4.千佳と四朗その後①
千佳。
お元気ですか?
私も子供たちも、勿論武生さんも元気です。
武生さんが四朗君にこの間仕事で会ったって言ってましたよ。
「あの親子は、老けない」
って呟いたので驚きました。
四朗君たちが老けないことに驚いたんではないですよ?
武生さんがそんなことを言ったことに驚いたんです。
‥武生さんでもそんなこと気にしたりするんですね。夫婦でも知らないことが沢山あって、面白いです。
そちらの暮らしにはもう慣れましたか?
授業の英語すら嫌いだって言ってた千佳が語学留学がしたいって言った時には驚きましたよ。
「根暗(四朗君に失礼だから、ホントこの呼び方止めなさいね! )の「語学が分かる」って感覚が「わかりたい」」
って聞いた時には、凄く微笑ましいって思いました。
今回の留学が貴方にとって素晴らしい物でありますよう、願っています。お体にお気をつけてね。ご自愛ください。
P.S ちゃんとご飯は食べて下さいね。千佳は好き嫌いが多いから心配です。
紅葉より
「武生さん、一応根暗もその親も人間なんだから、いくら何でも老けないわけないじゃない。根暗のお父様は‥なんていったら、お父様が根暗みたいね‥そうよ‥根暗なのは息子だけで、お父様もおじい様も溌溂となさってるから、ホント不思議だわ。
‥それはまあいいとして‥お父様の話だったわね。お父様も‥白髪がちらほら‥ホントに微妙だけど‥目立つようになって、時々白髪染めしてるし、おじい様はよく‥ホントによ~く見ると目じりに皴があるし。ひいおじい様は普通に白髪染めも諦めてるし‥でも、あれはよく似合ってるわね。ダンディズムって感じするわ。ああいう風に年を取りたいわね。‥あの親子にはまだまだって感じよね。ってか、おじい様も無理よね。芸者遊びがまだやめられない様じゃあ‥」
手紙を何度も読み返しながら、ご機嫌な千佳は『根暗』が淹れてくれたコーヒーを受け取る。
手紙の差出人は、彼女の敬愛する姉、紅葉だ。「もみじ」ではなく、「くれは」と読む。彼女は、幼い頃からその愛しい姉を「お姉ちゃん」と呼ぶことは無く、「くれちゃん」と呼んでいた。それは、四朗が紅葉として柊家に居た時も、だった。
四朗は、10歳の時から千佳の「姉」として柊家に居たことを、千佳に言ってないし、‥この先も言う気はない。だって‥かなりドン引きでしょう?
因みに、紅葉は、四朗の弟・博史に入れ替わっていたことを言っている。こっちは、‥別に問題はない様だ。
「チカ! 細かいわ! なにその、「ホントに微妙」とか「よ~くよく」とか‥。知ってるわよ! そういうの日本の諺で『ジューバコの隅をつつくよう』って言うんでしょ? ‥ところで『ジューバコ』って何? 」
呆れた様な顔をする金髪美女は、千佳より実は10歳近く若いんだけど、日本人の千佳は幼く見えるから、そう年が変わらない様に見える。
でも、つやつやぷるぷるの白い肌に、青い瞳、腰を超える金の髪の美女は、千佳よりずっと色っぽく女らしく見えた。(金髪美女って色っぽくみえますよね)
(さっきから千佳に『根暗』呼ばわりされている)麗人・四朗は、そんな美女に少しも見惚れる様子もなく、千佳にしたのと同じように自らが淹れたコーヒーを手渡した。
添えられた極上の微笑に美女が反対に見惚れる。
「‥ありがとうございます‥っ! 」
‥ホントになんでこんなに綺麗なんだろう‥。
‥そして、チカはなんでこんな美人にあんなに辛辣なんだろう。
‥そして、‥あんな扱いを受けて、なんでこの美人は怒らないんだろう‥。ドМなのかしら‥。
美女にそんな不名誉な疑い(ドМ疑惑)を受けていることを、四朗は知る由もない。
因みに、ここは千佳のアパルトメントの一室である。
「お弁当箱よ! 因みに、『重箱の隅をつつく』ってのは、『お弁当箱の隅をつつく程綺麗にする』って意味よ! 」
手紙を大事にたたみ終えて備え付けの、白い可愛い引き出しに大事にしまい込んだ千佳が上機嫌な表情で金髪美女に説明した。
四朗には辛辣だけど、女の子には優しい様だ。
‥だけど、悪戯っぽく、嘘を教えて、楽しそうにくすくす笑っている。
「千佳ちゃん‥アリシアさんに嘘を教えないでください。取引先の大事な娘さんなんですよ? 」
最後に自分の分のコーヒーを、自分専用にって千佳に言われているカップに継ぎながら、四朗は呆れた様な声を出す。
だけど、その顔は、慈愛に満ちた様な上品で穏やかな表情だった。
そんな表情にも美女・アリシアは見惚れてしまう。
‥本当になんて綺麗‥。
‥手にしてるカップはアレだけど‥。
千佳によって割り当てられた四朗のマグカップの柄は、千佳が好きな黄色い服を着た子供のキャラクターだ。これは、千佳が二本からわざわざ持ってきたと言っていた。海外産のキャラクターなんだけど、日本で作られたこのカップの感じが「(四朗の)イメージにぴったりなのよ! 」と、千佳は言ったけど‥アリシアにはその感覚がよくわからなかった。
‥そもそも、キャラクターの付いたカップなんて、四朗には子供っぽ過ぎる気がするわ。
このキャラクターだから、とか、このデザインが‥って話ではなく、ね。
さて、そのキャラクターは(全世界で)有名な犬のキャラクターの飼い主で、千佳は、その耳の垂れた白い犬より、この少年が好きだった。因みに、千佳のカップはその少年の黄色い髪をした、ちゃっかりしてそしてしっかりして‥残念な妹の柄だ。
アリシアは「(キャラクターの)彼女同様想い人に相手にされてないんならいいんだけど」なんてちょっと思ったけど、‥そこは、表情には出さないことに成功した。危なかった。
‥それにしても、四朗と、あのカップホントに合わないわあ。あの髪が薄めの存在感薄めの少年‥一体なんであれを千佳は選んだのかしら‥。
四朗はそれを嫌だと思っている様子はない。‥特に気にしている様子すらない。
それどころか優雅にコーヒーを飲む様子はホントに、上品で綺麗で様になってる。
そんな風に、アリシアはさっきから四朗をチラ見どころか、ガン見してるんだけど、四朗はそんなこと慣れっこなのか、気にする様子はない。「何か? 」なんて自意識過剰で、無意味で、どうでもいい質問をアリシアにすることもない。‥まあ、実際慣れっこなんだろうし。
千佳は自分の恋人に見惚れるアリシアに嫉妬するでもなく(同じく慣れっこなのだ)、四朗に「つまんないこと言うわねえ‥」って呟き、
「女タラシ、あんたがそう甘いから、「今日一日娘に街を案内させるわ」なんて言って、デートの約束取り付けられちゃうのよ? その取引先の奥さんに」
呆れた様な顔で四朗を見る。
この「女タラシ」これも、千佳が四朗によくいうセリフだ。千佳は四朗のことを滅多に名前では呼ばない。たいがい、「根暗」か「女タラシ」と呼んでいる。
四朗は、恋人に珍しく見つめられ、ちょっと赤面すると
「デートですか? 」
ぽかんとした表情を千佳に向けた。
アリシアはその表情を見て
‥ポカンとしてるわ‥。まさか、母様の意図は伝わってなかったのか‥。
ちょっと‥泣きそうになる。
「四朗‥そこでポカンとしないでくださいませ‥」
俯いて、コーヒーを一口飲んだ。
誤魔化すように飲んだ。だから、常には入れるミルクも砂糖もいれていない。
‥苦い。コーヒーも、‥私の恋の行方も‥。
いいえ! 私負けませんわ!
ぐっと顔を上げ、拳を握りしめて折れかけた心を持ち直す。
そんなアリシアを苦笑いで眺めながら、千佳は自身のコーヒーに大量のミルクと砂糖を入れる。
‥四朗がいれるコーヒーってちょっと苦いのよねえ。きっと、あれが世間一般でいう普通の濃さなんだろうけど、私は超アメリカン派なのよね(←薄めのコーヒーを「アメリカン」と呼んでいる。そして、千佳は自分のコーヒーの嗜好が世間一般ではないということを自覚している)。でも、それは言わないで置いてあげるわ。別に、私人の好み迄どうこういう趣味はないし、私が苦ければミルクと砂糖入れればいいし。お互いの尊重と、譲歩って奴よね!
「アリシアちゃんってちょっと、菊子に似てるわ。表情といい、ちょっと残念なとこといい、行動力といい‥」
千佳が呟く。ホントにぼそ、っと。
菊子みたいに‥
世間一般的に見ても可愛い。
四朗を愛し気に見つめる表情、
積極的に四朗に好意を伝える行動力
だけど、あと一歩‥四朗に想いを伝えて、恋人になろうとはしない「ヘタレ」な所も似てる。
そもそも、あんな顔がいいだけの残念なイケメンを好きになっちゃう残念な子‥。
因みに、菊子というのは、千佳の姉の伴侶である「武生さん」の妹で、四朗を取り合っている(?)ライバルだ。別に表立っては仲良くはしないが(二人とも意地っ張りだからね)これで、お互いがお互いのことを認め合っている、まさに「いいライバル」って関係なんだ。
千佳は、姉・紅葉の嫁ぎ先である相馬家(←武生の実家。紅葉は今「相馬 紅葉」なのだ。今紅葉たちは、紅葉の生まれた京都に住んでいるが、盆と正月には里帰りする)に里帰りの際に、時々ついて行ったりもする。
で、四朗を冷やかしたり、菊子を揶揄ったりして遊んだりする。(四朗と千佳は大学が同じ。学生時代は、四朗が下宿して千佳が住む京都に住んでいたが、卒業後は遠距離恋愛をしていた。だけど、海外出張が多い四朗は、そもそも実家にいることも少なかった)
菊子も「ホント、貴女何しに来られましたの! 」って言いながらも、ちょっと楽しそうだ。
一緒に辛い物食べに行ってたりする。
四朗も武生も辛い物が苦手で、京都の相馬家(紅葉の家)では、辛い物が食卓にあがることは無いし、四朗と千佳が辛い物を外食も含めて食べることはない。
別に不便はないが、別に辛い物が苦手なわけではない(特別好きなわけでもない)千佳は、時々食べたくなったりするんだ。
辛いマーボー豆腐やら辛い鍋を、汗と涙と鼻水流しながらハフハフ食べる。身体もあったまるし、なんか楽しい。‥でも、確かに殿方に見られたらちょっと嫌な光景かも。
‥これは、女同士で行くので間違いは無いだろう。
「まあ、菊子より、アリシアちゃんの方が色っぽいけど‥。けどまあ、それを女タラシが見てない地点で別に変わりはないわね‥」
‥そういう、ハイスペックなのに残念なところまでそっくり!
‥自分で言っといて、ツボった(ツボにはまった)。
「さっきから、何をぶつぶつ言ってるんです? 千佳ちゃんは」
黙りこくったり、その後ニヤニヤしだした千佳に、四朗が呆れた様な声をだす。もう、千佳を構いたくて仕方が無いって感じなんだろう。ホントによく見ている。
千佳は、常の様に、自分に向けられた、ぬる~く、そして甘ったるい四朗の笑顔に「け! 女タラシが! 誰彼構わずタラシてんじゃねえ! そんな男前な笑顔では私は騙されないわよ! 」なんて呟いて、きっと四朗を睨み付ける。
「何でもないわよ! さ、アリシアちゃん街を案内してくれるんでしょ? でも、ここには別荘があるにすぎないアリシアちゃんより、私の方がこの町は知っててよ?! 」
ってちょっとドヤ顔だ。
そのドヤ顔を受けて、アリシアの闘争本能に、なんでか火がついた。
そして、その秀麗な顔に、妖艶な「大人の色香」を纏わせて
「‥ああらあ。千佳が知ってるところは、お子様しか入れないところでしょう? わたくしが普段行っている大人なスポットにご案内させていただくわあ。特にお値段面でね!? 」
ちょっと悪役令嬢みたいなセリフで千佳に宣戦布告した。