服屋
目覚めるとそこは店の中だった。
店だと分かったのは、服が大量に掛けられた円形のハンガーラックが視界を塞ぐように並べられていたから。
ガラガラ、ガラガラ、とラックが回る。
向こうにチラチラと人の姿が見えるが、まるで女性を吊り下げた様な服達が邪魔で窺い知れなかった。
(それにしてもここは何処だ?)
記憶を辿る。
確か僕は何処かに向かってたはずだ、誰かと。
「お兄ちゃん」
服の向こうから声がした。
「麻子?」
そうだ。
あの声は妹の麻子。
「麻子、何処だ? 麻子?」
「こっちだよ、お兄ちゃん」
声は服の群れの向こうからしているみたいだった。
「麻子?」
服が視界を塞ぐ。
赤、青、白、ピンク、それに花柄やボーダー。
カラカラという音が大きくなった気がした。
その音が、僕の神経を撫で焦らせた。
「たかくん」
この声は母さんだ。
「隆」
父さんの声もする。
「待って、いま行くよ」
進もうとする僕は、服の嵐を掻き分け。
抜けた。
「あ、お兄ちゃん」
「麻子、何処に行ってたんだよ」
「それはお兄ちゃんでしょ?」
「えっ? だってお前……」
「ちょっと、ふたりとも。また喧嘩してるの? 全く少しは仲良くしなさい」
俺と麻子のやりとりを聞いていたらしい母が窘める。
「いや、僕は」
何処かに行ったのは僕じゃなくて、そう言おうとしたのを父が遮り、
「いいから、早く車に乗りなさい」
そう急かした。
「はーい」
歩き出した妹の手を、不意に握った。
何故かそうしないといけない気持ちに突き動かされた。
「待て」
「なによ」
目の前にある車に乗ったらいけない気がした。
「駄目だ」
「何でよ? 今日はみんなで出かける日でしょ」
いつも忙しい父が休みの日には家族全員で出かける。
それがウチの行事になっていた。
「でも」
「なによ、お兄ちゃん。私の服を買いに行くのが嫌になったの?」
でも。
「もう知らない!」
「待って!」
でもここはまだ室内だ、僕は一切外には出ていない。
僕の後ろでカラカラという音が否応なく聞こえてる。
車の後部座席に、僕が、乗っていないはずの僕が妹の隣に座っていた。
「駄目だ!」
そう叫んだ途端。
低い音のクラクションが轟き、激しい衝突音が生まれた。
そうだ。
僕はあの日。
事故にあった。
「お、兄ちゃん」
ズルズルと音がする。
「たす、けて」
何かの塊が近づいてくる。
「お願い」
赤黒く汚れ、潰れた塊。
その姿は、僕の隣にいたはずの者。
「お兄ちゃん……」
妹に足は無く、腸が飛び出し、顔の半分は抉れていた。
「麻子……」
その姿に抱き付きたかった。
でも、
「お兄ちゃん」
妹は、もういない。
そう彼女は僕の隣で、横から来たトラックに潰された。
父と母もそう、僕以外誰も助からなかった。
「ごめん、麻子」
「お兄ちゃん」
「ごめん」
そう言って僕は店の扉を開け放った。
※
「大丈夫ですか?」
目を覚ました僕の目の前には、白衣の女性が居た。
「ええ」
「気をつけて下さいよ」
「すみません」
彼女の手を借り、僕は車いすに乗せてもらった。
「なんでこんな所に居たんですか」
彼女は不思議そうな顔で僕の後ろを指差す、振り向いた僕の支援の先には建物があった。
「さあ、なんででしょうね。すみません、そろそろ帰ります」
「ええ、それがいいです」
あの事故の後、僕は下半身不随になった。
そんな僕は自暴自棄になっていた、いやそうじゃない。
家族を亡くした事、それが一番の理由だったんだろう、それをこの場所が思い出させてくれた。
そう、名も知らぬ朽ちた教会が。
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