プロローグ
衝撃だった。
未だに戦争の傷跡を残す街。その片隅に、彼は存在していた。
調子外れのラッパの音。派手な衣装。白く塗られた顔に、真っ赤な丸い鼻。
頬には小さな星が書き込まれ、唇は大きく縁取られていた。
ラッパの音に道行く人は何事かと視線を向けるも興味を示さず足早に通り過ぎていく。
当然だ。長く続いた戦争で誰もが皆疲れていた。
笑うこともできず、ただ、今日を生きていられた事へ感謝し続ける毎日。
そんな毎日に疲弊しないわけがなかった。
戦争は終わったものの全てが元通りになっている訳もなく、今日食べる物も不足している毎日。
人々に余裕など無く、その日を生きるのに必死だった。
そんな街の片隅に存在する彼の姿に、誰も足を止めることはない。
そんな事はお構い無しにと、彼は手にした手玉を器用に操ってみせる。
最初はふたつ。次第にみっつ、よっつと増えて行く手玉。調子よく放り投げ、空中に舞わせる。しかし、投げ損ねたのか軌道が狂った手玉は狙ったように彼の顔面へと落ち、大袈裟に痛がる。
どう見ても痛くなさそうな手玉に、俺は眉を顰めそんな彼を見ていた。
失敗など気にした風もなく彼はおどけ、頭を掻き1度塀の裏へと隠れた。
直ぐに出てきた彼は大きな玉に乗って、先程と同じ様に手玉を放り投げている。
気が付けば何人かが足を止めて器用な彼の芸を見始めていた。
器用にバランスを取りながら手玉を宙に舞わせていたが、道の端に散乱する瓦礫に大玉があたりバランスが崩れた。途端、尻から落ち空中の手玉全てを顔面で受け止めていた。
思わず。そう、思わず笑ってしまったのだ。
俺だけではなかった。周りを見れば何人か顔が綻んでいるのが見える。
何年かぶりに見る人の笑顔。
なんて素晴らしいのだろう。
子供が、大人が。年齢など関係なく彼の芸に笑っている。
そんな彼に、俺は惹かれ、魅せられ……自分も、“誰か”を笑顔に出来る存在になりたいと、願っていた。