仮想世界の少女4 人が居てくれたから
白騎士との戦いは、ただ歌世達が消耗していくだけの戦いだった。
素早い相手の動きを、歌世とシュバルツが二人がかりで封じ込めるものの、ヤツハの攻撃は決定打にかけ、ゴルトスの鎚は沈黙を保っている。
歌世とシュバルツ、どちらかの集中力が切れた瞬間に、パワーバランスが崩れることは明らかだった。
「姐さん、これはきつい」
シュバルツが言う。如何なる蹴りも、白騎士にダメージを与えるには至らない。
「わかってるよ。最強の魔法剣士が、最強のチートを使ってるんだからさ」
相手の剣を受け止めながら、歌世が言う。
その時、画面が硬直した。
佳代子のノートパソコンは、エミュレートサーバーとして扱うには、やや性能が劣っていたのだろう。
シュバルツが白騎士に蹴りを入れるのと、歌世の左腕が切り落とされるのは同時だった。
白騎士は吹き飛ぶが、すぐに立ち上がって歌世へと襲い掛かる。
その前に光の壁が五枚現れたが、その全てを白騎士は体当たりで砕く。
歌世は槍をアイテムボックスに入れて、短剣を手に握った。
白騎士の刃が、歌世へと振り下ろされた。
歌世を押しのけ、いつしか近付いていたゴルトスが、その刃を体で受ける。
その表情には、強かな笑顔が浮かんでいた。
鎚が眩い白銀の光を放つ。
白騎士の腹部に、神の鉄鎚が下された。
白騎士は吹き飛び、体のあちこちを打ちながら転がっていく。
その鎧にヒビが入り、破片が飛ぶ。
そして、ゴルトスのアバターが消滅を始めた。さっきの一撃が致命傷になったのだろう。
「すまん、俺にはこれしかできねえわ」
苦笑混じりに言って、ゴルトスは消えていった。
地面に落ちた、白騎士の鎧の破片を、歌世はじっと見つめる。
いつしか、呼吸が切れていた。
しかし、白騎士はゆっくりと立ち上がろうとする。
鎧が砕け、胸の辺りが僅かに露出していた。
「悪夢だぜ」
シュバルツは、嘆くように言う。
「シュバルツ」
「なんだい、歌世さん」
「一瞬でいい。あいつに、隙を作れるか?」
「歌世さんまで玉砕する気かよ」
「いや……思ったんだ」
シュバルツが、顔に疑問符を浮かべる。
「これがゲームだとすれば、製作者はそれをクリアできるように調整しなければならない」
「……そういえば今回は、鎧が壊れたね」
「製作者の善意を、信じるしかない。あるいは前回も、やりようによっては倒せた相手だったのかもしれない」
白騎士が立ち上がった。
それを見て、シュバルツは覚悟を決めたらしい。
「わかった。最後だし、派手にやろう」
「ええ。取りこぼした勝ち星を、回収しようじゃないの」
白騎士が駆け寄ってくる。
その刃を掻い潜り、シュバルツは白騎士の背後に回って羽交い絞めにした。
それを補助するかのように、土の柱が複数本盛り上がり、白騎士の腕を挟んでいく。
白騎士の頭部がのけぞる。それが頭突きだと気がついた頃には、シュバルツの頭部が消えていた。
白騎士の胸に、歌世の手が触れていた。そして、握られていた鎧の破片が、胸の中に吸い込まれた。
周囲には沈黙が満ちていた。
少女の瞳に、涙が流れていた。
少女は自らのそれに戸惑っているかのようだった。
やはり彼女は、理解されたいし、寂しいのだろう。
かつて宇宙の広さに怯えたシンタは、周囲に人が居てくれたからこの場所で生きて行けると思えた。彼女はそれすらもなく、きっと寂しかったのだろう。
「俺は君の仲間にはなってあげれないけれど、君の友達にはなれるよ」
少女は、戸惑うように眼を見開いた。
そして、しばし考えた後、柔らかく笑った。
「やっぱり貴方は、人を引き寄せる才能があるのね」
「ゲームの外で発揮された事はないけどな」
言うと、少女は苦笑した。
「こっちの世界のほうが、よっぽど良いんじゃないかしら」
「かもしれないって、俺も少し思う」
「けれども、それは出来ないことなのね」
少女は噛み締めるように言う。
生身の肉体を持った人間に、ネットゲームの世界は現実とはなりえない。それを、彼女は理解したのだろう。
「友達になろう」
シンタの言葉に、少女は頷いてみせる。
「この世界や、ネットの上でなら、いつだって話せるだろう。また、イグドラシルで会おう」
そう言って、シンタは掌を伸ばす。
その手を少女は迷わずに両手で握り締め、頷いた。
「うん」
その時、エッグのディスプレイが活動をとめた。
シンタは新太になり、グローブとレガースが外れる。
新太はゆっくりと、エッグの扉を開く。
十数時間ぶりに浴びた日光が、眩しかった。




