神器の主は3 首都の古い知り合い
今回出てくるリヴィアは、元は関西弁キャラでした。
当時、関西に住む友人に、台詞の関西弁部分の修正を頼んだものでした。
どうせならとことんやろう、との言葉と共に返ってきた修正案が、かなりディープだったので、悪いと思いながらもお蔵入りになりましたが。
現在は、すっぱりと関西弁を使うことを諦めました。似非関西弁になりそうだからです。
月例大会というのは、首都で毎月行なわれるトーナメント式の格闘大会だ。
勝者には景品が与えられるのだが、それが中級者向けであることから、参加する上級者は滅多にいないと聞いたことがある。
それまで歌世達のレベルを知らなかったシンタは、彼女達がそういった大会に混じれることに少しだけ驚いた。
それを言うと、歌世は苦笑した。
「私も、ゴルトスも、ゲームを始めて八年目だからね。そういうのを楽しむ時期は過ぎてるよ。ねえ。ゴルトス」
ゴルトスは頷いた。何かを考えているのか、口数が少なかった。
それにしても、体格の良い壮年のゴルトスと小柄な歌世が並ぶと、まるで将軍とはねっかえりの愛娘といった感じだ。
既にシンタ達は、飛行船の個室にいた。
窓の外では、プロペラが忙しなく回転している。
シンタのゲーム内の収入では、一ヶ月貯金をしても乗れるか怪しいこの飛行船でも、首都までは二十分かかるのだった。
リューイ達は、それに乗れることを、酷くうらやましがったものだ。
ゲームを始めて間もないパーティー仲間の中では、飛行船に乗るのも、首都に立ち入るのも、シンタが初めてだ。それを思うと、シンタは少し誇らしい気分になる。
「けど、なんで大会なんでしょう? 対人戦なら、それ用の格闘場はどこにでもあるでしょう?」
「乱入者が出ることを嫌ったのかもな」
ゴルトスが冷静に言う。
「月例大会が開かれる闘技場と違って、個人的な決闘をする格闘場は、誰でも乱入できる。相手は、一対一で決着をつけたいんだろう。最近は、格闘場荒らしが出るって言うしな」
「ああ、私も聞いたことがある」
歌世が、楽しげに言う。
「あちこちの格闘場に現れては無差別攻撃をするやつで、十人のパーティーを一人で壊滅させたとか。それこそ、神器ユーザーなのかもね」
イグドラシルの広い世界では、シンタの知らない所で、様々なことが起こっているらしい。
「俺も、大会に出てみたいな」
その言葉に、歌世が苦笑した。
「今回は見学だけにしておきなさいな。参加料の三万ゴールド、惜しいでしょ?」
歌世の口から出てきた言葉で、シンタの中で膨れ上がっていた意欲はあっという間に萎んでしまった。
シンタが一日狩りへ行っても、回復アイテムに使う費用をさっぴけば、収入は千ゴールドに満たない。
飛行船や大会の資金を軽々と吐き出す彼らを見て、本当にこの人達は上級者なのだと、シンタはしみじみと感じたものだった。
「なんだか、皆と遊べるの、凄い先になりそう」
「一番の難関は、やる気のない私達をどう乗り気にさせるかだね」
笑って言う歌世に、シンタは苦笑するしかない。
確かに、社会人二人は狩りをしようとしないし、シュバルツとヤツハはカードゲームばかりに興じている。
それでも、何故彼らはログインするのだろう。それを訪ねようとしたとき、飛行船がゆっくりと動きを止めた。
「じゃ、行こうか。憧れの、首都到着だ」
歌世が言って、部屋の外へと出て行く。シンタがその後に続き、ゴルトスもその後ろに続く。
狭い廊下を歩き、看板へ出ると、果てしなく広がる町並みと、そのあちこちに植えられた青々しい木々や、綺麗な花壇が眼に入った。
遠くには、城や闘技場、そして三階建ての建物すら隠すだろう立派な外壁が見える。
多様な格好をした客達が、列を成して飛行船から降りていく。
「首都へようこそ、シンタくん」
歌世は、歌うようにそう言った。
大通りに出たとたんに、人の川に流されかけて、シンタは思わず悲鳴を上げた。
それは、まさに川だった。数百人のプレイヤーが、自分の行きたい場所を目掛けて、鉄砲水のように歩いて行く。
大柄なゴルトスが壁となってくれなければ、シンタはとたんに流されて、迷子になっていただろう。
その背に守られながら、シンタは周囲を見回す。
道の隅には、所狭しと商人達がアイテムを並べている。そこに並ぶのは、鞘に龍の飾りがついた刀、炎を宿したマント、骸骨を模したいあわくありげな指輪など、シンタが見たこともない装備の数々だ。
町を歩く人々の服装も多種多様で、中にはファンタジーらしからぬ普通の服装をした人もいる。その表情も、多種多様だ。
ここは、人が集まる場所なのだと言う実感が沸いてきた。そして、自分が今まで篭っていた町が、いかに小さく、寂れていたのかを思い知らされる気持ちだった。
十分もしないうちに、三人は闘技場へと辿り着いた。
ローマにあるというコロッセウムを思わせる、円状の形をした屋根のない建物だった。学校を丸ごと飲み込んでしまいそうな、巨大な建造物だ。入り口に、小さな受付がある。
「参加希望だ」
ゴルトスが、ゴールドの入った袋を受付に置くと、受付嬢が笑顔で対応してくれた。
「大会参加をご希望ですね。他のお二方も参加なされますか?」
「私達は観客さ」
歌世が言うと、受付嬢は頷いてゴルトスに向き直った。
「ゴルトス様ですね。参加確かに受け付けます」
その瞬間、ゴールドの入った袋が消えた。
そこで初めて、シンタはこの受付嬢がノンプレイヤーキャラなのだと理解した。
「ゴルトス様、控え室にてお待ちください。お連れの方は、観客席へどうぞ」
歌世は頷いて、慣れた調子で闘技場の中へと入っていく。
暗い廊下をしばらく歩き、階段を昇ると、広大な闘技場と観客席が視界に映った。
観客はまばらで、まだ戦っている人々はいない。青々とした空が、それを見下ろしている。
「今度は友達と徒歩で、首都を目指してみなよ」
歌世が、近くの席に座りながら、呟くように言う。
「私もゴルトスも昔はやったもんだよ。夕方から夜までの時間で、二日ぐらいかけて首都を目指すの」
「歌世さんが?」
歌世といえば、酒を飲んでいるか、仕事をしているイメージしかないシンタだった。
「私だって、昔はゲームに熱中したものさ」
苦笑して、歌世は言う。
「懐かしいな。寝ようとしてたのに、強いモンスターが出る場所に迷い込んで、そのままテントを張れなくて深夜まで起きてたり」
「そのままログアウトするわけにはいかないんですか?」
「一度それをやったらね。ログインした瞬間にモンスターに囲まれて倒されちゃった。休む場所を確保するコツを掴むのも、このゲームじゃ大事なのさ」
「お、いたいた」
聞きなれぬ声が背後からした。
振り返ると、赤い鎧に身を包んだ女性が、腕を組んで歌世を見下ろしている。
歌世は、挑むような笑顔でそれに答えた。
「どこで嗅ぎ付けてきたの?」
「ギルドメンバーが、町で貴女達を見かけてね。スピリタスの規模は、貴女も知ってるでしょう?」
「首都はこれだから嫌ね。懐かしい顔が多いから。あんたとは会いたくなかったわ、リヴィア」
リヴィアと呼ばれた女性は、シンタの横へと遠慮なく座った。
「貴女にとってはそうでしょうね。けど、私はまだ諦めてないわよ。あんた達を負かすこと」
どうやら、因縁の間柄らしい。
歌世は笑顔だが、その尻尾は苛立たしげに椅子を何度も叩いている。
その時、けたたましいラッパが鳴った。
貴賓席に王の格好をしたノンプレイヤーキャラが突如出現し、月例大会の始まりを宣言した。
「参加してるのは誰? ヤツハかしら」
リヴィアが問う。
「ゴルトス」
歌世が短く答えると、リヴィアは自らの額を叩いた。
「うちのギルドからも参加者がいるんだけどね。トラウマになりかねないわ」
闘技場の中央に、プレイヤーキャラが二人現れる。
一人は、大柄な体に、鋼の鎧を着込んでいる。持っている斧は、柄は身の丈ほどに長く、刃は子供の横幅もありそうだ。髭を蓄え、白髪の混ざった髪をした渋い外見のキャラクターだ。ゴルトスだった。
もう一人は、金色の鎧に身を包んだ騎士だ。刀剣は、まるで燃え上がるかのように赤い光を放っている。その外見に見覚えがある気がして、シンタは首を捻った。
アナウンスが会場に響く。
「一回戦。ゴルトス対烈火の騎士」
その名前を聞いて、ゴルトスの相手が金田なのだとシンタは理解した。
「ゴルトスさんって、強いんですか?」
「強い」
即答したのは、リヴィアだ。
「オープンテストの頃からいるしね。この世界で、百人の猛者を選ぶとしたら、間違いなく上位に名前が入るでしょう。それは、そこの下品な女も一緒だけど」
「どうも」
褒められ、同時に貶されて、歌世は淡々と返す。
しかしシンタは、酔っ払ってぐだをまく普段の歌世と、リヴィアの語る歌世が、どうしても一致しないのだった。
「試合開始です」
アナウンサーが戦いの始まりを告げる。観客達は、現実世界ではお菓子でも食べているのだろうか。大人しく試合に見入っている。
烈火の騎士が、赤い剣を振り上げ、下ろす。
それを、ゴルトスは篭手で受け止めると、斧を左手で振るった。
いかにも重そうな斧が、草刈り鎌でも振るうような素早さで振り下ろされた。
烈火の騎士は、鎧ごと両断された。
「ゴルトス選手の勝利です」
アナウンスが流れる。あまりに呆気ない幕切れに、ざわめきが周囲に響く。
「酷い話ね。あんな斧を爪楊枝みたいに振り回すんだから」
「中級者の集いにあいつが混ざってるのがいかさまみたいなもんだよ」
リヴィアが呆れたように言い、歌世が気の毒そうに呟く。
驚いたのは、観客だけではなく、シンタも一緒だった。あのような重い斧、シンタならば持ったとたんに動けなくなるだろう。どれだけレベルを上げれば、あんな早業が可能になるのだろう。
「それにしても、ゴルトスを知らない奴が沢山いるみたいね」
リヴィアは、呆れたように言う。
「時の流れは速いもんだよ。私達が首都から引っ込んで、もう年単位で時間が過ぎた」
そこで言葉を区切って、歌世は苦笑交じりに言葉を続けた。
「もう、踏み入ることがなければ、と思ってた」
「腐れ縁ってもんは、中々切れないものよ。私達は、白銀の縁で結ばれているしね」
リヴィアは、楽しげに言う。
「私にとっては、チャンスなのよね」
歌世は前だけを見て、リヴィアの意味有りげな言葉を無視する。しかし、その尻尾は、苛立たしげに椅子を叩き続けているのだった。