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相生様メモ   作者: 大野 大樹
舞台裏
12/20

2.桜と桜の兄妹 ~紫苑の失踪(3)

「‥何も聞かないんですか? 」

 後ろを歩きながらぼそぼそと話した。

 同じ傘に入っているから、雨の音にも消されない位僕たちの距離は近い。

 ‥そうじゃなかったら、きっと僕の声は雨に消されていた。

 僕の声は、西遠寺の家としては、致命的なくらい‥通らない。

 低いんだ。

 だけど、‥所謂バリトンだとかそういった美声じゃない。

 通らない低音。

 兄さんは

「お腹の底から声を出さないからだ。腹筋を鍛えろ。腹から声を出せ」

 って言う。

「人に伝えようと思って話せ」

 とも。‥確かに大切だろうが、僕は生憎誰かに何かを伝えたいと思うことがない。人と必要以上に話したいとも。

 楓と居て、心が落ち着いたのは彼女と僕が話なんてしなくても充分だったからだろう。

 ただ、ぼんやり枕元に座っていたら落ち着いた。

「姉様がこう言ってた。姉様のこういうところが好きだ」

 桜の姉様とは違う簡潔な話し口調。蕗子姉様より優し気な声。

 耳に優しい、細い低音。この声は僕と似てるってよく言われる。

 人が聞いている自分の声は、勿論よく分からないが、皆の意見から推測すると、楓の様に低くて、細くって、兄様の言うように、聞き取りにくい。

 でも、楓の声は僕は好きだから、‥あながち悪くないなって思ったり。あの声で、はきはきってちょっと変じゃない?

「この前、姉様がこんな話なさってて‥。私はね、こう思ったんだけど、姉様に笑われたの! 」

 話す楓は僕の意見なんて別に求めてなかった。でも、僕の表情を見て

「やっぱり! 紫苑兄さまもそう思うと思ってた! 」

 とか、

「‥やっぱり私が間違ってるんだよねえ」

 とか読み取ってくれた。

 楓みたいに物分かりのいい人といたら、僕、甘やかされて何もしゃべらない人間になってしまいますね。

 ってぼそ、っと言ったら、楓は苦笑いした。

「ここにいる時くらい、いいでしょ」

 って。それからにっこり微笑んだ。

「たまには、息抜きです」



 優しかった楓。

 大好きだった。‥そんな君がいなくなったら、僕は一体いつ息抜きが出来るんだろう。

 思い出して、胸が詰まった。

 僕が黙っているのを、返事をまっていると思ったのかもしれない。

 前を歩くその人が、立ち止まった僕を振り向いた。

 僕が濡れていないか、僕の背中を確認して、もう少し僕に深く傘をさしてくれる。

「聞いたら、私も言わなければならないでしょ? だから、聞きません」

 ‥僕と違って、優しいのに、大きな声を出しているわけでもないのに、よく通る、聞きやすい声。

 兄様が言うように、お腹から声を出しているのかな? そんなふうには、見えないけど‥。兄さんより一歩先に行っているのかもしれないな。

「‥‥」

 しまった。また‥。つい、黙ってしまってた。

 僕は、ついいろいろ考えているとその間ずっと黙ってしまう悪い癖がある。そして、‥結果返事が凄く遅れることがある。

 ‥分かってる、悪いことだって。いつも怒られるし。

「話をしている最中に自分の世界に入るな」

 って、そう短気でもない父様に結構キツめに怒られて、兄弟が皆驚いた顔で見て来る。

 いつも何気なくフォローしてくれる母様もこの時だけは、黙っている。

 この時って? 「父様が叱っている時、自分も同じ意見な時」だ。母様は僕のことを叱らない。「こうした方がいい」ってアドバイスしてくれるだけだ。

 こうしろ。って‥言っても、意外と頑固な僕は聞かないって分かってるんだ。びしっと言って通じる姉様たちのことは、端的に叱っているのを見たことがある。「あ、そうだった。ごめんなさい」って、姉様たちは直ぐに理解して軌道修正してるから、きっと姉様たちは叱る意味があるタイプなんだろう。

 兄妹のタイプを見ながら‥。

 母様が僕たちのことをよく見てくれてるのが分かって、嬉しい。

 だけど、父様はそんなじゃない。

 兄様のことも、姉様のことも、‥楓にだって容赦なく叱る。

 だけど、父様が叱ることはよっぽどで、大概叱られた本人も、自分の失態に気付いている。‥様に見える。

 凄く悔しそうに、俯いて、唇をかみしめて、一人になった後、

 ‥もう二度と‥っ!

 って血が出る位、拳を握りしめている。

 僕の場合、‥きっと違う。叱られてまず、「え? 」って思う。「何でそんなことで叱るの? 」って。「そんなに厳しく言わなくてもいいじゃない‥」そんなこと思っちゃうから、きっと態度に出ちゃって、きっと、それが父様をさらに苛立たせる。

 結局、「自分が何に対して叱られたのか」に気付くのは、数時間‥下手したら数日後だったりする。

 記憶力には自信があるけれど、‥理解力は悪いって自分でも自覚がある。

 その場の勢いで言ってしまったことを、結構いつまでも覚えてて(←記憶力が無駄にいいから)落ち込んだり、言われた嫌味(←記憶力が無駄にいいから、変に頭にずっと残っている)にずっと後になって気付いたり、そんなの結構ざら。

「言い返してやればよかった!! 」

 って悔しくなるけど、‥咄嗟に浮かばないんだから仕方が無いし、咄嗟に浮かんだことを言って後悔するのは、更に悪いし。

 ‥きっと、今更抗議しても、言った本人は忘れてるに違いない‥。

 忘れてなくても「今更気付いたの? 馬鹿? 」って思われるのも、‥嫌だ。

 ホント、僕って‥。

 僕があんまり話さないのはそのせい。(僕は、意図してあんまり家族と話さないようにしてるんだ。‥無意識に怒らせるのは嫌だからね。‥それに、楓を除く兄弟は(両親も含めて)結構緊張するんだ)

 だのに‥。

 目の前のこの人はそんなこと(←僕がやたら返事が遅いこと、だ)気にしてないのか、ニコニコと僕の返事を待っている。

 僕の表情を見て、多分‥僕の返事を察してくれたうえで、ちょっといたずらっぽい顔して

「聞いて欲しいですか? 」

 なんて聞いてくる。

 僕はつい、多めに首を振った。‥振ってしまって、はっとした。

 ‥しまった。頭をふったら、髪の毛が絡まる。ただでさえ、雨の日で髪の毛爆発しかけてるのに‥。

 僕はくせ毛だから‥雨の日は苦手だ。髪がまとまらなくなる。

 (けっきょく)絡まった髪の毛を手櫛でなんとかしようとしてたから、どうやら、それも伝わったらしく、目の前のその人がくすくす笑ってツゲ‥かな‥の白木の櫛を差し出してくれた。

 ‥ありがたいですが、今櫛でなんかといたら、抜け毛酷いことになりますから‥。

 こういう時は、まずブラシである程度収まらせて、その後櫛です。

 って、猫ッ毛のくせ毛の気持ちは、そのキューティクル眩しいストレートの貴方には分からないんだろうなあ。

「私は、雅之です」

「え? ‥まさゆき‥さんですか」

 僕が咄嗟に反芻すると、まさゆきさんがにっこりと微笑んだ。

 風雅の「雅」とあれこれそれの「之」という字を書くらしい。

 みやびっていうのが、雅之さんにぴったりだなって思った。


もう少し、紫苑君編続く。次回、紫苑君、雅之さん家に行きます。

桜の言うところの「あれ」の家です。

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