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相生様メモ   作者: 大野 大樹
舞台裏
18/20

3.時子と、四朗祖父と、菊子。

 四朗祖父が結婚した時、初めて紘子は幼馴染に許嫁がいたことを知った。

 そして、その許嫁が実は驚く程近くに住んでいることにも‥驚いた。

 四朗兄と幼馴染だったのは、私たちだけじゃなかったのだ。

 そう言えば、四朗兄が中学生になって以降、会うことがぐっと減った。

 だけどそれは、四朗兄が中学生になったからだ。

 中学生は、小学生と遊ばない。

 そういって、「いいカッコしい」(←三郎さんが当時言っていた)の四朗兄はぷっつりと私たちと遊ばなくなった。

 やたら女の子と一緒に居るのを見かけた。それも、いつも相手が違う。

 ‥女っタラシだったんだ。

 相崎の跡取りからは

「もう少し節度を持て」

 って注意され、たしかこの時に、時子さんが四朗兄の婚約者になったんだ。(落ち着けって意味で、決められたんだろう)

 だけど、四朗兄の女っタラシは相変わらずだった。

 他の女の人と出かけることは多かったのに、婚約者の時子さんと出かけることがなかったのは意外だった。

 時子さんは美人だったから、絶対四朗兄さんが気に入らなかったわけはなかったはずなのに‥。

 今思えば、時子さんは特別だったんだろう。

 だけど、それが当時小学生だった私には分からなかった。

 四朗兄が時子さんのこと、嫌ってるって思ったんだ。

「ひどい! 四朗兄さん! 」

って怒ったりしたっけ。

だから、‥小学生のおマセな女の子にありがちなおせっかいやら正義を掲げて、四朗兄さんに抗議したり、時子さんに四朗兄のことを幼馴染として謝ったり、‥話を聞いてみたり。

だけど、時子さんは絶対に四朗兄のこと、悪くは言わなかった。

その時から、紘子は姉の様に時子を慕うようになったのだった。



当時の私の認識は

四朗兄は、時子さんに「正論を言われるから、煙たがっていた」って思っていた。

正論を言われて煙たがるなんて、四朗兄、クズだな!! とも。

(女っタラシって点で、その前から、四朗兄に対する私の評価はかなり低かったわけだが。‥その時はまだ、『女の敵』程度で止まっていた)

四朗兄がクズじゃなければ、時子さんの事ないがしろにするなんて考えられない。

だって、時子さんは美人で、優しくって、私たち年下の(四朗兄の)幼馴染にも親切だった。四朗兄の両親との関係も良好だった。

四朗兄だけ、‥っていうのが、四朗兄クズ説を立証している。

とにかく、時子さんは、悪くない!! 悪いわけがない!!



 そんな風に、時子は、紘子にとって癒しでオアシスで、‥恋の先輩だった。

 三朗と紘子はもともと許嫁でもなかった。

「結婚は条件が合えば誰でも」

 なんて言っていた三郎と紘子が結婚したのは、時子が紘子の相談に乗ってくれたからだ。(だけどまあ、それはまた後の話だ)

 紘子にとって時子は、先輩であり、憧れの人であり、姉だった。

 だから。時子に子供が産まれると、当たり前のように紘子はその子供たちの面倒もよく見た。それが、四朗(四朗・父)と景艶(四朗の叔父)だった。その時、時子は18歳、紘子は14歳だった。

 紘子にとって四朗兄は、「産まれた時から知っている幼馴染の兄貴分」だったわけだから、産まれて来た四朗たち兄弟にとっては、紘子は、お世話になったお姉さん的存在。「一緒に遊んだ」人なのではなく、あくまで「一緒に遊んでくれた」人で、「両親の友」なのだ。

 四朗(四朗・父)はそこらへん、きちんと分かっている子供だった。(景艶は逆にそこらへん、すごく大雑把だった。だから、紘子のことも普通に友達扱いしていた)

 やがて思慮分別が付く年頃になった四朗は、紘子に敬語で話しだしたが、小さなことには気にしない大雑把な紘子が敬語を拒否し、「紘子でいいよ」と言ったので、四朗は親しみを込めて「紘子ちゃん」と呼ぶようになった。それは、今でも続いている。

 因みに、大雑把な景艶は、もう紘子に遊んでもらったことすら覚えていない。現在の彼にとって、紘子は親戚の一人でしかない。



 四朗祖父は、だけど時子を普通に大事にしていた。

 紘子は気付いていなかったが、偶には一緒に出掛けることもあった。(紘子が知らないのは、四朗祖父が絶対に知られないようにしたからだ。幼馴染にそういうガチな自分のプライベートを見せたくなかったんだろう。‥四朗祖父だって、シャイな面くらいある)

 そういう時は、ちゃんとエスコートしてたし、丁寧に扱っていた。

 ちょっとお高いレストランに行ったり、普段とは違うことをした。

 お洒落にスーツを着る年若い四朗祖父は、ウエイトレスが気絶する位かっこよかった‥らしい。

‥見たことは無いが、なんとなく想像がつくと紘子は思った。

大事にはしていたが、ただ、「理解しよう」とかいった努力はしてこなかった。それは、真実だろう。

 自分の内面をさらけ出せずに、どこか遠慮して、いい恰好をして、

 なんだかんだで、‥こじれた。

 本当に、不器用で嫌になる。



 ふと、‥今の四朗を見ているとあの時の「不器用な」四朗兄を思い出す。

「自分の内面をさらけ出して恋愛できなかったら、後悔するよ」

 って、アドバイスしたけど、‥果たして四朗は分かっているのだろうか。

「千佳さんじゃ、四朗様の総ては支えられませんわ! 」

 って横でまだあきらめていない娘・菊子。

 我が娘ながら、‥逞しい。誰に似たんだろう。(←恋する乙女は、独自進化するものです。よね?? )

「‥千佳ちゃんが悪いわけじゃ絶対にないし、‥多分そういう風に見えてる俺に、頼りないところがあるんだろうけど‥どういう風にすればいいか、‥分からない」

 四朗は、あの親子(祖父・父)の血が流れてるのかって疑う程、真面目だ。

 今も、苦笑いしながらお茶を飲んでいる。

 ‥何より、暗いし。

「四朗様、パッション(情熱)ですわ! パッション! 」

「パッション? 」

「瞼をつぶって、浮かんでくるのは誰の顔ですか? その人に、‥こうしたいって思う‥それが、‥パッションですわ! 」

 そう言って、四朗に目をつぶることを促す。

 四朗は、戸惑いながらも目を閉じた。

 きめ細かい肌に、長い睫毛。伏せられた瞳。

 その無防備な姿には、女である菊子でさえ、戦慄に近い感情を感じた。

 ‥これは、『危ない』‥。

 一瞬思い、ごくりと唾を飲みこんでしまったが、それは、長年の鍛錬で何とか誤魔化した。

「誰か‥浮かんできましたか? 」

「誰って‥。誰だろう‥。漠然と、‥皆が笑ってるのがいいなあって‥」

 形のいい唇が言葉を紡ぐ。

 静かで、柔らかい低めの声。

 耳に邪魔にならない、ずっと聞いていたくなるような声。

 さらりと前髪が風に流れる。

 そんな音すら聞こえる位だ。

 当たりの音を全部消し去ってしまったような気にすらなる。

 ‥四朗様は眠っているわけではないのに、まるで‥眠っている様に、辺りも四朗様も静かだ。

「ふふ、四朗様らしいですわ! じゃあ、兄様を想像してみてください。茶化すんじゃなくって‥正直に」

 そして、菊子はそんな四朗と二人きり。否、‥実際には隣で紘子が洗濯物をたたんでいる。ここは、武生の家で、今日は武生たちが久し振りに家に帰って来ているので、四朗が遊びに来たのだ。

 因みに、千佳は来ていない。

「武生? 武生は‥世話になった。世話になってるし‥幸せになって欲しい‥」

 こてん、と目をつぶったままの四朗が首を傾ける。

 ‥くっ‥!

 可愛い‥!!

 頭、撫ぜ撫ぜしたい!!

「‥じゃあ、私は? 」

「菊子ちゃん? 」

 また、コテン。

 駄目だ‥! 私を萌え死にさせる気か!!

「はい。私です」

 ‥はあはあ‥よし、よくやった私。平静を装ったぞ!!

 目をつぶった四朗の顔がほんのり赤くなる。

 ‥ん?!

 ‥赤面した?? 四朗様、ちょっと赤面した!?

 ‥どんな想像をしたんだ??

 見ると、母・紘子もちょっと驚いた顔をして、四朗を見ている。

 照れくさそうに笑って四朗は

「なんだか、緊張するね。今までそんなに意識して考えたことなかった」

 ‥爆弾発言をさらっとした。

「‥なかったんですか? 」

「うん。なかった‥そういう意味では、誰に対しても‥」

「千佳さんもですか? 」

「‥千佳ちゃん? ‥ないな」

 そういった、四朗の顔が、ふと真面目な顔になった。

 それを見た菊子は一瞬目を見開き、そして、ちょっと悲しそうな‥寂しそうな微笑みを浮かべた。

 ‥ふられたなあ。

 真面目な四朗様が、真面目に考えてる‥ってことだろう。その、存在を、そして、その将来を。



 ‥相生四朗である四朗様が、あの唇をふわりと綻ばせ、鮮やかに微笑むのを見たことは何度でも‥それこそ何度でもある。

 皆が四朗様に見惚れ、そして、微笑み返す。

 あの、静かで落ち着いている低い声で、さらっと女性を褒めるのも、男性を持ち上げるのも、聞いてきた。

 四朗様に夢中になって、熱に浮かされたように話す人たちを見ていても、滑稽だとは思わなかった。まして、彼らに嫉妬することも。

 ただ、自分の姿を見せられているようで、‥ただ辛かった。

 四朗様の特別にはなれない彼ら。‥そして、私。

 そして、彼の特別を目の前で見せつけられ‥否、自分で掘った墓穴にはまった。

「菊子‥」

 気遣う様な母の声にはっと我に返り、

「四朗様、目をあけて下さいませ」

 菊子はにっこりと、本当ににっこりと微笑んだ。



 何事にも動じず微笑む、自分の感情を表に出さない。

 相馬としての、心構え。

 だけど、これは、相生に嫁いでもきっと必要になる。

 そう思って、一生懸命練習した。

 言葉遣い。声のトーン。笑顔‥。

 みんなみんな、四朗様の横に立つための練習。

 だけど、その成果を、いまこの瞬間に‥発揮させる。

 にっこりと、何もなかったかのように、淑女の表情・淑女のトーンで話す。



 思えば、この時の為の練習だったのかもなあ。

 って、思った。


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