2.桜と桜の兄妹 ~紫苑の失踪(6)
「東館脇‥やっかいですね」
桐江が紫苑のGPSで位置情報を確認しながら、‥でも出来なかったらしく、眉を僅かにひそめた。
細くはいた息が少し震えている。
桐江はいつも、取り乱したりなんかはしない。あくまで表面上は。‥だけど、心の中では怒りに震えているのかもしれない。
「そうねえ。‥同業者だけあって、セキュリティ対策が半端じゃないものねえ」
桜は、しかし、桐江の反応については『予想通り』だった。
それ位のことは、一番にしたし、それ以外の手段を使ってさっきから紫苑の位置情報を割り出そうとしてきた。
でも、出来ないのだ。
まるで、神隠しみたいに、紫苑はどこにもいない。
「身代金‥じゃないですよね。仕事的なことを条件に出してくるでしょうか。紫苑様は帰すけれども、この条件をのめって‥」
若干サスペンスドラマみたいなことを言ってきたのは、若い女中の小菊だ。
若いが、小菊も桜付きの女中で、所謂屋敷では一握りのエリート女中だ。桜が男性の護衛やら執事をつけるのを嫌がったので、護衛兼秘書のような役目をもこなして来たのが、彼女たち『桜おつきの女中』だった。屋敷の中の仕事より主に、桜の依頼で調べ事をしたり、外出時の桜に付き添うのが彼女たちの主な仕事だった。小菊は幼少期から、桐江の元でびっちり桜付きの女中としての教育を受けてきた。
人懐っこい笑顔と、明るい性格の小菊は、歳も桜より一つ歳上と、桜に年齢が最も近く、すぐに桜と親しくなった。
「でも、仕事を取り合うって話は聞いたことがないですね」
そう言う親しさもあるのだろうが、こういう話をずばずばとしてしまうあたりは、まだまだという感じか。
主人の前で、女中は仕事の話なんて本来はしない。口出しなんて以ての外だ。
でも、別に桜はそういうことは気にしない。
外なら問題だけど、今この空間に居るのは、桜たち三人だけで、他の女中たちには来ないように言ってある。
表向きは、仲の良い女中たちと久し振りに、『女子会』だ。小菊と桜は乳兄弟だし、桐江は桜の幼馴染でもある。桐江は桜たちよりもう少し歳上で、小菊とは従姉妹同士なのだ。だけど小さい頃、ずっと桜と一緒にいたのは、歳の近い小菊ではなく、桐江だった。
一緒に遊ぶ同世代の子供ではなく、『世話を焼き、切磋琢磨させる』役目の同世代の子供。それが、桐江だった。だから、小菊は紫苑の幼馴染である。
もっとも、紫苑が「女の子と遊んでも面白くない」と言い切り、割と気が強かった小菊を怒らせ、そう遊んだ記憶は無いらしい。(今考えても、紫苑は小菊が好きで、あんな『意地悪』を言ってしまったんだろう。ホントに子供は馬鹿で困る)。あんな自由奔放だった小菊も今ではすっかり落ち着いている。頼りになる『左腕』だ。(右腕は、桐江)
小菊の発言にゆっくり頷くと、
「あそこは、多分、西遠寺に来る仕事とは別な仕事を受けてるんじゃないかしら。‥じゃないと、うちにも、『そういった』仕事がもう少し来てもいいはずだわ。うちにもくるけど、それは、『全部の問題まるごと西遠寺に任せてますよ』ってお客様だけだわ」
顎に手を当てて桜が言った。
何かものを考えるときの桜の癖だ。
「『そういった』? うちには来ない依頼というと‥、恋愛やら、スキャンダルの後始末とかそういった、『平和で安全な』』系の依頼ですか? 」
小菊が首を傾げる。
「そうね」
こくん、と桜が頷く。
‥恋愛やスキャンダルが、果たして『平和で安全』かどうかはわからないけどね‥。まあ、‥呪い殺されたりそういった感じではでないし‥相手は人間よね。‥生霊とか有り得るかな‥でも、普通の人には「生霊」すら「見えない」わよね。
桜は苦笑いした。
桐江は、黙って傍らのノートにさっきから桜と小菊が話していることをメモしている。恒例の『ブレーンストーミング』風意見交換だ。
「‥つまり、政府高官及びVIP専用探偵‥みたいな感じですかね」
「そうね」
「‥その方が、確実に実入りがいい気がしますね」
「いいと思うわよ。数が多いだろうから。だけど、‥仕事の単価はうちの方がいいわ」
現実的な小菊に、桜は思わずちょっと笑ってしまう。
‥仕事単価、成程‥。小菊が小声で反芻すると、
「成程‥」
納得したように、深く頷いた。
そもそも、どうやって仕事を取ってきてるんだろう‥。
ふと、疑問がわいてきた。
うちのお客様は、代々って方が多いかな。‥後は、100%紹介ね。一見さんが、接触をする術もないし、そもそも世間で、うちがそういう仕事を知っている人間はいないだろう。
‥もしかして、東館脇はもう少し一般に対して情報公開をしているのかしら? こういう仕事をしているって世間に発信してる‥ううん。あり得ないわね。それこそ信用問題だわ。
‥口コミって奴かしら‥?
「‥どうやって仕事を取っているのか、どの位仕事をしているのか‥。調べる術はないけど、きになるわあ‥。ああ、今は紫苑のことだったわね」
そもそも、東館脇は紫苑が、西遠寺の人間だって気付いてる? まさか、紫苑も名乗りはしないわよね。‥流石にそこまで馬鹿だとは思いたくないわ‥。でもあの子、割と抜けてるし‥。
「とにかく、早く紫苑を回収してしまわないとね‥」
今日何度目かも知れないため息をつく桜たちだった。