神器の主は2 月例大会
「酒場、どうだった?」
学校の掃除時間である。金田に声をかけられて、新太は思わず笑顔になった。
「最高。パーティー組んでピラミッドへ行って、楽しかったよ」
「そうか。何階まで制覇した?」
「一階で軽く遊んだ程度」
金田はモップで適当に床を撫でながら、満足げに頷く。
「レベル四十代だとそのぐらいだろうな。俺ぐらいになると、ソロで三階まで潜れるぜ」
先輩面が鬱陶しいと思った新太だったが、素直に驚いて見せることにした。
「三階か。色々なモンスターがいるんだろうな」
「おうよ。イグドラシルの世界は奥が深いのさ」
「またゲームの話?」
そう言って、呆れた様子で話しに入って来たのは、同じ班の猪瀬沙代子だった。
「最近その話ばっかりだよね」
「猪瀬もどうよ。イグドラシルオンライン」
「私は、パス」
沙代子は即答した。
「だって、そういうのって、ゲーム内の装備を持ってる人と持っていない人で凄い差が出るんでしょ?なんか、ドロドロしそう」
沙代子は、金田とも新太とも同じ小学校の出身だ。以前は三人で話すことも多かったが、最近はゲームの話しについて来れず、不満げな顔をすることが多い。
「現実だって一緒だろ」
大好きなゲームを責められて、金田が少し拗ねたような調子で言う。
「そこまで大きな差が出るのって、神器ぐらいかな」
金田が何気なく言ったその言葉に、新太は興味を引かれた。
「そういえば、昨日酒場で、神器の情報募集って看板を立ててた人がいたな」
旅人の酒場は広く、たくさんの円状の机が置いてある。その机の中央に、どういった趣旨のパーティーを組みたいのか書いた札を立てるのが、野良パーティーの集め方だ。
その中に、神器の情報募集と書かれた札も混ざっていたのだ。
「イグドラシルユーザーなら、誰もが耳にしたことがあるのが神器さ」
金田は、夢見る少女のような表情で言う。
「剣なら剣、斧なら斧、それぞれの種類に一個しかないゲーム内最強の装備。俺の最終目標だ」
金田の操る烈火の騎士が、派手な大剣を振り回して暴れている姿を想像して、新太は苦笑した。
そのイメージが子供っぽくて滑稽だったのもあるし、自分がそれと同じものに憧れてしまったこともおかしかったのだ。
「そんなに強い武器なのか?」
「わかんないけど、凄い強いんだと思うぜ。実際に見た人間は少ないけど、まことしやかにその存在が語られているんだ」
「都市伝説みたいね。実物はなかったりして」
話について来れていなかった沙代子が、拗ねたように言う。
「俺は絶対に手に入れるけどな」
力説する金田についていけないとばかりに、沙代子ははいはいと苦笑して、他の生徒に話しかけに行ってしまった。
ゲームの話ばかりして、彼女を置いてけぼりにしてしまったことに、新太は少しばかりの罪悪感を抱いた。
しかし、それ以上に、神器という存在への興味を抱いていた。
「動画撮影できれば良いのにな、イグドラシル。そしたら、誰かが神器の動画を上げてくれるかも」
イグドラシルオンラインは、プライバシーを守るために、動画の撮影を禁止されている。
その為、情報集めはネット上の掲示板での伝聞が元となり、レアな装備を目にすることは難しいのだ。
「せめて、引退までに一度は見たいもんだ」
金田はしみじみと言った。それは、新太も同じ気持ちだった。
その夜、ゲームにログインすると、珍しく歌世が声をかけてきた。
「シンタくんって、首都に行ったことってあったっけ?」
「ないです」
この大陸に首都があることはシンタも知っている。しかし、酷く遠くて、まだ足を向けたことがない。
ゲームを始めたばかりの初心者は、首都を除く各地の町に産み落とされる。そこから首都に辿り着くには、凶暴なモンスターが闊歩するフィールドを何時間も歩く必要がある。
飛行船を使えば、大幅に時間を短縮できるが、そのチケットはシンタにはまだ手の届かぬ代物だ。
シンタは、日々の回復アイテムを買うだけで手一杯なのである。
イグドラシルオンラインの世界は、とてつもなく広いのだ。
「じゃあ、ちょっと首都へ行く予定が出来たんだけれど、観光につれてってあげよっか」
「行きます」
シンタは即答していた。
駆け足で普段集まっている町の片隅に行くと、珍しくゴルトスが立っていた。
歌世も珍しく、作業をしていない。
シュバルツとヤツハは、ミニゲームに興じることなく、不安げに二人を見ていた。
物々しい雰囲気に、シンタは戸惑った。
「何か、あったんですか?」
問うと、ヤツハが苦笑いを浮かべた。
「ゴルトスさんが、挑戦を受けてね」
「挑戦?」
「首都の月例大会に出て、装備を争おうって」
思わぬ話に、シンタは驚いた。ゴルトスは、ゲーム内の装備への執着が薄い性質に見えたからだ。
「仕方ないんだよな」
ゴルトスは、苦笑いを浮かべて言う。
「俺の持っている武器の中に、レベルが一定以上の人間の挑戦を断ったら所有権を失うってものがあってな。戦うしかないんだ」
寝てばかりいるゴルトスが、そんな装備を持っているのも意外なことだった。
「もしかしてそれって、神器ですか」
シンタの言葉に、一同は顔を見合わせた。
もしかして、そうなのだろうか。シンタは、胸が躍るのを感じた。
「これ、神器に見える?」
ゴルトスの手に、古い木の鎚が現れた。モップのような細長い柄をしているが、振り回せば折れてしまいそうだ。
「見えません」
失望が、声に滲んでいた。
「神秘の鎚ってアイテムさ。ま、鑑賞品だな」
ゴルトスが、面白がっているように言う。
ならば、何故それの所有権を維持するために苦労をするのだろう。シンタには、まったく理解できなかった。
「まあ、首都見物に行きましょうか」
茶化すように、歌世が言った。