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相生様メモ   作者: 大野 大樹
舞台裏
10/20

2.桜と桜の兄妹 ~紫苑の失踪(1)

桜の弟 失踪した紫苑氏の話。

そう言えば、書いていなかったな、と。

 木の葉を隠すなら森の中へ


 いくら、紫苑が「かくれんぼ」が得意でも、生きてる限り、絶対見つかる。否、死んでいたとしても見つかるだろう。

 西遠寺のネットワークは、‥半端じゃない。

 だけど、半端じゃないのは、何も西遠寺だけじゃない。

 西遠寺以外に、『影から日本を支えて来た立役者』がいない? そんなわけない。


 そんなものじゃ、‥ダークな日本は抑えられない。

 だけど、その同業者同士は仲が良くないってのも、まあ想像の範疇だと思う。



「姫は‥ご当主は、紫苑様の失踪にあれが関わっているとお思いですか? 」

 桐江がお茶を用意しながら聞いた。

 いつも通りの穏やかな表情。

 桐江はいつもその表情で、感情が全く読めないんだけど、私は不満じゃない。

 不満も、批判も、賛成も、反対もなく、ただ、私のすることを認めてくれてる。信じて任せてくれてる。当たり前で、今更わざわざ言及することでもない‥って思ってたけど、‥実はありがたいことよね。いい女中を持って私は恵まれている。

 でも、‥それこそ今更お礼とか言えないわあ‥。

 内緒だけど、『華鳥』は、ちょっと桐江に似ている。

 桐江は、私を叱ったりしないから、‥そのまんまって感じじゃないんだけどね。

 

 私が「失敗したなあ」って気付いた時には、‥叱って欲しい。上手くできたら、褒めて欲しいって昔は思っていた。

 でも、「西遠寺 桜」は失敗なんてしちゃだめで、

 皆も失敗なんてしないもの、って扱う。

「何かお考えがあってのこと」

 って、何も言わない。言ったら、失礼だって。勿論‥そんなわけはないんだけど、西遠寺の当主としては、それ位、自分の行動に責任を持たなくちゃいけないんだ。

 人の言葉に一喜一憂するような人間にはなってはならない。

 それが、西遠寺の教育方針だ。

 子供の頃は、そりゃあもう容赦なく、叱られる。

 両親が主なんだけど、家庭教師にも剣術の師匠にも。

 だけど、褒めはしない。出来なかったら叱る。それだけだ。

 そして、女中や乳母は、私たち兄弟のことを叱りも褒めもしない。

 両親以外は、誰も私たち兄弟を褒めてはいけないことになっている。

 褒められたら、嬉しい。じゃあ、その人の為にその人に褒められるような行動を取る。褒めてくれる人を、贔屓することもあるかもしれない。

 我がままにならないように、‥人に利用されないように、褒められるからするって人間にならないようにするため。出来て当たり前、出来なかったら恥ずかしいという意識をもつ癖をつけるため。

 っていうか、私たちの兄妹を教える先生たちが揃いも揃って「お世辞とか、そういうの性に会わん」「金持ちの御子息ご令嬢? 安全面意外に気を遣わせるってんなら、俺は受けねえ」ってタイプばっかりだったから、褒めなかったってのもあるのかも。

 両親は、学習結果については、何も口出しはしない。家庭教師の先生や剣術の師匠に任せている(報告はいっていると思うのだが)

 ただ、人間としていいことをしたときに、褒めてくれた。

 兄妹や両親、祖父母に優しくしたとか、服が似合ってるとか、笑顔がいいとか、そういったこと。

 だけど、それも幼少期だけ。10歳も過ぎたら、一人前として扱われて、褒められることもなくなる。常に、自分の中で正しいことをしているか、という自覚を求められる。

 逆に、その為に、10歳までに西遠寺の子供は徹底的に西遠寺の方針を叩き込まれる。

 常に、内面と向き合う日々が始まるんだ。

 なんでも言ってくれる信用できる他人がいたら、それに頼ってしまって、緊張感がやっぱり減るからね。

 勉強面については、以降も指導が続く。覚えることは多い。

 人間性について、だ。

 特に可愛がられた覚えもない。兄妹で両親を取り合った覚えもないし、そもそも兄弟喧嘩をしたこともないかも。

 兄妹である前に、私たちはそれぞれ西遠寺の人間の一人だった。

 だけど、人間だから、全員同じってわけじゃない。

 長男の梛兄様は、頭脳明晰で無駄が嫌いなリアリスト。表情も口数も少ないちょっととっつきにくい人だった。

 長女の蕗子姉様は、情に熱くて、穏やかな人。兄妹で一番優しい人だったと思う。三女の楓のことを一番可愛がっていたのも蕗子姉様だったと思う。その点では、一番人間っぽかったのかもしれない。

 ‥西遠寺の教育ってそう人間味がないものだからね。

 私が次女で、三女が楓。楓と私の間に、次男の紫苑がいる。

 跡取りは、蕗子姉様。西遠寺の血は女子に受け継がれることが多いから、当主は女がなる者だった。(※この頃は、そうだった。今と違って、世襲制だったし)

 そして、姉様は婿養子を迎えるんだけど、その人は、西遠寺の運営には直接関わらない。だって、無理だし。(中には父様みたいに、産まれた時から、婿養子に入るためだけに西遠寺で教育されて、結婚して補佐についた人もいる。兄妹が多い私たちと違って、母様は一人っ子だった)

 姉様の補佐には、梛兄様が付くこどが決まっていた。

 そんなわけで、跡取りでも補佐でもない私たちは、スペアでもあったが、まあぶっちゃけ、政治の駒的な扱いだった。

 私なんかは、霊力が強かったから、いずれは裏の方面から‥って考える人もいたみたいね。でも、子供が期待できないっていうのがあって、駒的な期待はそんなになかったみたい。

 楓は、‥病弱だったから。ただ、生きていてくれたらって、ただ皆がそう願ってた。

 そんないろんな意味で、強すぎる個性(?)を持ってた私たちに比べたら、紫苑は地味だった。まあ、ぶっちゃけ影が薄かった。そんな彼を私と蕗子姉様は、時々「あら、紫苑。ここにいたの。貴方はホントにかくれんぼが上手ね」って揶揄った。(←今思えばいじめだな)

 顔は母様そっくりの美人顔で、体形は背が高く女性的ではなかったが、線が細くって、勉強が好きで、兄様みたいに無口で、でも楓のように繊細で優しくって(姉様のように包み込むような優しさじゃなくって、悲しい時には一緒に泣いてあげる的な優しさだった)だけど、シャイ。

 ガラスのハートを持つ頭脳派ツンデレって感じかな。

 一言で言うと、やりにくい子供だった。(私たちが揶揄っても、言い返してきたこともなかったしね。そういう点では、面白みもなかった)

 そんな紫苑が家出したのは、楓が亡くなった直後だった。

 家が多少なりとも混乱している隙に‥っていっても、過言はない。

 紫苑にはそんな計算はなかっただろうが、結果的にそうなった。

 多分、紫苑はそんなに本気で家出をしたかったわけでもなかったのだろう。ただちょっと、家を出て一人になりたかっただけ‥。だけど、家をすんなり出れた(出れてしまった)紫苑は、なんらかに巻き込まれた。

 そして、その相手が『あれ』だった。

 逆に『あれ』位しか西遠寺の調査網を潜り抜けたりできない。

 だから‥


「そりゃあ。思ってるわ」

 そこまで、色々考えて、桜は小さくためいきをついた。

「だって。無理じゃない。人一人、‥西遠寺から隠してしまうなんて」

 ぼそり、と呟く。

「抗議しなかったんですね」

 桐江が、桜のすっかり冷めたお茶に手を伸ばした。

 入れ替える為だ。

 だけど、桜はそれを無言で制して、その冷めたお茶を飲んだ。

 冷める原因をつくったのは、ぼーとしていた自分だ。

「‥中々ね。証拠もないのに、「返せ」って‥。それに、紫苑はあれでそう弱くもない。‥馬鹿でもないし。多分、あの子の意志でそこにいるんでしょうね」

 ふう、と小さくためいきをつく。

 帰りたいなら、自分で帰るだけの力位はある。

 だけど、帰らない。‥彼の意志で。

 彼は、もう‥

「子供じゃないわ」

 ただ、顔位見せたら‥連絡位入れてくれたらいいのに、って思う。

「その‥利用されたりとかしていないでしょうか」

「西遠寺といえど、あの子はもう西遠寺の戸籍から抹消されている。利用価値はないわ。‥抹消って言っても、「抹消扱い」なだけよ? 。財布を落とした際のクレジットカードの扱いね」

「少なくとも、西遠寺 紫苑としてのあの子は、この世には‥今はいないわ。だから、あの子の身柄を人質に、西遠寺を脅したりできないってことね。‥もっとも、お金で済むような輩なら全然問題はないわ。あの子を人質にして、西遠寺のクライアントに迷惑を掛ける、もしくは西遠寺家の一族郎党に迷惑をかけるっていうんなら、‥紫苑には魏勢になってもらわなきゃならない」

 だけど、未だそういった交渉は、ない。

「誘拐‥には違いないんだろうけど、相手や紫苑の意図が分からないのよねえ‥」


紫苑誘拐後。桜結婚前。蕗子が駆け落ちして、長男・梛氏が死亡する前位の話。

桐江は、桜だけの女中。専属で女中契約をしていたのは、桜だけ。

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