招かれざる客1 電脳世界と現実と
歌世回、ゴルトス回に続いて、ヤツハ回となります。
次に投稿する話を書かずに、ここ数日前日譚のさわりを書いてガス欠。本末転倒ってこういうことだよね。
このギルドに入ってしばらくが経って、ギルドメンバーの立ち位置もある程度見えてきた。
中心となっているのが歌世。ふとした時に、自分や実体験をネタにして笑いを取るタイプだ。
「んで、使える頭装備をプレゼントしたんだけどさー、一回も使ってるの見たことなかったなあ」
歌世が言う。この手の話は大体フリだ。
「何をプレゼントしたんだよ」
ゴルトスが律儀に聞く。
「鬼の面」
歌世がビールを飲む音が、エッグのマイクを通じてゲーム内の世界に響く。
「ナマハゲマスクじゃねーか」
ゴルトスがつっこみ、シュバルツが大笑いをする。
シンタはエッグのインターネットブラウザを開いて、イグドラシルの鬼の面について検索してみた。
出てきたのは、どう見てもナマハゲとしか言えないような、人間の顔の倍の面積がある赤いお面だった。
「あの装備固いし優秀だよー。後頭部は露出するけれど、珍しく顔が隠れる装備だしさー」
「うーん、けど私がプレゼントされても使い辛いかも……」
控えめに指摘するのはヤツハだ。
シュバルツは笑い続けている。
案外、この手の話に大笑いするのがシュバルツなのだ。
「そんなにダメかな、ナマハゲマスク!」
「お前もナマハゲと思ってるんじゃないか」
ゴルトスが呆れたような口調で言う。
「綺麗な装備だったら使ってもらえたんじゃないかと」
苦笑交じりにヤツハが言うと、歌世は深刻な表情でこう返した。
「けど、くれくれ君に綺麗な装備を渡すのもちょっと躊躇われるよね?」
「確信犯じゃねーか」
そう言いつつも、ゴルトスは微笑んでいる。
「歌世さん、実は自分がいらないからプレゼントしたでしょ」
シュバルツは、どんな話題にも柔軟に乗ることが出来る。
「んー、実は結構本気だったんだけれどなあ。ナマハゲマスク、使えるよー」
歌世は、どこまで本気かわからないところがある。
こんな鈍感な人間はいないだろうと思うし、道化を演じているのだろうとも思うのだが、案外本気で言っているのかもしれない。
「まあ、貰ったもんだから捨てはしないだろうな。倉庫を圧迫して最悪だ」
ゴルトスが苦笑交じりに言う。
「そうだね。そう、大事にしてくれれば良いんだ」
「良い話風にしめようとしてますよね?」
こうなると、ヤツハはツッコミに回るしかない。
「歌世らしいよ」
歌世のボケを、そう言って最終的に流すのがゴルトスだ。
真面目な人らしく、質問をしたらとても丁寧に返してくれる。ただ、歌世が飲み会をしようと言い出すまでは、寝転がってネットサーフィンをしていることが多い。
歌世とゴルトスにステータスに関する話はしないほうが良いと、ヤツハが教えてくれた。
二人ともこだわりがあって、どうも揉めやすいらしいのだ。
歌世とゴルトスは付き合いが長いらしく、彼女はゴルトスに対しては容赦なく絡む。
「歌世らしいって何さー」
歌世が不満げに言う。
「言葉のままだけど」
「ゴルトスっていっつもそう言うよね。あんた実は私のことを熟知してるファン一号だな?」
「いくつになっても悪ぶりたがるなあ、歌世ちゃんは」
「私は永遠の十六歳だからねー」
やはり、道化のように振る舞う歌世だった。
絡まれているゴルトスは、どこか楽しげなので、案外と歌世に弱いのかもしれない。
この二人は、二人きりでいれば落ち着いた大人同士として話しているとヤツハは語っていた。そういえば、飛行船で首都に言った時は、そんな感じだったかもしれない。
こうやって話題が逸れていくと、修正するのはシュバルツだ。
「そういえば……」
と、他の話題を振ったり、二人がじゃれ始める前の話を掘り返したりする。
ゲームで聖職者をやっているだけあって、集団の中でバランスを取ることを楽しむ人なのかもしれない。
色々な話に器用に乗るし、話題がおかしな方向に行きかければ修正する能力が彼にはある。
シンタにとっては、その要領の良さを見習いたい存在だった。
ヤツハは、基本的に既にある話題の本筋を変えようとはしない。喋れそうな場面になると、感想を述べて、それで周囲に溶け込んでいる。結果的にそれが、歌世へのツッコミになっていることが多い。
なんだか、親戚の飲み会に連れて来られた子供のような印象がある。
けれども彼女は、歌世に呆れているというよりは、逆に慕っているようで、プレゼントを贈ったり、アップデートの情報があればすぐに教えている。
彼女はシュバルツとは長い付き合いらしく、彼に対しては敬語を使わない。
結局のところ、このギルドは、二組のペアで成り立っているのだろう。
そこに入り込んだ新人のシンタは、まだ馴染みきっているとは言えなかった。
歳の近いヤツハとは話し易いし、シュバルツは何かと話を振ってくれるけれども、まだ神器に関する話や、リヴィアとの因縁に関する話を聞けてはいないのだ。
「シンタくん、見て見て」
溜まり場で、ヤツハに声をかけられて、シンタは視線をそちらに向けた。
ヤツハが立ち上がって、杖を中空に向けている。
その杖が、光を放ち始めた。
次の瞬間、杖は少し斜め上に動いて再び光を放つ。
「魔法ー」
杖の軌道に合わせて、点状に発生した光は円を描いた。
「少女ー」
出来上がった光の円の中央に、ヤツハは杖を突き出して、片膝を上げてポーズを取った。
「ヤツハちゃん!」
どう反応したものだろうか。シンタはぼんやりとヤツハの姿を眺めていた。
「どう?」
「光のエフェクトを繋げたんだね」
魔術師が詠唱を始めると、杖の先端が光る。それは、後に光が周囲から流れ込むエフェクトに代わるのだが、ヤツハは呪文の詠唱を唱えては辞めて、杖の位置をずらして詠唱をし直すことで、光のエフェクトを何個も発生させて、輪のように繋げたのだ。
「ウケるかな?」
「どうだろう」
「む。反応が微妙。労力の割に微妙かー」
「それ考えたの、歌世さんじゃない?」
それまでの印象を台無しにする感じが、歌世らしい気がしたのだ。
「ううん、私のオリジナル」
歌世が目立っているから気が付き辛いが、この人は結構天然なのかもしれないとシンタは思った。
どこかおっとりしているというか、のんびりしているところが彼女にはある。
「結構練習したんだけれどなー」
「どれぐらい?」
「二週間」
そういえば、ヤツハは他のプレイヤーよりログイン時間が長い。
オフラインの話を嫌うヤツハだが、普段はどんな生活をしているのだろうか。
年上か、年下かもシンタにはわからない。彼女が言うには、歳が近いらしい。
一緒に遊ぼうの一言が、中々彼女に言い出せない。何せ、シンタは初心者だ。きっと、レベルの制限のせいで、ヤツハと経験値を分け合うことはできないのだ。
その夜、ヤツハは魔法少女のポーズを余興として行った。
結果は、大ウケだった。
「面白いよそれ。今度俺も挑戦してみようかな」
「いつから少女になったんだ」
ゴルトスがシュバルツに真面目に指摘する。
「ほら、俺も可愛いでしょう?」
「俺はそっちのケはないな」
「結構大変だよ。タイミングがかなり厳しいんだ」
「苦労しただけあって出来がよろしい。おねーさん褒めたげる」
「はい、お褒めに預かり光栄ですです」
また、笑い声が周囲に響いた。
こうしていると、団体戦が間近に迫っているのが嘘のようだ。
歌世がリヴィアに飲まされた提案。それは、歌世のギルドと、リヴィアのギルドの代表による、五人対五人の団体戦なのだ。
草場で、酔っ払い達はただ笑い続けている。
この前のゴルトスの暴れぶりから、何かの間違いだったような気がしてくる。
こんな調子で勝てるのだろうか。
シンタは、小さな不安を抱いてその場にいた。
「団体戦のコツ?」
高校の昼休みである。金田は、酷く珍妙な顔をした。
「ああいうのって、レベル百越えの奴が山ほどいるんだが」
この前の大会でゴルトスに秒殺されたせいか、金田はどこか元気がない。
それには触れないのが優しさだろうと新太は思った。
「ギルドの付き合いで参加することになってさ。レベル五十の剣士じゃ、何が出来るんだろうって」
「レベル低いやつでも仕事はあるっちゃあるな。例えば、アイテム運搬とか。どっちも、回復アイテムを沢山使うから、荷持ちが欲しくなるんだよ」
なるほど。当日にアイテムを手渡され、その運搬を任せられるというのが新太の役割なのだろう。
それを思えば、細かい打ち合わせがないのも納得がいく話だった。
しかし、ゴルトスの戦いぶりを思うと、レベルの高い人間同士が争う中で、死なずにアイテムを運搬し続けるというのは、難しいことのように思えた。
新太の想像は、怪獣同士が争う中で、人間が車を走らせている図に近い。
「あーあ、もっとレベルが高ければな」
新太は、思わず呟いた。どうせならば、ゴルトスのようになりたかった。
「気長にやるしかないぜ」
金田は言う。
「この世界には、年季の入った化け物が沢山いるからな」
月例大会で負けたことは、どうやら彼の自信を完全に粉砕したらしい。
「特に、レベル五十からは中々レベルが上がらなくなる。焦りすぎると、そこで萎える奴もいるから、気をつけたほうがいいぜ」
なるほど、やはり年季の入った人々に追いつくのは難しいらしい。
それが、なんとももどかしかった。
「なんだか本当、最近ゲームの話ばっかりしてるね」
学校の帰り道、沙代子は呆れたように言う。
新太と沙代子は、帰り道が一緒だ。幼馴染と言うことから、一緒に帰ることも少なくはない。
「猪瀬もやったらどうだ?」
「私はパスだってば」
沙代子は頑として譲らない。
「来年からは受験だよ。はまるのが怖いよ」
それを言われると弱かった。
電脳世界のシンタは、これからどこまでも成長できる剣士だ。
しかし、現実世界の新太は、受験を先に控えた高校生なのだ。
「いっそ、電脳世界が現実になれば良いのに」
思わず、新太は呟いていた。
「好きな時に狩りに出て、モンスターを倒して収入を得て、レベル上げて」
「重症だねぇ」
沙代子は、呆れたように言う。
「けどね、どんだけ楽しい夢を見ても、それが現実と摩り替わることは無いんだよ。夢は、どこまで行っても夢なんだから」
「まあ、そうだよな」
電脳世界と現実世界の間には、深い壁がある。
どれだけ電脳世界で仲良くなっても、些細な事から連絡が途絶えた、と言う話はいくらでもある。
それを思うと、この心配してくれる幼馴染のありがたさが、少しだけわかる気がした。
けれども、受験勉強が本格的になるまで、まだ時間がある。
「今は夢を見ているんだ、俺」
「はいはい」
沙代子は苦笑する。
妙におどけたヤツハの態度の理由を、新太は少し察せた気がした。
一夜の夢だからこそ、盛大におどけるのだ。
液晶パネルの信号が、赤になる。二人の歩みが、止まる。
「来年もはまってたら、おばさんに言ってゲームを取り上げてもらわなくちゃね」
その可能性は大いにあった。
流線型のデザインの自動車が、何台も静かな音を立てて走って行く。その流れを見ながら、新太は憂鬱な現実に足止めをされている気持ちだった。
早く帰って、エッグに入りたかった。