相崎の社会科見学
「おはようございます」
「おはようございます」
花屋さんの奥さんの朝の挨拶に、華やかな笑顔で挨拶を返す。
どんな女性であれ、女性には優しく! 既婚者だろうが、年輩だろうが。
だけど、‥中学生以下は例外だ。
子供は、色気ってのが分かんないからね。
‥わかっても嫌だ。
子供は、元気に遊べばいい。変にすれた子供はいけない。子供のうちに吸収できる、親からの愛情やらに気付けなかったり、後々「飯のタネに」なり得る好奇心をつぶしてしまうからね。
‥そう。しんちゃんみたいな、冷めたガキ。あれはいけない。
人間に面白みがない。どんなに、人生経験があろうと、どんなに知識があろうと、どんなにあがこうと、あれは、駄目。
せっかく女の子が与えてくれる愛情にも気づいてないじゃない。人間性に問題がありすぎるよね!
そんなこと思いながら、花屋の奥さんと笑顔を交わしてると、ふっと奥さんの顔色が悪くなるのが分かった。
「大丈夫ですか! 」
俺は慌てて駆け寄る。
奥さんは、花のショーケースにもたれて今にも倒れそうだ。
「‥大丈夫よ。ちょっと立ち眩みしただけだから」
手伝って、奥さんを椅子に座らせていると
「母さん! 無理しないで寝てて! 」
店の奥から中学生になるかならないかの女の子、所謂子供が走ってきた
「私が店番するから、母さんは座ってて! 」
で、俺に気付く。
「お客さんですか? 」
といいながら、目が「お客さんですか? 」って目じゃない。
不審者を見る目、止めた方がいい。
まあ、愛想がいい子供も嫌だから(以下同文)
俺が苦笑していると、
「ああ、この方は私を助けて下さったの」
奥さんが、娘を窘めた。
「はあ、ありがとうございます。では」
なおも、娘の緊張は解けていないようだった。硬い表情を崩さず、形だけ、という感じで俺に会釈した。
「‥俺も手伝うよ。水替えとか、さっき奥さんしてたみたいだから」
苦笑したが、俺が上着を脱いで腕まくりをした。
「‥そんなこと、お客様にしてもらうわけにはいかないです」
娘が睨んでいるが、俺は無視することにした。
「子供が遠慮しなくていいんだ。困ったときはお互い様でしょ」
「子供じゃないですけど! 」
これも無視して、俺は奥さんに聞いて、花の水替えを始めた。
「いらっしゃいませ」
人には愛想よく。
何を売るにもそれは変わらない。
そういう訓練は昔から受けている。
それに、表情だって。
人受けする顔だって自覚もある。
使えるものは、最大限に使わないと。
「え! あら! 」
俺が微笑みかければ、道行く人がお客さんに変わる。
どんなもんだ。
「ええと‥。あの‥」
「バラなんかどうですか? お部屋に飾ったら明るくなりますよ」
にっこり笑って勧める。
「あら、そうね」
花を選んで、包んでお金を受け取るのは、娘。そういえば、さっき「加奈」と奥さんに呼ばれていた。
「私は、アリストロメリアを」
‥アリストロメリア?
札を付けて欲しい。よくわからない。
奥さんが、「あれよ」と教えてくれる。
「花を持つときは、丁寧にね。バラは指で首の下を持って」
小声でアドバイスしてくれる。
案外力が入ってしまいそうになる。
「ありがとう」
ふわっと、お客さんが笑顔になったのをみて、俺も笑顔なった。
‥売って、誰かの笑顔を見たのは、初めてだ。
どちらかというと、俺たちの家業は、顧客が見えない。(しんちゃんは、客をたらしこむことが仕事だし)←この認識!
「花束、作ってもらえませんか」
「え! 」
花束‥。ちら、っと加奈を見る。
加奈は別の客を接客している。
‥俺しかいない。だけど、俺にそんなもんが作れるはずがない。
「ええと、どんな感じにしましょうか? 」
話している間に、加奈が終われば‥。
「お見舞いに持っていきたいんです」
「ご予算はどうさせていただきましょう? 」
「三千円でできますか? 」
お見舞い。ユリとか‥
自分の常に持っていく花を思い起こす。
カサブランカやオンシジュームにドラセナ‥。三千円は越すか?
「はい。お任せください」
顔には出さないように、頭でぐるぐる考えていると、後ろから声がした。
‥奥さん。
「もう大丈夫よ。ありがとうね」
にっこりと笑い、奥さんがお客さんの前に立つ。
「じゃあ、カーネーションで作らせていただきましょうね」
奥さんの手つきを食い入るように見た。
花を扱う丁寧な所作。無駄のない動き、飾らない穏やかな笑顔。
華麗な花束。
お客さんを送り出すと、
「もう少し座ったら、また働くわね」
と、奥さんはまたパイプ椅子に座った。
「貧血なのよ。ありがとう、貴方がいなかったらお店を閉めてたわ」
と付け加える。
「母さん、無理しないでよ」
と心配そうな加奈。
優しい子だ。
「カサブランカはいれなかったんですね」
ショーケースの真ん中でさく美しい花を見ながら、俺はさっき思ったことを聞いた。
「ん~。私、お見舞いの花にカサブランカ入れるの好きじゃないのよね。‥匂いが強いから」
奥さんが肩をすくめる。
「ああ。確かに」
「しかも、カサブランカ一本いれたら、それだけで予算の大半持ってかれるでしょ? 」
「そうですね」
花束って奥深い。
「さ、ありがと。もう大丈夫だわ。‥貴方にバイト料出さないと」
「いいです。いろいろと勉強させてもらいました。‥僕の家も、商売をしていて、将来は継ごうと思ってて、今は修行中なんです」
「まあ、偉いわねえ。見たところ、高校生くらいでしょ? しっかりしてるわねえ」
「来年卒業です」
「へえ、そうなの。じゃあ今は忙しいんじゃないの? 」
「僕は、推薦入学がもう決まってますから」
「そうなの。頑張ってね」
「‥あの、貴方は相生さんですか? 」
「え! 」
しまった、意外な言葉にアカラサマに嫌な顔をしてしまった。
「違いますよ。何故? 」
「‥友達が、「相生様かっこいい」って言ってたから。お兄さんかっこいいから、その「相生さん」なのかなって思って」
「俺は、相崎っていいます」
「相崎さん? 」
そこで、加奈がにこっと笑った。
今日初めての笑顔だった。
「私、その友達に「相生さんはしらないけど、きっと相崎さんの方がかっこいいよ」って教えとくね! 」
なんだそりゃ。
その、わけのわからない加奈の言葉に笑顔になった。
そりゃあ、俺の方がしんちゃんよりかっこいいよ!
「加奈、それはよくわからないわ。それより、何かお礼がしたいなあ‥」
「あの、この花‥。一本いただいていいですか? 母に‥あげたいんです」
初めて自分で働いた報酬は、‥なんか女友達にあげるのはちょっと違う気がした。
なんか、この子は特別、って子も思い浮かばないしね。
「え? ええ。じゃあ、このバラを」
珍しい、緑とピンクの混じったバラ。
「ありがとうございます」
今日はたくさん聞いた。「ありがとうございます」を自分で言って、じんわりときた。
いい言葉だ。
‥このことを忘れないようにしよう。
そう思った。