2.桜と桜の兄妹 ~紫苑の失踪(8)
結局これ以上ここで話合ったところで、事態は変わらない。
そもそも、相手が悪い。
自分たちは、相手のことをあまりにも知らない。
相手‥東館脇も私たち‥西遠寺のことを知らないだろうが‥だ。
「そろそろ帰るわね。四朗の世話も‥いらないと言えば‥いらないんだけど、一応しなきゃだし‥。連れてきたら、ここに泊まれたんだけど、相生のおじい様が四朗をここに連れて来るのを嫌がるのよ。‥西遠寺に取られたら困ると思うんでしょうねぇ」
ふう、と桜がわざとため息をついた。
「ふふ。相生のお義父様は心配性でいらっしゃいますね」
そんな桜の「幸せそうな」様子に、桐江も微笑み返した。
‥ため息なんてつかれても、お子様自慢にしか聞こえませんよ。
って奴だ。
「まあ、四朗は‥やっぱり臣霊だから、今の地点でもう優秀だしね」
‥あ、言っちゃたよ、この人。さらっと、親バカ全開だよ‥。
東館脇 雅之は、その頃、彼なりに悩んでいた。
‥どうやら、我が家の家業はどうも秘密が多いらしい。
と、気付いてはいた。表向きは、喫茶店なんかを経営していて、兄さんたちは「不動産で生きていけてる、この喫茶店は税金対策」なんて言ってたけど、‥不動産って、ホントにあるんですかね。何処にあるとも、どの位の価値とかも聞いたことないんですが。
何か別な仕事をしているらしいってことは‥わかるんだけど、実は‥何の仕事かは、詳しくは知らない。
この前、やっと「‥喫茶店こそが家業の隠れ蓑」って認めさせることはできた。
ほら、やっぱり家業は別にあったじゃないか。
そう思ったら、なんかそれ以上は「まあ、‥興味本位で聞くこともないか」って思えた。
そんな弟に、忠継たちは、(雅之が家業に関わる気がないなら)何も知らさない方がいいかと判断したらしく、詳細は知らせず、ただ「お客様のプライバシーを預かる仕事をしている」とだけ言った。
探偵の様なもの。と。
客商売だから、相手がいて、仕事柄個人情報を扱っているので職場には来てはいけない。それに、要らぬ恨みを買っていることもあるかもしれないので、他人には警戒をしろ。特に何かを聞いてくるものに、情報を与える様な事はしてはいけない。
そう。
他人には注意をしなければいけない、あれほど言われてきたのに‥。
‥なんだか紫苑が他人な気がしなかった。
ひどく頼りない弟か何かの様に思えた。
だけど、‥そんなの理由にはならない。
自分は、兄さんたちの邪魔をするようなことをしてしまった。
家業には、ちっとも関心はないが、だからといって家族の仕事の邪魔をしていいとは思っていない。家業が「自分には向いてないし、自分には関係がない話」に思えるだけで、嫌っているわけでもない。少しは、後ろめたさもある。
‥末っ子だからと言って、我が儘ばかり通して来たからな。
だのに、今回のこれだ。
しかも、何も考えていなかった。
だのにだ。
先日の長男の言葉、
「ずっとここに居てもらいなさい! 」
「意気投合しちゃったから! 」
だ。
‥???
兄に何があったっていうんだろう。
「木の葉を隠すなら森の中へだよ。雅之。‥詳しくは語ってあげられないけど、紫苑君の家は、うちと同業者だ。ただ、‥請ける相談の種類はだいぶ違うけど、ちょっと表立って依頼しにくい様な、お偉いさん相手ってのは、共通している。‥そうなんだ、うちは探偵は探偵でも、ちょっと特別な依頼者から依頼を受けているんだ。だから‥守秘義務が何よりも大切なんだ。信頼問題だからね。‥一般のお客様だって、守秘義務は一番大事なのは変わらないけど、‥俺たちが気をつけていても、敵もなかなかやる‥しねえ」
‥雅之はちょっと目を見開いて兄の話を聞いた。
木の葉をどうするって? 森って‥どこ?
特別な依頼者ってなんだ? 政治家とかってこと??
あと‥兄はさっき、さらっととんでもないことを言わなかったか?
「紫苑君のお家を知っているんですか? 同業者って‥」
「‥いいよ。いい。さっきの言葉は忘れていい。
‥彼は、ここに来た時、苗字を名乗らなかった。‥彼は、ただの『紫苑君』としてここに来た。
礼儀正しい彼のことだ。言い間違えた、とかではない。
彼は、ここにいる間、ただの紫苑君。
それが、今の彼の全てだ」
いつも通り、丁寧で、威厳があり、‥自信がある兄の口調から、弟はいつも通り『詮索禁止』を正確に読み取る。
「‥住むところはどうしたらいい? 休み明けには、僕は‥自分のアパートに帰ろうと思うんだけど」
「マンションで男二人で住むのはないだろ~! ん、もうあのアパート引き払って、こっちから通えば? もう、あらかた単位取ってるから、毎日学校に行かなきゃならないわけでもないでしょ? こっちで、‥紫苑君と一緒に家業を手伝う勉強をしたら? 」
「兄さん‥」
家業を手伝う? しかも‥
‥紫苑君と一緒に??
紫苑君は、西遠寺ともう繋がらない。
繋げない。
だけど、何もさせずにただ、監視してるだけって選択肢は、ない。
せっかく迷い込んだ、金の鶏。
囲い込んで、隠して
飼いならしてみせる。
利用しつくしてみせる。
「どうしたの‥兄さん‥。具合でも悪い? 」
具合って言うか‥性格が、悪い。多分。
忠継の知らずに常より黒くなった微笑みに、雅之がちょっと引いていることに、機嫌のいい忠継は気付いていない。
そんな食堂に、足音も軽く向かってくる気配を感じ、二人はとっさに警戒した。
一応、旧家の坊ちゃんだ。自己防衛の為に、武術は幼少期から嗜んでいる。
自宅に、道場もある。そこらは、西遠寺と同様だ。
「実親か‥」
気配の正体は、次男・実親だった。
「兄さんも、紫苑君と手合わせしてもらったら? まるで自分と戦ってるのかって、錯覚した! すっごい貴重な体験したよ。でも、最後には、負けちゃって~」
朝から、自宅道場で紫苑と手合わせをしていたのだ。
紫苑君は、先にシャワーを使っているらしい。
「え! そうなのか!? 」
‥自分と戦っているかの様に錯覚? どんなだ?! 気になる‥!!
(西遠寺! 思ってた以上に使える! 東館脇の為に今までご子息の教育ありがと~! 西遠寺後継者育成メソッド、半端じゃない!! )
紫苑、囲い込み計画を改めて強く心に誓う忠継だった。
これで、紫苑君編終了です。