2、ゴブリンに負ける魔王様
肩まで伸びた銀色の髪。
左目に眼帯をしているその少女は、可愛らしい顔立ちをしていた。
だが、その格好は酷いものだった。
アウレウスウルフにくわえられていたので、唾液でベトベトになっている上、身体中に切り傷やあざがあり、血が滲んでいて痛々しい。それに加えて、彼女は病的なまでに痩せ細っていた。服は使い古されボロボロで、穴があいているところもある。
「息は……まだあるな」
意識は失っているものの、まだ手遅れではない。
今回の様に、子供が魔物に襲われるのはよくあることだ。魔物に襲われ死んでしまう子供も少なくない。この子を見捨てたとしても、誰も文句を言わないだろう。というか、見捨てないと面倒なことになる。
12ヶ月連続で赤字を叩き出す、破産寸前の魔王城。俺とセバスの生活費だけでもギリギリなのに、この子を養う余裕なんてあるわけない。将来を考えても、この子は見捨てるのが得策だろう。
「でもな……」
きっと、この子をこのまま放っておくと、魔物に襲われて死ぬか、飢え死にするだろう。
「とりあえず、一旦連れて帰るか」
どうやら俺は他人に甘いようだ。
この子を放って帰る事が出来ない。
目が覚めたら、親元に返せばいいだろう。
……城にこの子を連れ帰ったら、セバスはどんな反応をするだろう。人間を城に入れることを嫌がるだろうか。まぁ、その時の対処法は後で考えるとしよう。
それよりも……
「何で人間の子供がこんな森の奥に」
此処は魔国の領土。それも、森の奥に建つ魔王城の目前だ。人間の子供が来るような所ではない。
魔物に連れ去られたのだとしても、魔物は魔国の領土にしか生息しないので、どちらにしろこの少女は自分から魔国に入って来たことになる。
「……目が覚めた時に聞けばいいか」
俺は少女を抱え、帰路についた。
その時だった。
「ッッ⁈」
猛スピードで近づいてくる気配を察知し、振り返る。
「グアァァッッ」
棍棒で襲いかかって来る人型の魔物。俺はその攻撃を横飛びで躱す。
下品な声を上げる、二等身で緑色のそれは、かの有名なゴブリンだ。ゴブリンが相手なら、この子を抱えたままでも戦えるだろう。
ゴブリンは棍棒を振り上げると、こちらに向かって突き進んで来る。かなり近づいたところで、俺は懐に潜り込み、腹を切り裂いた。
「グ、グギャアァァーーーッ」
気持ちの悪い断末魔を上げ、倒れ込むゴブリン。
自分と少女を見ると、ゴブリンの返り血がベッタリついていた。
「……セバスに怒られそうだな」
まぁとにかく、ゴブリンを倒せてホッとした。
……安心したことで、気が緩んだのだろう。
俺は、急接近してくる気配に気づけなかった。
瞬間、背中に強い衝撃をうける。
「カハッッ」
踏ん張ろうにも身体が言うことを聞かず、為すすべもなく地面に倒れ込む。
朦朧とする意識の中、顔だけを動かし後ろを見る。
そこにいたのは、 棍棒を振り上げ、ニタニタと笑う、もう一匹のゴブリンだった。