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相生様メモ   作者: 大野 大樹
舞台裏
16/20

2.桜と桜の兄妹 ~紫苑の失踪(7)

「家族に電話‥ですか。‥いいです。大丈夫です。旅行に行くって家を出てるから、場所が変わったところで別に‥それに、普段も僕、下宿してて家族と連絡はあんまり取ってませんから」

 紫苑は、雅之ににこっと微笑んだ。

「‥そう? 」

 雅之が心配そうに紫苑を見る。

 

 ああ、いい人だな。

 この人、‥だけど、僕のことを知ってて僕によくしてくれてるのかな? 


「ええ」

 紫苑君は黒い髪で、黒い目をしている。

 別に変った色でもない。日本人なら寧ろ見慣れているはずの色だ。

 だけど、‥紫苑の白磁の様な肌のせいか、髪は、誰よりも黒く艶やかで、瞳は誰よりも黒い‥まるで黒曜石の様に見えた。

 見ていると、何だか‥照れる。

 いや、違うな。照れるじゃない。‥緊張する。

 そうだ、緊張する。

 雅之はちょっと視線を落とした。

 

「それより‥泊めていただいて本当にいいんですか? その‥急にお邪魔して‥。僕、さっき雅之さんのお兄さんにご挨拶してなかった‥。今からでも、お話って出来ないでしょうか‥」

 眉をちょっとひそめて、雅之を見る。

 紫苑の心配そうな顔を見て、雅之がさっき逸らした視線を上げ、紫苑を見る。


 その刹那

 

 紫苑の黒い目が、ひたりと雅之を捕らえる。

「‥今‥仕事に行っているから」

 目が合った。ただ、それだけなはずなのに、捕らえられたという表現がぴったりとくる。そんな気がする。ぞくり、と身体に何かがのしかかってくる。

 ‥のしかかって?? いや、ちがう、心臓を握られた様な感覚‥なんて言ったらいいんだろう。‥ただ、寒気がするとは、ちがった「ゾクリ」。

 心臓の音がやけに耳につく。‥息苦しい。

 目が、何故か紫苑君の瞳から離せない。

「あ‥すみません。そうですよね。雅之さんはその‥大丈夫ですか? 」

 紫苑は、首を少し傾げた。

 ‥大丈夫?

 大丈夫って、この動悸息切れが? 

 確かに大丈夫じゃないかもしれない。‥何かの発作かもしれない。

 でも、目は常に雅之から外されない。

 だけど、雅之はそのことを疑問にすら感じなかった。

 ふわっと紫苑が微笑むと、空気がすっと

 不思議なくらい、すっと

 軽くなった。

 あれ? さっき何だったんだろう。

「私は大学生で、今日は学校が休みなんです。急に休講になって一日開いたから。‥もともと金曜日はそんなに講義をいれてないんです。それで、明日は土曜日だから久し振りに実家に帰ろうって思って久し振りにこっちに帰ってたんです」

 目の前には、さっきと同じように紫苑君がにこにこと微笑んでいる。

「成程、そうなんですね」「それで、偶然僕に会ったんですね。‥雅之さんは僕の事‥」

「え? 」

「以前から知っておられましたか? 」

「え? 紫苑君の事を? 」

 雅之の目に不安が広がったのを確認して、紫苑はふっと満足げに微笑み、すっと目を細めた。

「いえ。何でもないです。すみませんでした」

「え? いいえ‥」


 雅之さんは、僕の事、知らないみたい。

 ‥さっき、ふっと、忠継さんに感じた、「違和感」あれは‥何だろう。

 どう考えても、一般人って感じはしなかったんだけどなあ‥。雅之さんは関わってないってことなのかな。

 忠継さんがご帰宅されたら、お会いしてお話をさせて頂こう‥。今日一日お世話になるわけだしな。


 

「まさか、西遠寺の本家のご子息だったとはねぇ」

 職場である、自社ビルで弟の実親から連絡を受けた忠継は、へえ、と感嘆の声を上げたのち、軽く笑った。

「あの子も、所謂能力者って奴なんですかね? 」

 と「能力者」という部分を如何にも嫌そうに、実親が強調した。

 西遠寺は、『政府高官専門陰陽師集団』。一般には知られていないが、蛇の道は蛇で(請け負う仕事のジャンルは全く違う者の)東館脇はもちろん知っている。

「あの、胡散臭い偽霊能者集団の」


 因みに、西遠寺の能力者の東館脇の認識

「あの恋愛脳どもは、人外の者が依頼の原因であろうとも気付かない。‥無責任極まりない奴らじゃ」

 である。


 実親が忌々しそうにいうのを、忠継は苦笑するが、別に止めはしない。

 自分もそう思っている。

 ‥何が、霊だ。

 と思っている。

「さあ、なあ‥。そもそも、西遠寺がどういう風に仕事しているかなんかわからないからなあ‥。うちみたいに、跡取りが社長って感じで仕事を取ってきたり、時々仕事したりって風だったら‥彼も仕事してるんだろうけど‥。仕事をしてるんだったら、彼も霊能者(笑)ってことになるよねえ。‥うちには来ない様な、怪しいオカルトな仕事を受けてるのが西遠寺だからねえ」

 くすくすと忠継が笑う。

「まあ。帰ってから話をしてみるよ。これで、口を割らせるのは結構うまいんだよ」

「知ってる」

 ぶすっとした顔が安易に想像できるような、火機嫌そうな実親の声にもう一度軽く笑うと通話を終了した。


 ‥西遠寺の本家のご子息。


 にやりと悪い顔をした忠継が、この後紫苑と会って、「口を割らせるのは結構うまい」という特技を発揮できなかったのは、言うまでも、ない。



「だって。西遠寺だけ認められてるって不公平じゃない? 歴史の長さって言ったら、東館脇とそう変わらない‥」

 

 帰宅後、改めて紫苑から自己紹介され、視線をばっちり合わされた忠継は、気が付いたら、愚痴を言うように紫苑に話かけて‥否、紫苑にしゃべらされているのだった。

 つまり、紫苑の方が「口を割らせる」技術が上ってことだ。

 例の「四朗ワールド」まんまあの世界だ。

 紫苑に名前を認識させられ、紫苑の黒曜石の様な漆黒の瞳にひたりと見つめられると、まるで鏡に映る自分に話すように、内面をさらけ出されてしまう。

 跡継ぎではない彼だったが、兄弟みんなこの技術を身に着けていた。

 そして、

「まあ、そうですねえ。別に西遠寺が特別認められてるわけじゃないですよ。‥ただ、得意部門が違うってだけのことで」

 やたら、聞き上手。

 相手の邪魔にならないように相槌を打ち、相手に共感したり、時々、こちらの意見を言ったり。

「‥君も、所謂能力者なの? そもそも、君たちは本気で霊がいるとか思ってるの? 」

「僕は違いますよ。正直、‥見たことはないですから、僕は何とも言えないです。だけど、東館脇さんと同様、依頼者様の気持ちに寄り添い誠心誠意問題解決に勤めさせていただいております。‥方法は違えど、それは変わらないかと」

「そうだよね。‥誠心誠意依頼者に寄り添う。それが一番大切だよね」

「ええ。勿論です。私共は、東館脇さんと‥ジャンルの関係上そう交わることはないですが、同じ志を持つ者として、心強いパートナーであり、切磋琢磨していけるライバルと思って頂けるようになれば、って思っております」

「そうだな! 」



「は‥! 」

 気が付いたら、朝だった。

 昨日はあれから、西遠寺の客人と意気投合して何かと無駄話や世間話をして‥

 ご飯を一緒にご機嫌に食べて‥

 紫苑君を客間に案内して、自分はそのまま風呂に入って、普通に自分の部屋で、寝た。

 

 あんまり、記憶が無い。

 ただ、気分良く話したというだけ。



 ‥恐るべし、西遠寺。



 朝朝食に起きて来て、忠継がコーヒーを飲んでいるのを確認して、

「兄さん。それで‥、少しの間紫苑君をここに泊めてもいい? 」

 おずおずと話しかける末弟に

「少しと言わず、ずっといてもらいなさい! 」

 にっこりと微笑んで忠継が言った。


 彼は、使える!

 西遠寺の跡取りでは無いらしい。仕事もしていないようだ。

 じゃあ、こっちで有効活用しない手はない。

 大丈夫だ。表に出さないでも使える方法は、在る!

 せっかく手に入れた、金の鶏。

 逃がしてなるものか!


 驚いたのは、雅之だった。

 忠継の表情が意外過ぎた。

 何ていっても、機嫌がよすぎる。

「ずっとはまずいんじゃない?? そりゃ、私は嬉しいですが‥」

 しかも、‥言葉がおかしい。

 ずっといてもらえって‥。

 それは、どう考えてもおかしい。

「いいいい。彼は、5人兄弟の4番目だから! 大丈夫大丈夫! 」

 尚もニコニコと、(紫苑から聞いてもいないはずの)情報を流出させて、忠継がごり押しした。

「えええ!? 兄さん、昨日彼とどれだけ意気投合したの?? そんなことまで聞いたの? 」

「そうそう! すっごく意気投合したから! 」

 心配そうな雅之とは対照的に、忠継は常にない様な楽し気な声を出した。

 ‥どうしたというんだ? 昨日一体何の話をしたんだ??

 雅之は、でも、ふと、紫苑と話した時に感じた、「抗いがたい様な妙な感覚」を思い出した。

 ‥もしかして、洗脳された?? 兄さん、紫苑君に洗脳されちゃった??

「ええぇ‥? 」

 誤解もあったり、‥色々話が読めない雅之だった。


紫苑君、東館脇家で居候決定。

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