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酔っ払い?正義の味方?3 プレイヤーキラー

 レベルが二十になる頃、シンタはリューイが所属しているギルドのギルドハウスに招かれた。

 このゲームでは、一定の額を出せば特定の場所に家を建てることが出来る。それをギルドでシェアしたものがギルドハウスだ。

「よくそんなお金が溜まったね」

「PKエリアだから、まだそれほど高くはないみたい」

 リューイが、苦笑混じりに言った。

「PKエリア? それって、危ないんじゃ?」

 この世界には、PKエリアとPK禁止エリアがある。PKとは、プレイヤーキラーの略だ。それを禁止されていないエリアでは、プレイヤーが他のプレイヤーキャラを殺すことが出来るのだ。

 町はもちろん、PK禁止エリアに含まれている。その外にあるフィールドやダンジョンは、PKエリアとそうでない場所がまちまちだ。

「大丈夫、隠れてるような場所だからね」

 そう言って、リューイはシンタを伴って、森の中に入り始めた。

 薄暗い森の中を、二人は進んでいく。

「良い人が多いんだよ、うちのギルド」

 リューイの口調からは幸せが滲んでいて、シンタは軽い嫉妬を覚えた。

 五分ほど歩くと、二人は行き止まりに辿り着いた。その先は、崖になっている。

「行き止まり?」

「それが、そうじゃないんだ。ほら」

 そう言って、リューイは足元を指差した。

 行き止まりと思っていた場所の先に、木製の屋根が少し覗いていた。身を乗り出すと、死角になっている場所に、足場と家があることがわかった。

「なるほど、これは見つからないや」

 シンタは感心してしまった。こんな場所があるだなんて、造りが細かいゲームだ。

 リューイの手に、長い梯子が現れた。アイテムボックスから取り出したのだろう。手に持てないアイテムを、プレイヤーは一定量だけ不可視のアイテムボックスに入れておくことが出来るのだ。収納できる数は、幅ではなく重さで決められている。

 梯子を使い、二人はギルドハウスの前に立った。木製のその家は、壁に埋まるようにして建っている。元々は、洞窟だったのだろう。

 家の入り口の横には、エンブレムが描かれた板が立てかけられている。

 シンタは、ますますリューイが羨ましくなった。

「俺、いつかギルドを持ったら、ギルドハウス貯金するよ」 

「凄い額が必要みたいだよ。ギルドの人、数人がかりで一年もかかったって言ってたもん」

 扉を開けた瞬間に、リューイの動きが硬直した。

 シンタも続いて中に入ると、そこは惨状だった。

 本棚は倒れ、花瓶は地面に落ち、壁に赤い液体がぶちまけられている。

 人の背丈ほどの長さがある剣を背に下げた大柄な男が二人と、中背の男が、テーブルを囲んでいる。そのテーブルの上には、杖を持った小柄な男が胡座をかいていた。

 談笑していた男達は、シンタ達を見て口を閉じた。

「誰です、貴方達は」

 リューイが、困惑の声を上げる。

 シンタはここに至って、四人が招かれざる客であることを悟った。

「なんだよ。お前らもここのギルドの一員か?」

 テーブルの上に座っている男が、煙草に火をつけながら言う。不良じみた声色に、シンタは思わず竦んだ。

 しかし、リューイは弓に矢をつがえ、堂々と胸を張った。

「貴方達は、誰ですか」

「このギルドハウスを貰い受けに来たものさ」

 テーブルの男が言うと、その取り巻きが下品な笑い声を上げた。人の不幸が愉快でならない、といった声だった。

「今日からここは俺達が使う。前のギルドのお歴々は、さ。鬱陶しいから出てってくんない」

 彼らは、自分達が略奪者であることを高らかに告げた。

 その勝手な言い草に、リューイが矢を放つ。それは、テーブルの男の心臓を射抜くかと思われた。

 男の手に持った煙草が、素早く動いた。

 煙草が触れた瞬間に、矢が燃えて消滅した。

「こいつ、レベル低いわ。一人で十分」

「じゃあ、俺がやるかね」

 下品な笑い声が上がる中で、一人の大柄な男が、背の鞘から剣を抜いた。人の胴すら容易く両断しそうな、巨大な剣だった。

 剣が振るわれる。

 リューイの身を両断しようとしたそれを、シンタは咄嗟に抜いた剣で受け止めていた。

 ゲーム内の技量パラメーターの恩恵が発揮されたのだろう。鞘から抜き放っただけの剣は、見事に相手の巨大な剣を受け止めていた。

 しかし、力が違いすぎる。

 シンタの体は、剣に押されて徐々に傾いていく。

 リューイが慌てて新たな矢をつがえようとする。

 その動作が、止まった。

 リューイが、地面に倒れ付していた。

 テーブルの男が、煙草の切っ先をシンタに向けていた。

「じゃあ、次はお前だな」

 煙草の切っ先から、炎の矢が放たれた。それはシンタの脳天を射抜いた。

 シンタは、自らの意思とは関係なく、床と接吻した。

「わかったらもう二度と来るなよな」

 テーブルの男が言うと、示し合わせたように下品な笑い声が複数上がり、それは混ざり合ってシンタの体に落ちていった。


「それで、すごすごと帰って来たんだ」

 その日も早く帰ってきた歌世は、落ち込んでいるシンタの話を聞くなり、そう笑ってのけた。

「甘いな。私なら、相手が気味悪がるまで粘着する」

「最近、柄が悪いプレイヤー、増えてますよねえ」

 ヤツハが、とりなすように言う。

「近頃はイグドラシルの宣伝も前より活発だしな。有名なゲームになるっていうのはそういうことさ」

 さもありなん、とゴルトスは言う。

「それは過去を美化してないかー? 昔からマナーが悪い奴は一定数いたぞ」

 歌世が、面白くなさげに言う。

「俺、悔しいです……」

 シンタは、呟いていた。

 自分とリューイに浴びせられた下品な笑い声を思い出す。それに対して、何も出来ない自分が悔しかった。

「レベルを上げるしかないね」

 歌世が、淡々とした口調で言う。

「そのギルドも、新しいギルドハウスを見つけるかもしれないし、奪った連中もそのうち飽きてどっかに行くかもしれない。まあ、辛気臭い話はほどほどにしてさ。気分切り替えて、飲もうじゃないの」

 歌世が言い終わる前に、シンタは立ち上がって、その場から走り出していた。

 悔しかった。

 味方をしてくれないギルドの仲間も、あんな悪人が力を持っていることも、自分が何も出来なかった事も、全てが悔しかった。

 そして、シンタは町の外へと駆け出した。

 レベルが上がり、技量が伸びたせいだろう。シンタは、丘に住む小さなモンスター達を、次々に両断して行った。

 彼らの集団の中に飛び込み、攻撃を剣や盾で防ぎ、いくつかは体に受けながら、相手を両断して行く。

 最後には力尽きて倒れるのだが、セーブポイントである町の噴水傍で復活し、また駆け出し、相手を攻撃する。

 現実世界の肩が痛みを訴え始めたが、構わず斬り続ける。

 そのうち疲れ果てて、町のセーブポイントで座り込むと、声がした。

「無茶、しすぎだよ」

 ヤツハだった。

 いつの間にか、噴水の傍に彼女が座り込んでいた。

「ちょっとは落ち着いた?」

 ヤツハの言葉は、やはりどこか他人事のような響きがある。

 シンタにはそれが、面白くなかった。

 いや、他人事のようだと感じるのは、優しい彼女への八つ当たりなのかもしれない。

「ここはね、そういうことも許される世界なの」

 淡々とヤツハが言う。

 どうしてかシンタは、今日はヤツハがとても遠い存在のように思えた。

「だって、運営が決めたPKエリアだもの。それが、このゲームのルールなの」

「それは、理屈じゃそうだけど……」

 それだけでは、納得できないものがあるとシンタは思うのだ。

 リューイのギルドの人々は、年単位でお金を溜めてギルドハウスを建てたと言う。彼らの気持ちは、どうなるのだ。

「私だって、歌世さんだってね。君みたいな経験はなかったわけじゃないんだよ?」

 予想外の言葉に、シンタは黙り込んだ。

 彼女は、シンタにとってはやはり遠い存在だった。このゲームで過ごした時間の差を、シンタは実感した。

「けどね、これはゲームなんだから」

 ヤツハが、穏やかに微笑んだ気がした。

「楽しいと思えなくなったり、本気で人を憎んじゃったら、おしまいだよ」

 シンタは、ヤツハの言葉を何度も頭の中で繰り返した。

 まさにその通りだった。肩が痛んで、息を切らして、こんなのはゲームを楽しんでいるだなんてとても言えない。

 それを思うと、自分が滑稽で、なんだか苦笑いを浮かべてしまうんだった。

 リューイが望むのなら、ギルドハウス奪還を目指してレベルを上げてもいい。けれどもそれは、ゲームとして割り切って、楽しんでやるべきなのだろう。

「皆が心配してるよ。帰ろう」

 ヤツハが優しく言って、立ち上がった。

 少し抵抗があったが、シンタはそれに従うことにした。

「恥ずかしいところ、見られたね」

 シンタは立ち上がって、苦笑混じりに言った。

「良いんだよ。私は、ゲームを楽しんでる人は好きだから。ゲームが好きじゃないと、怒ったり出来ないものね」

 そうやって分析されると、シンタはますます照れ臭くなるのだった。

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