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間違いさがし

作者: 明宏訊

寝そべっていたら、あたまに落ちてきた雑誌。

偶然に入ってきた厳しい夕日に目を細めながら、それを裏返してみると、

たまたま開かれたページは、

間違え探しだった。

ファンシーな漫画絵から、

芸術的な絵画まで、

数種類が並んでいたが、

どれも彼女の目に止まるものはなかった。

まじめに考えてみれば、

そういう目的で並んでいるわけではない。

間違え探しの絵とは、

ずばり、それにふさわしい目的で選ばれているのであって、

絵、本来の目的とは少しばかり色合いが違うはずだ。

絵、本来の目的とはそもそもなんだろうと、改めて雑誌を捲る。

どのページに載っている写真やイラストのすべてが、

疑似パラレルになっていないにもかかわらず、

すべてが間違え探しにみえてきた。

あるいはそういうコンセプトの雑誌だったのか、

そういうものを購入する趣味は、

少なくとも 彼女にはなかったはずだった。

だが、

無意識のうちに、

手が出るということはよくあることだ。

買った覚えがないものが突如として、

彼女の前に出現する。

律儀な性格ゆえに、

レシートは常に確保している。

はたして、それを確認すると、

当該商品はちゃんと書かれていた。


きっと、無意識のうちに手が出たのだ。衝動買いというやつだ。

あるいはもうひとりの彼女が買ったのだろう。

本来ならば生まれるはずだった双子の一方が、

という古い少女漫画にありがちな設定が脳裏を駆け巡る。

それ自体が創作者の才能がないことの証左になっているではないか。

改めて誰かに言われるまでもない。

酔いがまだ完全に醒めていないのか、

自分にそう言った、ごく親しい異性の名前が浮かんでこない。

顔は浮かんでくるのだが、

古い漫画家のイメージ。

そう言った連中がよく被っている帽子に、

昔の武将が、

よく生やしたチョビ髭が、ふたつ、

唇の上にいやらしく添えられている。

それはあくまでも上品に言ったまでで、

ポンドでくっ付けただけ、というのが真実だろう。

昔の武将というのならば、

今の武将がいるのだろうか?

ならば、

そいつに、そのいやらしい男を一刀の元に両断してもらおう。

まだ、どころか、三分の一ていども酔いが醒めていないらしい。

言語と概念が頭の中で錯綜している。

いったい、誰と前世で、

いや、ちがう。

昨日、誰と飲んだのかもよく覚えていない。

女友達だった記憶はある。

自分の性格を律儀と規定する割に酒癖は悪い。

誰かの声が耳の中に木霊する。

おそらく、自分の考えが誰かの声を借りて言っているにちがいない。

ものすごく気だるい。

外から入ってくる陽光のせいだ。

子供の頃から太陽は嫌いだった。

いや、そうでもなかったかもしれない。

普通の子供と同じようにお日さまの下で走り回っていた記憶もある。


いつから、太陽と昼間に疎外されるようになったのだろう?

いや、こちらから一方的に嫌っていたのか、それとも両想いならぬ両嫌いだったのか。

そういう言葉が本当に存在するのか、知ったことではない。

とにもかくにも、 誰かにカーテンを閉めてほしい。

昼間から閉めていたら、犯罪者が隠れていると疑われるだろうか?

どうやらすこしは外聞というものを気にする神経が生き残っていたらしい。

自分を殊勝だと褒めてやってもいい。

彼女はやおら立ち上がると、

雑誌を手にして、カーテンを閉めにかかったところで自分が全裸であることに気づいた。

慌てて自分の手でカーテンを閉める。

あいにくとその手の趣味は持ち合わせていない。

海に落ちていく夕日は、

分厚い生地とはいえ簡単に透きぬけてしまう。

直視しつづけると、

いかにカーテン越しとはいえ、

目に悪い影響が出そうだ。

ふいに誰かの声が聴こえた。

目を覚ませ、と。

あの沈もうとする太陽が自分にそれを命じているのか。

眩しい太陽光線は、

風にそよぐヤシの木や、

その前を通る人の影によって、

幾つかに刻まれて瞬く。

その一つ一つの変化が、ひとつの文字を意味し、

ひいては言語を形成しているように思えた。

だが具体的に何を言いたいのか。

もしかして、外から視られていたのか、

あるいは、それがたとえ影であっても視られているのか、

そういう危惧からくる羞恥心が勝ってしまい。

読みとるタイミングを逸してしまった。

太陽は、

刻々と様相を変える。


それゆえに、一秒でも瞬いてしまえば、

手紙の内容はべつ物になってしまっている。

疑似パラレル、

何処か、間違え探しと似ているかもしれない。

しかし、似て非なる部分は、

もう二度と、参照できないこと、

記憶をすべて、

そのまま検索できる機能があるならばべつだが、

彼女は、いわば人間カメラというような、

天才的な才能には恵まれていなかった。

視えている映像はいまだけのものだった。

他と比較しようがない。

いつの間にか、日没は済んでしまっていた。

飲んだ酒が残っている間は、

相手がまだここにいるような気がした。

まだ生きているような気がした。

そうか、

その人物はもうこの世の人ではないのか。

思い出そうとしたが、

この部屋の電灯は簡単に点灯ができるが、

記憶の中の暗い部屋に明かりを灯すことは容易ではない。

ふと気付いたが、

これでやっと部屋の外に、

自分の影を投げかけることができる。

酒を一緒に飲んだ相手は、

きっと、そういう影を目印に、

やってくるだろうから。

死霊には人の影しか視ることができないと言った者がある。

だが、

すでに旅立ったと決めつけることは、

いささか、早計だろう。

もしもそういうことになったのならば、


いかなる理由があって、

スーツケースを用意することになったのだろう。

向こう側には、

自分の魂以外は、

何も持っていけないのに、

そういえば、

彼女の友人だったか、

近親者だったのか、曖昧になっているが、

死病に取り憑かれて、

余命いくばくもないという患者がいたが、

そいつは、

愛用のスーツケースを病室の隅に用意させていた。

彼女などは、

旅路にでて、

帰ってくるつもりだったのだろうかと、

常に陽気な男であっただけに、

何かの冗談だったのだろうが、

事情が事情だけに笑うことができないと、

母親と顔を合わせたものだ。

そうか、

陽気な男とは、父のことだったかもしれない。


それにしてもあのスーツケースがどうなったのか、

記憶は裁断されて、

ばらばらになっており、

再構成は難しい。

父と思われる男は、本当に旅立ったのだろうか?

ならばスーツケースは彼と運命を共にしたはずだ。

記憶のどこを探しても、

暗いながらに明かりがどうにか点灯ついているところだけに限定されるが、

スーツケースが燃える映像は浮かんでこない。

大変に使い込んで、


ところどころ、擦れ切っているが、

まだまだ使える代物である。

それが彼女の記憶に残るスーツケース。

記憶が裁断されるだけならば、

いっそのこと分析は容易だったというべきだろう。

べつの記憶が蘇ってくる。

きっと、べつの暗室が照らされたのだろう。

そこではスーツケースの持ち主は父ではなく兄だった。

顔を突き合わせたのは、

母ではなく、

自分にはいないはずの姉だった。

だが、


彼女は姉だという確信が、

スーツケースの実在くらいにはっきりと断言できる。


だから問題は複雑なのだ。


改めて雑誌を開く。

こんな時に眺める間違え探しにどんな意味があろうか?

たまたま目に入ったのは、

有名な前衛画家の作品だ。

槍のように歪められた女性の顔が、

疑似パラレルに並んで、

彼女を睨み付けていた。

どちらが本当だろう。

職業柄、

わかっていて当然だが、

酒のせいで脳がやられたのか、

それともまだアルコールが残っているせいか、

思い出すことができなかった。

そもそも、

がしかし、

これは正解を探す目的で造られた企画ではない。

職業柄、

それはわかっているではないか。

毎日、仕事場にいってそういう企画に頭を使うことが、

彼女に課せられている仕事のはずだ。

自分はいったいどんな仕事に就いているのか、あるいは、していたのか、

カーテンを睨み付けながら、それを思い出すことに全神経を使ってみる。

前衛画家について詳細を知らねばならない。

間違いさがしについてエキスパートであらねばならない。

両者は、明らかに違う職業の領分を示している。

前者は、絵の修復に携わっている人間だろう。

後者は、美術的なものに携わっているだろうが、職場に通う、いわば、会社員にちがいない。

両者とも画家を志望して、美術大学に入ってはみたものの、夢は長続きせずに結果として選んだ商業に違いない。生きるために妥協に妥協を重ねた結果、気が付いたらそういうことになっていたという展開にちがいない。


いまはどちらでもよくなっていた。

ただ鏡を視たくなった。

いったい、

自分はどんな顔をしているのだろう?

この部屋のことは知っている。

何処に目的物があるのか?

机の隅にある。


少しばかり、自分の容貌に自信のある彼女は、

幼いころから、少しばかり、その容貌によって良い目を見てきた彼女は、

他人の視方と内的な評価にバランスを取る必要性を感じずにはいられなくなった。それゆえに自分を可愛いとおもわざるをえなくなった。そのせいで幾ばくか、同性から辛い仕打ちを受けることになったが、それはそれで、自分の考えに固執するようになった。そのための材料になったのである。因みに、正面ではなくてあくまでも隅に置いたのは、ナルシストだと認めたくなかったせいだろう。


なんとのっぺらぼうな女だろう。

彼女は鏡に映る自分の容貌をそうだと表現せざるをえなかった。

こういう女を男は可愛いと表現するのだ。

いわゆる、

是々非々というやつだ。

ひとつのことに囚われないといえば、いい言葉となるが、

本当は、何一つとして特長がないということだ。

きっと、

男にとって鏡のような女なのだろう。

自分の顔がよく映るように特長などあってほしくないのだ。

男たちはほぼ全員が自分のことにしか関心がない、

単なるナルシストにすぎないからだ。


たまりにたまった感情を吐き出したところで、

鏡に映る、

冷たいのっぺらぼうに変化はなかった。

ただ何かを消化することしかない胃は、

溶かすものがなくなると、

自身を溶かしだすという。

変につるつるしている皮膚は、

きっと、

自らを溶かす液体が滲み出ているせいだろう。

きっと自分は溶けていく。

明日の朝日が入ってくるころには、

自分は溶けてなくなっているにちがいない。

それとも、

何事もなかったかのように、

仕事場に向かうだろうか?

それとも出勤するだろうか?

しかし、

それは間違いさがしに積極的に取り組んだまじめな人間だけだろう。

彼女は、

それを放棄してしまった。

いや、性格にはしつつあると言った方が適当だろう。

これから、

彼女の人生の良く末は、

これに取り組めるか、否かにある。


病院で死出の旅に出るべく、

スーツケースを用意していた患者に対して、

せめてもの、慰めと、

間違いさがしの特集を含んだ雑誌を差し入れた。

彼にとっての間違いさがしと、

彼女にとっての間違いさがしは、あきらかに意味合いがちがう。

彼女は、開いた雑誌の隅に、

彼が書いた落書きを見つけた。

それは、

彼女の顔のように視えてきた。

当初は単なる楕円にしかみえなかったのに。

その瞬間に涙でなにもみえなくなった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 接続詞の多様で、この詩の味が出ています。ズラズラと事情が列挙されるような詩において、有効的な表現だと言えるのでしょう。序盤のとっかかりは大変、素晴らしい作品になっておりました。 [気になる…
2015/11/22 23:04 退会済み
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