ガイノイド売り場行きを命ずる
薫・美由紀姉妹の父が経営するサイバーテック社はアンドロイドとガイノイドの製造販売で有名な企業であるが、最初は機ぐるみつくりの趣味が高じて作った会社だった。
ふたりの父の江藤英樹はロボット部品を製造する町工場を経営していたが、ある時ネットでロボットの機ぐるみを作っている会社がアメリカにあることを知ったが、そこの機ぐるみがアメリカン・コミック向きで趣味が合わなかったので、自分が思うジャパニーズ・テイストの機ぐるみ、特に女性キャラクターものを作る事業を立ち上げたという。
その後、産業用や家庭用の人型ロボットの事業に進出し、それがヒットしたため今では国際的なメーカーになった。しかし、ロボットすなわちアンドロイドやガイノイドを製作するようになっても止めなかったのが、機ぐるみ製造だった。
その特徴として、自社ブランドのガイノイドシリーズには必ず生身の女性が着用できるガイノイドスーツが存在していることだ。これらは公式には市販されていないが、美咲が今着ているような販売促進用のほか、マニア向けにも製造している。
美咲がエリカの機ぐるみを着る数時間前のことである。都内有数の規模を誇る電器店「ジャイアント・カメラ」従業員の赤松聖美が店長室に呼ばれていた。彼女は新入社員とはいえ先日大事な顧客を激怒させる不始末を仕出かしていた。「赤松君、いくら藤井様がセクハラまがい言動をしたからといって、あの態度はないだろう。あの後君の上司の嶋主任がどれほど苦労をされたのか理解できるだろう? 」と叱られていた。聖美は客の藤井から接客態度が悪いのは美人な事を鼻にかけているのだといわれ、思わず口答えをしてしまったのだ。それがきっかけで騒動になった。
「確かに向こうも悪い点があったのは認めるよ。しかし、だからといって罵詈雑言の類を相手に浴びせるのはサービス業に従事するものとしては失格だ。本当なら配置換えで在庫管理係りといった接客しなくてもよい部署に配属というところだが、もう少し売り場で努力してもらいたい。そこでだ、君はガイノイド売り場担当とし、その販売促進活動要員としてしばらくサイバーテック社さんに協力してもらう」と店長がいった。
聖美は意味がわからなかったが、次に「君は、ボーナス商戦の間、機ぐるみに入ってもらう」といわれようやく意味がわかった。自分はガイノイドスーツを着せられるということを。あの売り場で稼動しているガイノイドの多くは実際には人間が入っていることは店内ではよく知られていることであったが、当然客には内緒であり「中の人」などいないとされている。そのため機ぐるみを着れば赤松聖美なんていません。ということになる。
聖美はいやいやであったが、いまさら抗議しても機ぐるみ着用の決定が覆るとは思えなかったので、店長に促されるまま、人間を機械で覆う装着マシンのある地下六階に向かった。