神器の主は1 野良パーティー
ちょっと前の話を引っ張っています。
4gamerネットに、アメリカと中国のPK経験者の割合を示したグラフがありましたが、もっと多い国の統計を見てみたいものです。
個人的には、PKがないゲームが好きですねえ。
「雨を懐かしいと思ったことはない?」
少女の唐突な問いに、彼は戸惑った。
「雨を?」
少女は頷く。薄紅色の髪が、小さく揺れた。
「そうよ。昨日も二日前も雨が降ってた。けど、その日だけは妙に降る雨を懐かしく感じるの」
しばし考え込んで、彼は答える。
「あるかもしれないな。けど、それは、その時の湿度や環境が、思い出を刺激したんだろう」
「一概にそうは言えるのかしら」
「それ以外に考え方はあるのかな」
「例えば、イメージしてみて。遊園地の人ごみ。川の流れのようなそれは、一日目と二日目で一緒だと思う?」
「違うな」
彼は即答する。遊園地に二日続けて人が集まるなど、ありえないことだ。例えば、どちらの日にも修学旅行の生徒がいたとしても、その制服はその日によって違うのだ。
「雨だって、そうかもしれない。一滴一滴の雫は違って、懐かしいと思う時にはその雫が帰ってきたのかもしれない」
夢見る少女のように、彼女は言う。
「詩的過ぎて、ありえないよ。君は、何が言いたいのかな」
「私は、雨を留めたいの。何度も何度も、懐かしい雨を降らせたいのよ」
しばしの沈黙が流れた。
「それは無理だね。人の意思はけっして一方向には定まらない」
雨は振り、川から海へと流れていく。その後、何処の土地へ辿り着くかはわからない。それは、人とて同じだ。
「そうかしら。私は、それが可能だって信じているわ」
少女の瞳に、迷いはない。
少女の考えを変えるほどの何かを、彼は持ってはいない。
だから、この話し合いは平行線なのだ。
いつまでこの場所にいるのだろう。彼は、天を仰いだ。
「"神速"歌世の面目躍如だな」
深夜の溜まり場で、ゴルトスは歌世をからかっていた。
歌世は、頭の猫耳を伏せて、不機嫌な表情になる。
「からかわないでよ」
「ギルドハウスを取り返すだなんて、正義の味方の面目躍如じゃないか」
「……絶対に面白がってるよね」
ご名答。ゴルトスは、心の中だけでそう呟いた。
いつも強気な歌世が、異名に関する話題になると小さくなる。それが、ゴルトスにとっては面白かった。
お節介な癖にどこか偽悪的で、称賛されることを嫌う。彼女はそんな、矛盾した面を持っている。
「退治しちゃったけどさ。山賊みたいなプレイヤーがいても良いって、正直私は思ってるんだ」
歌世の言葉に、ゴルトスは興味深げな表情になった。
「ほう」
「だって、PKが許されているってことは、ロールプレイの一環としてプレイヤーキラーになることが許可されているってことだもの。山賊や海賊がいたほうが、ファンタジーの世界っぽくて面白いじゃない」
「けど、俺達が小さい頃から、PK不可のゲームばかり販売されるようになったよな」
「……ゴルトスって、何歳からネトゲしてるの?」
「雑学だよ。イグドラシルだって、最初はPK禁止マップは町の中だけだった。それが外にまで広がって、今じゃ追加マップの大半はPK禁止マップだ」
「昔は、あれはあれでドキドキしたもんだったけどね」
「プレイヤーキラーなんて、珍しい存在だったからな。PKが禁止されてないのに関わらず、だ」
「ああいうプレイヤーがいると、私、なんだか活き活きしちゃうのよね」
火事と喧嘩を華としたのは、いつの時代の人間だっただろうか。
この女性の性癖と能力は、どちらかといえばFPSゲームに向いているのではないかとゴルトスは思ったことがある。
けれども、ロールプレイの余地がない撃ち合いなんて趣味じゃないと、彼女は言ってのけたのだった。
「結局、日本人の気質と、PKってシステムは合わないんだろうな。日本人は、集団に属して安心感を得る傾向があるから」
「赤信号皆で渡れば怖くない、にもなりうるけれどね。実例があるし」
その実例に思い当たって、ゴルトスは苦笑した。
「……今回の一件で、悪目立ちすると思う?」
歌世が、少し不安げに言った。
「"神速"歌世は悪目立ちするかもしれんが、まあ、肝心の件に関しては目立たないだろう」
「嫌だなあ。掲示板じゃあさ、私、三十人の盗賊を一人で倒したことになってるんだよ。三十人のプレイヤーキラーを単独で倒すってどんだけだよ」
「俺は、悪辣な手段を取る大手戦争ギルドのマスターに調和を解いて平和を産んだって聞いたが」
「あーれーは、たんにあのギルドの資金が尽きて、一時期活動を休止しただけの話じゃないか。私は正義の味方なんかじゃないって。暴れるのが好きなだけなのに、なんでこう好意的に見られるかなあ」
苦々しげに言う歌世を見て、ゴルドスは苦笑した。
こうして神妙にしていると、可愛らしいなと思ってしまったのだ。
神速に関する噂を流している人間達は、むしろ面白がってやっているのだろうが、歌世はそれを真に受けて苦しんでいるのだった。
迫りくるミイラの群れを、シンタは剣を振り回し、時には盾を押し出し、足止めしていた。
その横から駆けて来た一体が、転ぶようにしてシンタに抱きつこうとする。その干乾びた頭に、矢が突き刺さった。
ミイラはシンタの体をなぞるようにして、そのまま地面に倒れた。
リューイの放った矢が、シンタを救ったのだ。
仮想世界の中である。
シンタは、三人とパーティーを組んで、ピラミッドの内部を冒険していた。
その地下には宝が隠されていると、町のノンプレイヤーキャラクターが教えてくれたのである。
しかし、ピラミッド内部へ続く道は狭く、モンスターはそれを埋めるかのように多い。
シンタ達は、苦戦を強いられていた。
仲間の一人はリューイ。弓の達人だ。パーティーメンバーの左右背後の地面から沸きあがってくるミイラを、次から次へと射殺している。
もう一人は、リューイと同じギルドに所属しているスイ。回復法術を得意とする聖職者だ。神に祈りを捧げ、亡者達の動きが鈍る聖域を作っている。
そして最後の一人が、仲間になったばかりの魔術師レル。先ほどから、彼女は魔法の詠唱を続け、その杖には眩い光が集まっている。
その光が、弾けた。
炎を帯びた風が吹き荒れ、大量のミイラが、乾いた泥人形のように崩れ落ちていく。
しかし、その奥から、奥から、さらにミイラはやってくる。
一体、何人の人間がこのダンジョンで即身仏になったという設定なのだろう。ミイラの数は、あまりにも多すぎるように思えた。
「引こう」
リューイの言葉で、皆は一目散に来た道を駆け始めた。
シンタの剣が、リューイの矢が、スイの祈りが、レルの炎が、道を防ぐミイラ達を次から次へと薙ぎ倒していく。
薄暗いダンジョンを抜けると、草原の緑と、太陽の日差しが四人を出迎えた。
外に出た時には、四人とも息も絶え絶えといった様子だった。
「俺達のレベルじゃちょっときつかったかな」
シンタは、思わず笑いがながら言う。
このダンジョンは、地下五階まであるというが、結局は一階すら制覇出来なかった。
「けど、スリルがあって楽しかったねえ」
言うのは、レルだ。栗色のボブカットが可愛らしい彼女は、上機嫌そのものだ。
「今度はリベンジの為に、他の場所でレベル上げしようぜ」
スイの提案に、レルは嬉しそうに反応する。
「賛成。私も、知らない場所一杯あるもの」
旅人の酒場で仲間になったこの少女は、シンタ達と同じくゲーム初心者で、他の三人とも馬があった。
自然と、次もこの四人で冒険しようという話になっていた。
「そしたら、今度はもっと簡単に行ける場所を考えておくよ」
リューイが言うと、全員が頷く。
そして、シンタはふと思うのだ。あののんべ達は、どうしてこんな楽しい遊びを前にして、別のことに没頭しているのだろう、と。
その日、歌世がゲームにログイン出来たのは、十時を回った頃だった。
何を思ったのか、シュバルツとヤツハは将棋のアプリケーションを起動して対戦している。
ゴルトスはいつものように、柄が槍のように長い斧を枕に寝こけている。
何の為にログインしているのやら、と歌世は苦笑する。
そしてふと、面子が一人足りないことに気がついた。
「あの元気な坊や、いないね」
「ああ、最近は野良パーティーを組みに通ってるみたいですよ」
野良パーティーというのは、即席で人を集めてダンジョンへ挑む、臨時的なパーティーのことだ。誰でも参加できるためか、その呼び名が定着している。
何処の町にも旅人の酒場という施設があり、野良パーティーを組みたい人間はそこに集まるのだ。
「あのボウヤも、そろそろ野良パーティーが美味しい時期か」
過去を思い出し、歌世はついつい頬が緩んだ。
最初は誰もが、町の外に広がるフィールドで、黙々と雑魚を退治してゲームに慣れる。そうしてレベルが上がると、宿屋で即席パーティーを組んで、ダンジョンに挑むようになるのだ。
知らない土地へ足を踏み入れる高揚感。連携が成り立つかという緊張感。知らない人との交流。どれをとっても、歌世にとっては楽しい思い出ばかりだ。
「私もああいう時代に戻りたあい」
冗談めかして歌世は言う。しかし、それは偽りのない本心だった。
以前の歌世は、毎晩野良パーティーを組んで、ダンジョンに通ったものだった。それが、楽しくて仕方がなかった。イグドラシルの世界は謎に満ちていて、その全てを暴くことを歌世は夢見ていた。
シュバルツが、心地良い音を立てて、駒を前に進めた。妙手だったらしく、ヤツハが呻き声を上げる。
「歌世さんも新しいキャラを作って、参加したらどうですか?」
「やだよ。今更レベル一からだなんて、そんな面倒臭いことするもんか」
新人を羨ましがり、その癖、それと同じことはしたくないと言う。我ながら、支離滅裂なことを言っているなと歌世は苦笑した。
あることを思い出し、その笑みが引っ込んだ。
「ところで、最近は面倒くさいことは起きてる?」
「挑戦者の類は音沙汰無しですね」
「良いことだ」
歌世は胸を撫で下ろす。
「明日は他の趣味を片付けるからさ、面倒ごとがあったらメールしてね」
シュバルツは、微笑んで頷いた。
それきり沈黙が流れ、将棋の駒を進める音だけが周囲に響く。
盤面が進めば進むほど、ヤツハが唸る時間が増えている。
「昔は良かった」
思わず、歌世は独りごちた。
「どうしたんですか、さっきから」
シュバルツは付き合いが良い。話に乗ってくれた。
「いやね、昔は時間なんて気にせず遊んだのになって」
「シンタくんだって、八年経てば歌世さんと一緒のことを言ってますって。王手」
八年という歳月は長い。ただのゲーム好きの女子高生が、中堅の社会人になる程度には。そして、ひとつのゲームの中の謎という謎を知り尽くせる程度には。
ヤツハが天を仰いだ。どうやら、勝負がついたようだった。