1、赤字の魔王城
【 】は、視点の人物の名前です。
「あぁぁぁっ、また赤字っ!これで12ヶ月連続ですよっ」
「騒がしいぞセバス。いつものことじゃないか」
「何開き直ってるんですかっ!今日食べるものもないんですよ。これも全部人間どものせいです!」
「まぁ、落ち着けって」
此処は魔王城。茶色の瞳を潤ませ、家計簿を睨みつけるセバスをなだめる。見慣れた日常だ。
「もう、人間滅ぼしちゃいましょうよ」
サラッと恐ろしい事を言ってのけるセバスは、茶髪に茶色の瞳の魔人だ。見た目は青年だが、魔人は年をとるのが遅いので、実年齢は分からない。唯一、この魔王城で働いてくれている、俺の執事だ。(魔王城には、大量の従者を雇う金が無い。)
「怖い事言うなよ」
「でも、魔王城が赤字なのは人間どものせいなんですよ。他国との貿易はうまくいってるのに」
俺が王の国、魔国は他国との貿易も行なっていて、それなりの成果も出している。
セバスの言う“魔王城の赤字は人間のせい”と言うのも、一理ある。最近、人間による襲撃が過激になってきて、襲撃により破損した領地や城の修繕費が高くついている。今、魔王城が赤字なのはそのせいだ。
「何で人間は魔王を殺そうとするんだ?」
「歴代魔王様のせいですね。歴代の魔王様方は、過激な方が多かったんです。例えば世界を滅ぼそうとしたり、世界征服を目論んだり……だとか。どのお方も志半ばで殺されちゃいましたけど」
「……納得した」
それなら奮起になって魔王を殺そうとするのも分かる。
「あぁぁぁっ、どうしましょうどうしましょうっ、次襲撃されて破損箇所がでても、それを直せるだけのお金が無いんですよっ 国民の不満が溜まってクーデターが起こるなんてこともありえるんです!」
「その時は話し合いでどうにか……」
「どうにかできるわけないで無いでしょう⁉︎」
「……キレられた」
「ん?なんか言いましたか?」
「いや何も……ちょっ、ちょっと散歩いってくる」
「いってらっしゃいませ」
ーーーーーーーーーー
【???】
「ハァッハァッ……ッ」
ずっと走っていたから、息が乱れて来ました。
でも、そんなこと気にしていられません。
逃げなきゃ、少しでも、少しでも遠くに。
「あ……」
雨が降って来ました。
冷たい雨に、体温が奪われて行くのが分かりますが、私は足を止めません。
「……うわっ」
ぬかるんだ地面に足を滑らせ、私は派手に転んでしまいました。
「逃げな……きゃ」
アイツらから逃げなきゃ。
立たなきゃいけないのに、もう動く気力も体力もありません。
その時、温かく、生臭い息が顔にかかり、視線を上げました。
立派な金色の毛に大きな角。
私が大好きだったおとぎ話に出てくる、魔物という生き物にそっくりな狼です。
ギラギラ輝く狼の目を見た瞬間、悟りました。私はこの狼の餌になるのだと。
そこで私は、意識を飛ばしました。
ーーーーーーーーーー
【ユリウス】
城を出る。雨が降っていた。
雨にぬれたローブが、肌に張り付いて気持ちが悪い。
「雲の上に出るか。《ウィンド》」
風の魔法を唱え、地を蹴ると体がフワリと浮かび上がる。
その時、ガサリと茂みが揺れるのが視界に入った。
「魔物……か?」
段々と、その気配は近づいてきていた。
「ウオォォォーーーーン」
茂みから飛び出して来たのは、立派な金色の毛、額に太いツノを持つ狼型の魔物だった。名前は確か、アウレウスウルフ。人間が10人ほど集まって、やっと倒せるレベルだ。
「あいつ、何か口にくわえてる⁈」
「ウォォーーン」
この狼は、俺のことを餌だと考えているらしく、鋭い爪で襲いかかって来る。
「うわっ」
バックステップでギリギリ躱すと、狼はすぐに体勢を整え、突進をして来た。
「あいつがくわえてるのって人間か⁈」
突進を上に飛んで避けると、懐からナイフを取り出し投げる。……が、ナイフは浅く刺さっただけで、致命傷には至っていない。
「グオォォーーーンッ」
逆に怒らせてしまった様だ。
アウレウスウルフの突進を躱すと上に飛び上がる。もう一本ナイフを取り出し、全体重をかけ突き刺した。
アウレウスウルフは2、3歩おぼつかない足取りで歩くと、血を滴らせ倒れ込んだ。
「やった……か。それにしても、この人間、大丈夫か?」
アウレウスウルフにくわえられていたのは、8歳ほどの少女だった。