りはかなり驚いて、そして羨ましそうに見ている。
その内、一人のママさんが
「あの、私たちも一緒に入っていいですか?! 」
って果敢に挑んだ時には、皆
果敢なママさんを尊敬の眼差しで見た後、「出遅れた‥」って顔をしたが、
「‥俺は、普通に嫌だけど。知らない人とかもいるし‥」
紘子の息子・武生に撃沈されてるのを見て、
‥やっぱり、美形は見るだけ位が一番いい。
なんて、思うのだった。
「是非、あの子たちと友達になんなさい」
って家に帰って、こっそり子供に念を押したのは、まあ、言うまでもないけどね。