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相生様メモ   作者: 大野 大樹
舞台裏
20/20

4.千佳と四朗その後② 

「特にお値段面でね! 」

 なんてアリシアは言ってみたが、所詮、親の金だ。

 分かってる。

 千佳に対して、ちょっと意地悪言ってみたくなっただけだ。



 親の金。

 だけどそれは、でも、スーパー庶民である千佳も変わりはなかった。

 留学費用を出してくれたのは、両親と、そして自分にやたら甘い姉だった。

 いくら付き合いが長くって、お互いの家族公認で、っていうか殆ど家族みたいであろうと、四朗とはホントに家族なわけでも、結婚してるわけでもないので、援助をされているわけでは勿論ないし、四朗だってそんなことは言わない。(言っても、千佳が援助なんて絶対受けないことを知っているからね)

だけど、こちらに来た千佳を、四朗の家族と四朗は当たり前の様に食事に誘い、当たり前の様に連れまわした。‥特に、千佳のことをやたら気に入った、四朗祖父が、だ。

 家族ぐるみ、って奴だ。

 でも、それは千佳にとって良かった。

 仕事以外、四朗程気の利かない恋人はいない。

 食事に行くといっても、食に対するこだわりはないに等しいし、そう出歩くタイプでもない。

 千佳のアパルトメントの一室で、仕事をしたり、(それを取り上げたら)読書をしたり。千佳がつくった料理とは名ばかりの‥食事を食べたり(四朗自体は料理はしない。外食派ではなく、コンビニ派でもない。せいぜいお値段が張るオーガニックなシリアルか天然酵母なパンをかじる位だ。別にオーガニックやらに拘りがある訳でもなく、そういうのが好きなわけでもない。「(よくわからないけど)こういうの食べときゃいいんでしょ? 」って程度の感覚だ)‥学生時代からちっとも変わらない。

 飲み物に対する拘りはもっとない。それこそ買ってきた水くらいしか飲まなかった四朗に、湯を沸かしコーヒーを淹れることを教えたのは千佳だった。

 特別な機械を使うわけではない。ドリッパーとペーパーフィルターを使うだけだ。家では、コーヒーサーバーを使っていたが、そのときから、豆を買ってきて、ミルで自分で挽いていた。

 コーヒーは好きだったけど、特にどの銘柄が‥って程は詳しくない。ただ、インスタントではなくコーヒーを淹れるって工程が何となく好きだった千佳は、こっちではドリッパーを使って自分で淹れていたのだ。

 何となく。

 何のこだわりもないが、(だけど)意外と変なところで凝り性な恋人は、こういうの得意そう。

 って思ったのだ。

 その千佳の予測は間違っていなかったらしく、今では道具も増えて(四朗が買って千佳の部屋に持ってきた)、豆もこだわって、美味しいコーヒーを淹れてくれる。今四朗が手にしている、「細口のドリップポット」も、四朗がこの家に持ち込んだもので、千佳は普通にヤカンを使っていた。何となく、人のを使うのは気が引けるし、‥そもそも注ぎ口が折れそうで怖い。

「おいしい‥」

 四朗渾身の‥丁寧に淹れられたコーヒーを飲んだ千佳は、

 ‥食にこだわりが無いだけで別に味音痴邪なかったんだって、再認識した。

 最初こそ「久し振りの恋人との時間」を、って気を遣って(というのを名目に四朗のお守を千佳に押し付けて、遊びに行っている‥のだと、千佳は思っている。‥きっと、外れてはいないだろう。四朗がいたら、色々遊びにくいから‥)遠慮して二人きりにしてくれていた四朗祖父たちであったが、おしゃれなデートスポットも美味しい食事ができる店も案内出来ない「気の利かない」孫に呆れて、この頃(というか、結構すぐに)色々と食事に連れて行ってくれたり、遊びに誘ってくれたりするようになった。

 夜景が素敵なバーだとか、お高いレストランだとか、いい仕事するオートクチュールだったりとか。そこで、素敵なドレスを選んで買ってくれたのも、四朗祖父だった。絶対、気が利かない四朗だったら選べないような素敵な! ドレスだったよ!

 なぜドレスって?

 お高いレストランにはドレスコードがあるからね。このごろはそこまで厳しくないところも増えたけど。‥食事するために服を選ぶってどうよ‥って思ったけど、そういうものではないんだろうね。多分、そういう場所は、自分も他人も、そういう場所の一部なんだろうね。

 だから、異分子がいたら、目立つし、‥凄く場違いで、嫌な気持ちになるんだろう。

 食事する‥ってことだから、馴染みがないだけで、千佳の場合だったら、図書館に来た人が机に脚を放り投げて電子ゲームしてたら、絶対嫌だ。‥こういう感覚なのかな? 

 食事と共に、その場所の‥雰囲気を楽しみに行ってるって感じなのかな?

 兎に角、そういうのってマナーだと思う。

 流石に、自分で買うんだったらオーダーメイドってわけにはいかないけど(やっぱり、お値段がね。‥選び方も分からないし)、他にも何着か「お洒落着」をこだわって買った。「いいもの」を「こだわって」買ったから、服一つにしても、そのものに対する思い入れが全然変わって、「こういうの、いいな」って思った。

 結構、普段だったら「この夏ワンシーズン着れたらいいや」とか「使い捨て」とかしがちじゃない? でも、そういうのって長い目で見たら、実は無駄なのかも。

 お金持ちだけど、無駄遣いしないって感覚。いや、お金持ちだから、かな?

 とにかく、四朗祖父には、上品な時間の過ごし方を教わってる。

 ‥でも、ルックスが装いに8割増しになってる根暗たちとは違って、普通な私は日々に流行りやらも取り入れてお洒落しないといけないんですからね~。多少の「ワンシーズン要因」も仕方が無いんですよ! 付き合いもあるしね、女の子だしね、若いのは今だけですしね。お洒落も楽しいしね。


 ドレスコードのそう厳しくない、でも、決してカジュアルでもないお店。

 アリシアが携帯電話で予約を取り付けている店の名前を聞いた千佳は、そう判断して、クローゼットに掛けてあるワンピーススーツを手に取った。

「出かけるなら、ちょっと着替えて来る」

 と、席を外し、脱衣所で着替える。脱衣所って言って、ユニットバスだから、トイレと一緒なんだけど。

 四朗は着替えなくても‥

 ちらっと考えたけど‥

 今日も、仕立てのいいスーツだから問題は無いだろう。

 まあ、アリシアの母から「今日一日娘に街を案内させるわ」ってお出かけしてる‥いわばデート中なわけだしね! なんでかいつも通りここに来てるわけだしど‥。私とアリシアの学校が一緒で、友達って程でもないけど‥何度か話したことがあるって話になって、ここに来たらしい。

 ‥あれだな、アリシアちゃんのお守りに疲れたんだな。プライベートに迄「キラキラ四朗君」は疲れるって奴か?! 私に丸投げか!? 許すまじ根暗!


 千佳には、恋人が千佳に対して誠実であろうとしている‥姿勢が伝わっていない。

 恋人がいくら「仕事のため」とはいえ、プライベートで他の女と二人で食事をしたくないってことが分かっていない。


 四朗って結構、‥お気の毒だ。



 で、タクシーに乗って向かったレストラン。

 メートルディー(給仕さんですね)が

「アリシア様、ようこそおいで下さいました。今日は、四朗様と千佳様とご一緒なんですね」

 にこやかに出迎えてくれた。

「‥まさかの常連! 」

 少なからずショックを受けるアリシアに、四朗達は慣れた様子で席に案内され、食前酒を選び、コースを三人分頼む。

 その様子は、何処までもスマートで、一言で言うと「慣れてる」。

 正直、自分で注文なんてしたことがないアリシアはちょっとほっとしたのは‥内緒だ。(自分でレストランも選択して、案内するっていったはずなのに、だ)

 食事をしながら、四朗は自分に気を遣って他愛のないことを話していたのだが、ここを出た後のことを話しているときに、ふっと千佳に視線を向け

「あ、ついでにスーツが出来上がったって連絡がありましたので、ここまで来たついでに取りに行きたいのですが」

 って言った。

 そんなホントに何気ない会話だったんだけど、それだけで‥以心伝心っていうか‥二人の距離の近さが垣間見えて、‥落ち込んだ。

「いいけど‥アリシアちゃんもいい? あ、でも時間がかかるとかだったら、別の時に行ってよね? 」

 心配そうな視線をアリシアに向けた後、四朗には咎める様な視線を向ける。

 ‥まさか、ここでまで四朗のことを「根暗」とは呼ばない様だ。でも、四朗のことを「四朗」とは呼ばなかった。「名前を呼ぶのには抵抗があるから‥」らしい。‥なんの、照れだ‥。

 因みに、今、四朗と千佳は二人で話しているわけだけど、その間もずっと英語で話している。

 理由は「他国の言葉を話す者がいたらやっぱり目立つから」らしい。話が聞こえていても、いなくても、誰も聞いている人はいないだろうが、‥らしい。

 ‥確かに、目立つのって嫌だよね?

 四朗は、ネイティブな綺麗な英語、千佳はまあ通じるけど‥って程度の英会話、だ。

 学校に来た当初、英語が苦手だって言ってた千佳だったが、やっぱり必要に迫られると覚えないわけにはいかないらしい。今では、日常に困らない程度に話せている。‥というか、乗り切っている。ニュアンスが伝わらない時は、ジェスチャーと、表情だ。千佳は‥逞しい。

「ええ、博史の分で、俺は合わせませんから。今回は受け取るだけです」

「スーツって‥博文君のなの? この前も作ってなかった? 」

 こてん、と千佳が首を傾げる。

 四朗の横にいても、違和感がない位、千佳はインパクトのある顔をしている。

 目が覚める程の美人ってわけではない。

 美人っていっても、線が細い華奢な美人は、アジアンビューティーでミステリアスで色気半端ない四朗の横に居たら‥きっと、存在感で負ける。

 千佳は、そうじゃないんだ。

 華奢でもないし、自己主張しないような平坦な顔だちもしていない。

 気の強さが現れている、意志の強そうな輝ける黒曜石の様な大きな瞳、今は、ちょっとフォーマルに一つにまとめて右肩の方に流している癖のない長い黒髪は、普段は高い位置で一つに括っている(所謂ポニーテールという奴だ)、そう大きくない体形。ああ、華奢というならば、体格は華奢だ。腰も細いし、お尻もぷりっと小さい。腕も足も少年のようにすらっと細く、余分な肉がついていない。顔も、まあ東洋人は総じてそういう傾向があるんだけど、童顔だ。‥ただ、胸だけは大き目って‥けしからんスタイルよね‥。

 くりっとした瞳で見上げられると

 ‥あ、なんか犬っぽい。

 って思ってしまう。

 毛が長い上品な犬とかじゃなくって、‥それどころかこっちによくいる様な犬(日本で言うところの洋犬)じゃなくって‥、日本犬の『秋田犬』っていうの? あの犬に似てるの。‥この頃よく見る『柴犬』と違ってそんなに見たことは無いんだけど、日本の犬ってこっちの犬とちょっと顔つきが違うわよね? 

 かわい~って撫ぜたくなるのとは違うの。凛々しい、番犬って感じ。だから、四朗と千佳が並んでたら、「あ、番犬連れてる」って思うの。勿論‥千佳が番犬ね。

 ああ、それはそうと‥

「博史君? 」

 アリシアが首を傾げた。

「弟。日本にいるんだ」

 小さく頷いて答えたのは、四朗ではなく、‥千佳だ。

 四朗も小さく頷くと、

「また身長が伸びたらしいですよ。今では、俺とも身長が変わらない‥もしかしたら、ちょっと抜かされてるかもしれないですね」

 て苦笑した。その顔は「困ったなあ」って言いながらも、やたら嬉しそうで、四朗が弟が大好きなんだろうなってことが伝わってきた。

「へえ、男の子はいいなあ20歳過ぎても伸びるから」

 ふぅ、と千佳が「純粋に羨ましい」って顔をする。それだけ、千佳が四朗の弟と親しいってことで‥

「弟のことまで詳しい‥まさかの、家族公認‥」「そういえば、四朗のお父様たちとも仲が良さげだったわ‥」

 今更ながら

 へこんだ。

 そりゃ、‥四朗の事いいな、って思ってたんだもん。そりゃ、へこみもする。恋人がいるけど、私のこと見てくれたらいいなあって‥って、ちょっとは‥思ってしまってた。それ位には、本気になってた‥。

 だから

「伸びたいんですか? 」

 千佳に甘ったるい笑顔を向けないで‥四朗。

「当たり前よ」

 恋人の余裕全開の表情も‥やめて。千佳。

「‥今ぐらいでちょうどいいと思いますよ? 」


『~っもう! わたくしが居るのに甘い空気出さないで~! 』『でも、ああ! もう‥! カッコイイ‥っ! 』


 俯いて平静を装いながらも、内心では、四朗のカッコよさに悶絶し、二人の様子に『リア充爆ぜろ! 』なアリシアだった。


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