閑話 四朗と紅葉の家族
8-3の後に入れようと思いましたが、佳境に入る前に、これ以上話がだらだらするのも‥と、止めました。
こういう、「入れたかったけど」も、なんこか入れたいと思っています。
夕方、紅葉の父親が帰宅してきた。
あらかじめ、妻からメールで知らされた彼であったが、家に来客がいるというのは緊張する。
そして、ちらっと玄関で靴を見る限り、若い男だ。
清潔なスニーカー。
そして、デカい。うちは女の子ばっかりだから、こんなデカい靴、普段は見ない。
自分の靴以外の男物の靴が玄関に置いてあるダメージ、結構計り知れないな。
‥この前、武生君とは外で会ったし。
「よろしくお願いします」
挨拶してきた顔は、やたらイケメンだ。
年は、紅葉と同じ位だろうか。ど
娘とは、どういう関係だろう。そもそも、紅葉の知り合いだろうか、千佳だろうか。
紅葉だとしたら‥
この前会った武生君とは違う子だ。
どういうことだろう。
武生君と会うのも、精神的にいっぱいいっぱいだったのに、今日は泊まる?
‥いったい彼は誰なんだ?
会釈でダイニングを通り過ぎて、部屋に荷物を置きに行くと、妻が
「桜の息子さんなの。‥あの子が、稽古をつけるってやり過ぎちゃって、帰れないだろうから泊めてあげてって。ほら、あの家、夜は男性立ち入り禁止だから」
「ふうん? 桜さんが稽古って。‥そんなこともするんだね」
ネクタイを外しながら父親が感心した様な声を出す。
‥だからってうちか? 我が家には年頃の‥結婚を控えた娘がいるんですけど! 変な噂立ったらどうしてくれる。
ついつい、桜には厳しくなってしまうが、考えてみれば桜は妻の妹で、会ったことがないとはいえ彼は、娘たちにとっては従兄弟だ。
‥そう、ただの従兄妹だ。俺からしたら、甥だ。
そう思ったら、大したことないということに気付いた。
大したことないどころか‥。
甥か!
彼は、一人っ子だったので、甥や姪なんて周りにいない。
‥甥。
「ああ、君が四朗君。いつも紅葉がお世話になっています」
父親は、急に「叔父さん風」をふかせたくなった。
そんな彼を、千佳が冷めた目で見ているのには、勿論気付いてはいない。
「こちらこそ」
緊張した面持ちで、四朗が挨拶をする為に姿勢をもっと正そうとする。
「ああ、いいいい。堅苦しい挨拶は。(なんて言ったって、伯父さんだしね! )初めましてだね。私は、紅葉の父親の徹です」
「初めまして、相生四朗です」
千佳の表情が「初めてじゃ、ないな」と語っている。
‥千佳ちゃん‥
密かに突っ込みを入れる四朗。
‥え? 千佳、その顔。四朗君と私が入れ替わってたって気付いてるの? 四朗君が言ったの?
紅葉は気が動転している。
「それより、卒業だね。進路は決めてる? 」
伯父さんっぽい話をしてみる。
「父さん?! 」
紅葉が驚いて聞き返す。
‥急に、なんで進路?! 私も聞いたことないよ!
「ははは。ごめんね。でも、君。ホントに男前だね。モテるでしょ? 」
徹は、機嫌よさげにビールを一口飲んだ。
「根暗はモテない」
ぼそり、と千佳が呟く。
「千佳! 」
紅葉が慌てて叫ぶ。
‥だから、何なの今日の千佳?! 何があったの四朗君と?!
「ははは」
四朗は乾いた笑いを浮かべる。
紅葉は、息を小さくひとつ吐くと
「四朗君はそういうことに疎いんだ。お家のお仕事も忙しいしね。学校以外は、習い事にお仕事にって大忙しなんだ」
息を落ち着け、常と同じように落ち着いた口調で言った。
「お仕事? 」
首を傾げたのは母親の蕗子だった。
四朗は、
「親戚たちと家族で会社を経営しています」
にっこり笑って言った。
「凄いね! 社長さんだね」
「うちの家は平ですよ」
「ははは」
徹が楽しそうに笑い、
「父さん! 」
蕗子が慌てて徹を窘める。
「家族会社も大変だよねえ」
お? やっぱり父さんも母さんも四朗君のスマイルに耐性がある。
そうか、一緒に暮らしたら耐性が出来るんだ。
新発見。
‥千佳は相変わらず「けっ」って顔してるね。
「それで、四朗君は武生さんの幼馴染なのよね」
と、蕗子が食後のお茶を入れながら何となく聞いた。
「全然タイプは違うけどね」
「さっきから、千佳はなんなのよう。もう」
「いいですよ。なんか、武生で慣れてますから」
‥寧ろ、しつこい武生みたいな感じ?
四朗が苦笑する。
「いつもは、いい子なんですよ」
紅葉が困ったような顔で言った。
‥ホントに、千佳ったら。私、千佳が嫌われちゃったりしたら嫌だよ?
ちょっと泣きそうになっていると、
「知ってる」
四朗が紅葉を安心させようとするように、穏やかに微笑みかけた。
「? 」
‥四朗君?
そして、すぐ
「あ、紅葉さんの妹さんだから、いい子だろうなって」
「俺にも弟がいます。素直じゃないけど、いい奴で。ちょうど、それを思い出しました」
って言って『誤魔化した』
嘘、博史君は『普通に』いい奴だ。
四朗君は、千佳と本当に会ったことがあるんですね。また、その時の話をしてくださいね。
不思議と、『疑惑』みたいなもの‥二人の間に何かあった、とかは思わなかった。
だから、今はいい。
「さ、四朗君。明日も稽古でしょ早く寝なきゃ」
にこっと笑って、紅葉が四朗を促した。
蕗子が慌てて立ち上がり
「お風呂の用意するわね」
風呂場に向かおうとするのを、四朗が引き留めた。
「あ、シャワーを西遠寺の家で借りて来たから大丈夫です」
「さっき買ってきた服に着替えだけすれば‥」
ああ、確かにさっき買ってきました。店員にガン見されながら。
紅葉が、『さっきの服屋』を思い出し遠い目をする。
‥ホント、何しても四朗君目立ちすぎだよ。お会計の時、店員さんの意識飛ばしかけてたし。
「‥パジャマ。父さんの貸してあげたら。丈がつんつるてんになるかもしれないけど」
口は悪いけど、千佳はやっぱり『いい奴』で、紅葉は顔が自然と綻んだ。
「‥短足で悪かったな‥」
‥父さんは不満げだけどね‥。
次で、本編最終になると思います!