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神器の主は4 エルフの少女

 二人の間に、得体の知れない緊張感が流れていると気がつくまで、時間はかからなかった。

 それに気がつくと、シンタは居心地の悪さを感じてしまった。

 だから、あちこち見学に行くと言って抜け出したのだ。

 闘技場の観客席は、あちこちに階段があった。その中のひとつを降り、黴臭そうな廊下を歩いて行く。

 薄着の剣使い、甲冑に肌を隠した斧使い、ローブに身を包んだ魔法使いと、様々な人とシンタはすれ違う。

 何年もの間、この廊下は色々な人々を迎え入れたのだろう。そう思うと、不思議な感慨があった。

 自分も数年後にここを歩く時には、ゴルトスのような境地に辿り着けているのではないか。そう思うと、シンタの胸には不可思議な高揚感が沸いてくるのだった。

 そうやって歩いているうちに、シンタは再び観客席へと辿り着いた。先ほどの場所からは随分と離れている。歌世達の姿は、見えない。

 闘技場の中央では、甲冑に身を包んだ剣使い同士が、互いに決定打を出せずに泥仕合を続けている。

「歌世のギルドの人ね」

 声をかけられて、振り返ると、そこには小柄な少女が立っていた。

 薄紅色の髪に、長い耳をした、エルフ族のアバターだ。

「一緒に観戦してもいい?」

 言われて、シンタは素直に従うことにした。一人でうろついているのも、少し味気ないと思っていたのだ。

 二人は近場の席に、並んで座った。

「君は、歌世さんの知り合いなの?」

 シンタが訊ねると、少女は少しだけ考え込んだ。

「そうとも言えるし、そうとも言えないわね」

 曖昧な返事だった。事情がありそうで、シンタはそれを訊ねることに躊躇する。

 リヴィアといい、歌世達は複雑な人間関係をこの王都に残しているのかもしれない。

「ゲーム、楽しい?」

 少女の問いに、シンタは頷いた。

「知らないことがまだまだ一杯あるから、それを知っていくのが楽しみだよ。首都だって始めて来たし。周囲のダンジョンも知らないし」

 少女はまるで、腕白な子供を見つめるかのように、目を細めた。

「最初は皆そうなのよ。歌世も、ゴルトスもそうだった」

「歌世さん達も?」

「歌世なんてね、ゲームのせいで単位を落としかけたのよ」

「今の様子じゃ、そうは見えないけどなあ」

「まあ、何事にも飽きが来るものだから」

 少女が寂しげに言うのと、ゴルトスの名前がアナウンスされたのは同時だった。

 ゴルトスに続き、相手の名前が読み上げられる。闘技場に現れたのは、ローブを着た魔術師だ。

 しかし、勝負は一瞬だ。

 距離を取ろうとした相手に、ゴルトスの投じた斧が突き刺さった。巨大なそれは、相手の体を深く切り裂き、致命傷を与えた。

 シンタは驚くしかない。相手も、レベルの低い人間には見えない。後ろへの跳躍は、素早かった。握っていた杖も、ノンプレイヤーキャラの仕切る店では見たことがない品だ。

 それを、易々とゴルトスは屠ったのだ。

「ゴルトスさんって、本当に強いんですね」

 シンタの言葉に、少女は頷く。

「ネットゲームって、一度振ったパラメーターは低下しないからね。普通、あんな斧は片手で振り回せない。けれどもゴルトスのパラメーターは、それを易々と可能にする。彼は重戦車みたいなものよ」

 その表情は誇らしげだ。シンタは、この少女とゴルトスの関係が気になってしまった。

 ゴルトスは、軽快に勝利を重ねた。

 魔法の被弾をものともせずに、相手を切った。

 また、時には剣戟をあえて鎧で受け止めて、相手を切った。

 その力の前に、斧は暴風のように荒れ狂い、その耐久力の前に、攻撃は無為に帰す。

 格闘場荒らしが彼だと言われても、納得してしまいそうな凄みがあった。

 そうして、五回戦に進んだ時のことだった。

「彼よ、ゴルトスをこの場に呼んだのは」

 少女が楽しげに言う。

 闘技場の中央には、ゴルトスと、燃えるような真紅の甲冑を着込んだ男がいた。

「ゴルトスはもう、頂点を極めてゲームに飽きてしまっている。けれども、相手はゴールに辿り着けないから飽きることはない。なんだか皮肉と思わない?」

 少女の問いに、シンタは応えることが出来ない。

「なんで、そんな事情を知っているんですか?」

 疑問が、そのままシンタの口をついて出た。

「さて、なんででしょう」

 少女は、悪戯っぽく笑うだけだった。


 炎のように赤い甲冑を着込んだ男は、名をサイラスと言った。

 サイラスは、ゲームを始めて二年目の中堅ユーザーだ。しかし、八年を過ごした古参ユーザーにも遅れは取らないと信じている。

 何せ、休みとなれば狩りへ行き、寝る間を惜しんでレベルを上げ続けたのだ。キャラクターだけでなく、自身にも空手の大会で準優勝した経験があり、反射神経には自信がある。

 特別な装備を持っている人間がいる、と知ったのは、月例大会の優勝を何度も重ねた時のことだった。

 その男にかかれば、お前など物の数にも入らないと嘲られたのだ。

 自分は強いと信じていたサイラスにとって、それ以上の人間が隠れているというのは不快なことだった。

 だから、三ヶ月もかけてゴルトスを見つけ出したのだ。

 大会へ引きずり出すのは簡単だった。神秘の鎚を賭けて勝負しろと言えば、彼は乗ってくると、教えてくれた少女がいたのだ。

 そうして、今、サイラスはゴルトスと対峙している。

 サイラスのレベルは百四十九。レベルの上限が未だに知られていないこのゲームだが、中堅では敵なしと言ったレベルだ。

 振り分けられたパラメーターによって、城壁に軽々と穴を上げる重い鎚も振り回せる。

 しかし、その彼から見ても、ゴルトスは異常だった。

 片手で巨大な斧を軽々と振り回すその姿は、プレイヤーキャラとは思えない。

 彼の試合を見ていても、気がついた時には相手が真っ二つになっていて、参考になったものではない。

 そしてついに、闘技場の中央で、二人は向かい合った。

「参考までに聞くけど、あんた、素早さは上げてるのか?」

 ゴルトスは、首を横に振った。

「俺は耐久派だ。力と耐久力がメインだ」

 巨大な体躯に似合わぬ、細い声だった。

 その言葉に、サイラスはやや驚きつつも、納得する思いだった。

 力の強化による恩恵で、攻撃速度も僅かに上がる。

 攻撃速度から逆算されるゴルトスの力は、想像して愉快なものではなかった。

 年季が違いすぎた。

 このゲームには、自分が考えもしなかった化け物がいるのだ。

 しかし、サイラスはまだ諦めてはいなかった。

 試合の始まりを告げるアナウンスが響いた。

 ゴルトスが斧を振り下ろす。

 その一撃を、サイラスの鎚が受け止める。

 サイラスの足が闘技場のタイルを割った。

 サイラスは相手の攻撃の重さに驚愕しつつも、隙だらけになった相手の腹部に体当たりを仕掛ける。

 サイラスは素早さにもパラメータを振っている。そこに、勝機はあるはずだった。

 しかし、ゴルトスはそれを受けても動じない。

 ゴルトスの振った耐久力の値が、サイラスの振った力の値を遥かに超えているのだろう。

 ゴルトスの斧が再び振るわれる。サイラスはそれを、辛うじて回避する。

「プロレスラーかよ」

 冗談交じりに、サイラスが言う。

「ただの社会人だよ」

 積み重ねが、違いすぎた。

 サイラスは、反射神経では誰にも負けないという自信がある。

 実際、ゲームでもそれは大きな武器となった。

 しかし、いくら素早い猫がいようと、象には勝てないのだ。

 その時のことだった。

 ゴルトスの装備が、変わった。

 斧が消え、今にも崩れそうな木槌が彼の手に現れる。

 神秘の鎚だ。

 ゴルトス自身も、望んでそれを出したわけではないらしい。戸惑ったような表情をしている。

 しかし、これは好機だ。サイラスは、渾身の一撃を、ゴルトスの頭部へ向けて放った。

 ゴルトスは、咄嗟に鎚の柄でそれを受け止める。

 しかし、次の瞬間には柄は折れ、ゴルトスの頭部にサイラスの一撃が突き刺さるはずだった。

 金属同士が、ぶつかり合う音がした。

 今にも崩れそうな木槌で、ゴルトスは鉄の鎚を受け止めたのである。

 木槌の柄にヒビが入り、それは全体へと広がった。

 神秘の鎚が割れる。

 いや、割れたのは、その正体を隠していた外壁だ。

 中から出てきたのは、白銀に輝く鎚だった。その頭部は、人間の頭より大きい。細やかな金の装飾が、荘厳な雰囲気を漂わせている。その体のあちこちに、未知の文字が刻まれていた。

 しばし戸惑ったような表情でいたゴルトスだが、その瞳に決意の炎が燃えた。

 ゴルトスが鎚を両手で握り締め、振り上げる。

 眩い白銀の閃光が、会場を満たした。


「あれが、神秘の鎚の正体さ」

 少女が楽しげに言う。

 シンタは、驚いていた。

 神秘の鎚が割れたかと思うと、その中から、それよりも巨大な白銀の鎚が現れたのだ。

「なんですか、あれ」

「雷神トールのハンマー、ミョルニル。巨人族すらその名に怯えた、神器だよ」

 神器という言葉に、シンタは驚愕する。

 その瞬間、会場に白銀の光が満ちた。ゴルトスが振り上げた鎚が、まるで自らの生命を誇示するかのように輝き始めたのだ。

 雷光のような素早さで、鎚が振り下ろされる。

 轟音に闘技場が揺れる。

 そして、相手の姿は闘技場から消えていた。

 このゲームでは、キャラクターの損傷がグロテスクな粋に入ると、傷口が見えなくなってしまう。

 つまるところ、相手が消えたと言うことは、その全身が描写できないレベルまで傷つけられたということだ。

 ゴルトスの手から、ミョルニルが消えた。アイテムボックスにしまったのだろう。まるで、隠すような素早さだった。

 驚愕によるざわめきと喝采が会場に響き渡った。

「あれはね、普通は振れたものじゃないんだよ」

 少女が言う。

「力のパラメーターを振ってるだけじゃ使えない。小まめに力を上げるアイテムを集め、イベントに出て、力を底上げした。そんな努力の果てがあれ」

 ゴルトスは、悠々と会場から去っていく。

「彼にこそミョルニルは相応しい。そう思うでしょう?」

 少女の問いに、シンタは唖然としながらも頷いていた。

 そして、いつしか自分もあれほど強くなりたいと思っていた。


「疲れたよ」

 帰りの飛行船で、ゴルトスが言う。

 しかし、歌世は渋い顔だ。

「私は神器持ちですって、胸にプレートつけて歩く馬鹿がいるたぁ私も吃驚だわ。これでまた噂が広がって、あの田舎町まで人が押しよせてきたら、どうしてくれるの? なに? あんた私を引退させたいわけ?」

 珍しく、歌世は不機嫌だ。

 ゴルトスは苦い顔になった。

「それがまったくわからないんだ。俺は斧を振り回してたはずなのに、気がつくと装備が変わってた」

「また挑戦者が長蛇の列を作って、あんたが疲れたって泣きついてきても、私は知らないよ」

 それを嫌って彼女達は首都から離れたのだろうか。

 シンタは、聞きたいことが沢山あった。どこで神器を得たのか、そうなるまでどれぐらいの時間がかかったのか、どんなステータスなのか、なんで秘密にしていたのか。

 しかし、二人の間に流れる重い雰囲気が、それを許してくれそうもなかった。

 そうして悶々としている間に、ふと気がつくことがあった。

 あのエルフ族のアバターの少女は、どうやってシンタを歌世と同じギルドの人間だと知ったのだろう。

 シンタは、このギルドに入って一月も経っていないのだ。

「そもそも、今回の相手が、神秘の鎚を指名してきたとこから話がおかしいんだ」

 ゴルトスが、言い訳するように言う。

「どこから俺があこにいて、神秘の鎚を持ってるって話が漏れたんだろう」

 歌世は、黙って考え込む。

「リヴィアの城にしばらく匿ってもらってたから、噂は消えたもんだと思ってたよ」

 ゴルトスは、情け無さそうに言った。

「まあ、私からも悪いお知らせがあります」

 歌世が、渋い顔で言う。

「これ以上悪い知らせか?」

 ゴルトスが問う。

「リヴィアが闘技場にいた」

「うっわあ……」

 ゴルトスのそれは、これ以上の不幸があるかと、嘆くような声だった。

「神器を人目に晒したことによって、私達は協定を破ったと責められました。つまり、私は連中の言い分をひとつ飲まされたわけです」

 歌世の言葉に、沈黙が場に流れる。

「シンタくん」

 唐突に声をかけられ、シンタは戸惑いがちに返事をした。

「なんですか?」

「対人の団体戦って、興味あるかな?」

 ゴルトスが、苦笑いを浮かべた。

 なにやら、不穏な空気が漂い始めた。

========================

雷皇ゴルトス

雷光のゴルトスから転じて、雷皇ゴルトスとなった。

一時期は闘技場の常連であり、彼の使う槌は不可思議な光を放つとされていた。

実際は鈍重なのだが、重い斧を棒のように振り回し、短い時間で戦闘を終わらせる姿に、素早いイメージを持つ人間が多かったらしい。

彼に挑戦すれば、レアアイテムを貰えるという噂がまことしやかに流れていた。

ある時から、彼は姿をぱったりと消す。

雷皇も、今では過去の存在となりつつあるのだった。

本人が疑問視しているのは、誰がそんな異名を考えたのだろうということ。

また、レアアイテムが貰えるという噂を流したのは誰なのだろうということだった。

異名に関しては、猫耳の友人の悪戯かもしれない。けれども彼女は、人に挑戦者を集めるような噂をばら撒く人間ではないのだ。

その疑問に、未だに答えは出ていない。

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