僕が異能書になった理由
新人類。
彼らが現れたのは何時の事だったか…
出現最初期、彼らを待っていたのは脳筋と言う名のレッテル。
そして、我ら旧人類による保護と言う名の迫害であった。
彼らは容姿こそ我らと変わらないが、極めて高い身体能力を有していた。
『人ではない人に近い何か』それが彼らに与えられた存在定義だった。
その出来事が、科学者達の目を引いてしまったのである。
『進化の可能性』をテーマに行われたとされる非人道的な実験の数々、
彼らにとって暗黒の時代と言われるその出来事は、
その後、旧人類が置かれる立場に深く影響を与えたとされている。
そう、旧人類が滅ぶ発端になったのだ。
滅びの始まりは、
新人類のさらなる進化と増加だった。
進化は新人類に特殊な力を与えた。
ある物は火を吐き。
ある者は水を降らせ。
ある者は風を起こし。
ある者は山を造った。
いわゆる異能力者の誕生である。
彼らは今だ進化の途中だったのだ。
そして、彼らは旧人類の存在を許さなかった。
我らの行った非人道的な行いを許せなかった。
ここに、全世界を巻き込んだ戦争が始まった。
新旧人類の戦争。
それは、虐殺に近かったとされている。
勿論、勝者は新人類。
彼らは単体としても強かったが、
日々の人口増加により旧人類を数で上回っていたのである。
旧人類に紛れる事ができ、なお且つ個としても強い新人類。
旧人類に勝てる要素は存在していなかった。
戦争が終結すると共に
生き残った旧人類に下されたのは…
『人ではなく物として生きる生活』だった。
目には目を。
そんな判決文だったとされている。
異能力者の中に、
物質を変化させる能力者がいた。
それは人物も例外ではないとても強力な能力だった。
家具にされた者がいた。
日用品にされた者がいた。
消耗品にされた者がいた。
旧人類は一定数を残し、
そんな感じで、人ではない何かに変えられていった。
残した物には子供を産ませ、
新たに出荷する商品にしたとされている。
旧人類の地獄が始まったのだ。
しかし、それも長くは続かなかった。
新人類達は個としての力が強すぎたのだ。
個としての主張が通らなければ殺しあう。
そんな風景が日常化し、徐々に世界は衰退を始めた。
そして、文明レベルの後退へと足を踏み入れていた。
それを好機と旧人類の生き残りは新人類に紛れ消息を絶った。
◇
そして、時は流れ… 新暦60X年。
新人類はやはり強さを競い、文明の衰退を続けていた。
異能力に頼り旧人類が残した遺産を食いつぶしている。
しかし、新人類は異能力に裏切られる事になった。
異能を持った者が徐々に個体数を減らし始めたのだ。
今では力が強いだけの無能力者が数を増している。
その現象を愁いたのが、僕の製作者。
新人類のフランクリン・メイザースその人である。
フランクリンは確信する。
この現象は密かに生き残った旧人類と新人類が交じり合った結果だと。
これは、旧人類が我々に残した呪いだ。そう、結論付けた。
フランクリンは、その事実を公表こそしなかったが、解決策を一つ提案した。
それがの異能力保管計画。
異能を記憶・保存できる物を生み出し後の世代に異能を引き継ぐ計画だった。
しかし、計画は初期段階で頓挫する。
異能を保存する物に適している素材が分らなかったのだ。
始めは創造系能力者に異能が保存された書籍を創らせた。
確かにできたのだが、一度の使用で無くなってしまう。
これでは意味をなさなかった。
この先、研究は一向に進まず計画は破棄される事になった。
だが、フランクリンは諦めていなかった。
彼には他人には言えない確信があったのだ。
異能を保存する物に適した素材、それは『人間』であるという事実。
おそらく計画に参加した全ての者がたどり着く結論。
しかし、人道的な意味で避けた結論だった。
人間を素材に異能の保管庫を創る。
それは、禁忌以外の何ものでもなかった。
旧人類を玩具にして変質させまくった新人類が、
自ら同じ能力で人ではない何かに変えられるなど…
滑稽以外の何ものでもなかった。
フランクリンは思う。
因果応報だと、これは新人類が受けるべき罰だと…
ならば、実行だ!
フランクリンの意思に狂気の色が宿っていた。
物質を変化させる能力者、
それも強力な、人に影響を及ぼす力を所有している者を見つけるのには苦労した。
しかし、その甲斐があった。
彼はフランクリンにとても協力的だったからだ。
そう、その彼とは僕の事だ。
僕も衰退する新世界を愁いた者の一人だった。
そして、とある実験が行われる。
フランクリン自身を被検体にして。
彼は言った。
「今から私は異能書になる」と。
「私は異能の自立型デバイス第一号だ」と。
「私は一度見た異能を習得し収める事ができる本になる」と。
「私を使えば、誰でも異能が使える」と。
今思えばフランクリンの瞳には狂気が宿っていた。
僕はそれに気づくべきだった。
僕は彼の言った通りに変質を開始する。
そして、僕の手で異能書第一号は完成する筈だった。
フランクリンの手で横やりが入るまでは…
フランクリンが動く。
それは、異能力保管計画初期に創られた失敗作。
しかし、一度の発動には耐えられる。
その失敗作が保管していた異能が発動する。
全ては終わった。
勝ち誇るフランクリン。
その手には異能書があった。
はい、僕である。
しかし、僕もバカではない。
物質変化を自身に使い元に戻ろうとした。
が、ダメ。僕は能力を消失していた。
クククと笑い出すフランクリン。
「一度見た異能を習得する。
この願いはかなり負担が大きかったようだね、能力を失ったか?
ハハハ。
次の機会にはあまり欲張らない方がよさそうだ。
いい、データがとれたよ」
あざ笑うフランクリン。
そして、彼の空いた手から炎が燃え上がる。
それを見た僕は、フランクリンに炎を放った。
簡単に躱されてしまったのだが…
「お見事。
実験は成功のようだ。
どうだい?人でなくなった気分は?」
楽しそうに尋ねてくるフランクリン。
「ふざけるな!!元に戻せ!!」
「君と同程度の使い手を探し、
物質変化の異能を得ればよかろう」
事も無げに語るフランクリン。
それが、元に戻る最短の道なのかもしれない。
「協力してくれるのか?」
「すまない。
私は忙しいんだ。
君というサンプルは捨てがたいが。
私には実験が成功したと言う事実があればそれで良い」
その言葉に顔を青くする僕。
その言葉の意味するところは…
僕の廃棄、それ以外に考えられなかった。
フランクリンはそんな僕を一笑する。
そして、
「そこで、一つ提案だが」
フランクリンは平然と提案を開始した。
僕の弱った心をついて…
それは、サンプリングへの協力。
そうすれば、見返りを約束するとの事。
信用できない提案だった。
しかし、内容を聞き僕は渋々承諾した。
その内容とは、
君を市場に放すから、
無能力者のパートナーを探し、
それと共に、活躍を示してほしいというものだった。
僕は一度見た異能を習得できる。
外の世界に出てしまえば、幾らでもその機会はやってこよう。
また、パートナーと言う足を得ることもできる。
僕にこの提案を断る理由は存在していなかった。
それに断ったところで、僕には何もできないのだ。
今は唯、火を起こせるだけの存在。
それが僕だった。
かくして僕は出荷される事になった。
無能者の元に。
いや、その前に市場に流されるのだったか?
さて、僕に幾らの値が付くのだろうか…
それがとても楽しみだった。