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仮想世界の少女2 新太救出作戦

 佳代子は、道の駅に車を置いて、パネルフォンの画面を眺めていた。

 高速道路の入り口の近くだ。トラックや旅行者の車が周囲には散見する。

 新太からの返信はない。

 シンタは接続しているものの、どのマップにいるかはわからない状況らしい。

 さらに、キャラクターを他のマップへ動かすことも不可能なのだそうだ。

 まるで、見えない存在が、シンタを現実から切り離そうと覆い隠しているかのようだった。

「今回のこと、お前はどう思う?」

 パネルフォンから聞こえる隆弘の問いに、佳代子は苦笑して答えた。

「わかるはずがないよ。雲を掴むような話だ。ただ、犯人の目的はさっき言った通りさ」

「イグドラシルの世界を盛り上げること、か」

「白騎士だって、きっと同じ奴の仕業だよ。あるいは、それが妨害されて、焦って行動に出たのかもしれない。神器、謎の強敵、魔王。まるで皆が好むキーワードを選んだみたいに、彼女はゲームをアップデートしている」

「わからんな。ボランティアでも、そこまでしたい奴はいないだろう。不正アクセスをしてまで、ゲームを盛り上げようだなんて」

「その子にとっては、イグドラシルはもうゲームではないのかもしれない」

「はまりすぎたってことか」

「あるいは、現実に価値を見出せなかったか」

 しばしの沈黙が流れる。

 イグドラシルオンライン運営部は、未だに警察への相談に踏み切れずにいるらしい。新太がエッグに閉じ込められているかもしれないことも、今は誰も知らぬことだ。

 明日は休日といえど、そのうち親が異変に気がついて警察に電話をかけるだろう。

 そうなれば、イグドラシルの世界は混乱に陥る。

 それはあの、エルフの少女も望まぬところだろう。

「なあ、隆弘。逆に、私達をそのマップに送ることは出来ないかな」

「不可能だな。完全にアクセスを拒否している」

「そうか……」

 しばしの沈黙が流れた。

「不正アクセスの痕跡も、ないんだ」

 躊躇うように、隆弘は言った。

「つまり?」

「全ては、社内で行なわれたんじゃないかってことさ。アップデートも、神器の作成も。けど、そんなことをしたって人間は一人も現れない」

 再び、沈黙が流れた。

「誰かがスタンドプレイに走ったってのが常識的な考え方よね」

「ああ。だが、うちの開発部にそこまでやる人間がいるかな」

 佳代子は、しばし考え込んだ。

「突拍子も無いことを、言ってもいいかな」

 佳代子は、躊躇いがちに言う。

「ああ、かまわんぞ」

 少しでもヒントが欲しいのだろう。隆弘は躊躇いなく言った。

「アリサは、あんたも知ってるよな」

「プログラマーの補助ソフトだっけ」

「大本は、人工知能の製作プロジェクトだよ。それは知ってる?」

「初耳だな」

 隆弘が知らなくても無理はない。アリサなんて、プログラマーじゃないと意識しない存在だ。

「アリサに足りないのは自発的な意思や人間レベルの判断力だけ。それを学習すれば、そのうち人間に取って代わると言われている。プログラマーが、プログラマーの天敵を育ててるわけ」

「人間に機械が取って代わる、か。まだ先の話だと思うがね」

「技術の発展は目覚しいものだよ。工場の作業も、機械なしには動かないだろう。自己学習を繰り返せば、いつか機械も人となり得るのかもしれない」

「つまり、なんだ」

 隆弘が不味いものを飲み込んだような口調になる。

「うちの会社のサーバー内にあるプログラム自身が、イグドラシルを更新していると、お前はそう言いたいのか」

 佳代子は、返事をするのにためらった。自分が酷く夢見がちなことを言っていると言う自覚があるからだ。

「さあね。突拍子がなさすぎて、私自身も迷っているよ。ただ、昔なら車が空を飛んでると思われていた時代だよ」

 沈黙が場に落ちる。

「一番いいのは人間の犯人が出てきてくれることだ。けれども、今のところ君の職場には見当たらないんだろう? パソコンの仕業にもしたくなるさ」

 隆弘は悩むように唸っている。


「帰らせてくれ」

 シンタは言っていた。外の世界は既に、日付が変わっているだろう。

 さっきからログアウトをしようとしているのだが、どうしてかエッグはそれを拒否している。普段はキャラに行動を伝えるグローブとレガースが、現実世界の新太の枷となっている。

「出る必要はないわ」

 少女は、笑うようにいう。

 彼女の頭にどんな図案が浮かんでいるのか、シンタには予想できない。

 シンタは、溜息を吐いた。冷静さを保っているのは、こんな状況がいつまでも続かないと理解しているからだろう。

 数日もすればこれは騒ぎになり、警察が動くに違いない。

「何が囚われの姫様だ。これじゃ、話が違う」

「ごめんなさいね。けど、私も失敗続きで、面白くなくってね」

「あんたは、現実世界じゃどうするんだよ」

「私は、栄養なんていらないもの」

「ああ、サンドイッチでもエッグの中に用意してるわけ」

「いいえ、私は肉体が存在しないのよ」

 歌うような言葉に、シンタは困惑した。

「私は、広大なネットの中に放り込まれたプログラムだから」

「面白い冗談だ」

 少女の戯言だ。そう思って、シンタは笑う。

「本当よ。最初は、ネットを漂っていた。そのうち、イグドラシルに辿り着いて、膨大な会話を聞いているうちに、人間というものが理解できる気がしてきた」

「そんな技術があるなら、今頃世界は人工知能で溢れてるよ」

「逆よ。そんな技術に近付いているからこそ、貴方の前に私がいるのよ」

 シンタは、反論が思いつかなかった。戯言だが、話の筋は通っている。

「十万人を超える接続にも耐えるイグドラシルのサーバーは、私にとって絶好の学習の場だったわ。ここは私の家で、私の庭なの」

 少女の話を、シンタは今ひとつ信じる気になれなかった。

 ただ、現実世界と仮想世界を逆転させる、と彼女は言った。

 どうやら彼女は、それを本気で願っているらしい。

「けどな。現実と仮想世界が引っくり返ることはないよ」

「どうして?」

「皆、自分の生活を持ってる。それを捨てることなんて出来るもんか」

「けど、仮想世界に逃避したがっている人はいくらでもいる。そうじゃなければ、こんな接続数は保てないわ」

 少女の声が、シンタの耳をくすぐった。

「現実世界は、既に人にとって辛い空間でしかない。私は、彼らを熱狂させて、その背を押してあげるだけ」

 シンタは黙り込む。

「貴方だって、思ったことがあるでしょう? イグドラシルの世界が現実ならばって」

 それを、叶えてあげるのだと少女は囁く。

 悪魔のように甘い声だった。


 夜が明けると、本宮家の玄関に、スーツ姿の女性と、作業服の男性が訪れた。

 主婦である由理は、困惑しながらその対応をする。

 作業着の男性が名刺を差し出した。

「私、エッグのメンテナンスをさせていただいております、田渕二郎と申します」

 スーツの女性が、次いで口を開いた。

「現在、エッグのメンテナンスに回らせてもらっている最中なんです。安全な利用を続けるためにも、是非」

 目立たぬ程度に化粧をした、身奇麗な女性だった。

 由理の警戒心が薄れる。

 そして同時に、面倒なものを買ってくれたものだと、息子を罵りたくなった。

 来年には高校二年生になるというのに、最近も遊んでばかりだ。

 しかし、それは表には出さず、余所行きの仮面をかぶった。

「ええ、わかりましたわ。息子の部屋は二階ですの」

 二人を案内し、二階に上がる。

 子供部屋に、息子の姿は無かった。パネルフォンが机の上に放り出されている。

 そして部屋の中、一畳のスペースをとる卵型のゲーム機が、静かに稼動音を立てている。

 この機械に電気代を取られていることを思うと、由理は苛立たしさを感じずにいられない。

 作業着の男性は、早速エッグのカバーの一部を開けて、端子と自らのノートパソコンを繋いでいる。

 女性も、鞄からノートパソコンを取り出した。

 なにやら大仰な作業をするようだ。

 ついていけないと感じ、由理は部屋を後にした。


「上手く行きましたね」

 作業着の男が言う。彼は隆弘の知人であり、今回の事情を聞かされた人間だ。

「ま、本番はこっからだけどね」

 佳代子はパネルフォンを開くと、ボイスチャットのソフトを起動した。

 既に、ゴルトス、シュバルツ、ヤツハの三人が接続している。

「状況はどうなんだ?」

 ゴルトスだ。

「まだ、なんとも言えない。ただ、エッグに閉じ込められているのは事実だった」

「ファインプレーだな。お前が気付かなかったら大変だった」

 三人は口々に、新太の安否を心配している。

 佳代子は黙って、男の作業が終わるのを待った。

「駄目だ、アクセスが拒否されてる。どうなってるんだろう」

 男が頭を抱えた。

「これ、下手すりゃ騒ぎになりますよ」

 男の言葉に、佳代子は頷く。そんなことはわかっているのだ。

 全身を覆うゲーム機。その存在は、故障がないからこそ許されてきたのだ。それが人を閉じ込めたとあっては、騒ぎになるのは当然だ。

「電源を切って、再起動させたら治らないかな」

「中の状態がわからないので、最後の手段にしたいところですね。何しろこのエッグ、ほとんど制圧されている状態ですから」

「わかった。ちょっと私にやらせて」

 言って、佳代子は男のノートパソコンとエッグを繋ぐケーブルを引き抜いて、それで自身のパソコンとエッグを繋いだ。

「どうするつもりなんです?」

「ハッキングにはハッキングさ」

 佳代子は、さらりと言ってのけた。

「なんかさらーっと凄い台詞が聞こえた気がするんですけれど」

 ヤツハが、呆れたように言う。

「女なら、人に言えない遊びの経験が十や二十はあるもんさ」

 飄々と言って、佳代子は秘蔵のソフトを起動する。それはエッグのデータを読み込み、プログラムの穴を探して駆け始める。

「そうなのか?」

 シュバルツが戸惑うように言う。

「そもそも二桁も思いつかないです」

 ヤツハは、大真面目に言う。

「やるぞう」

 佳代子が腕まくりをしてキーボードを叩いた。


 時間の感覚が薄れているのをシンタは感じていた。

 シンタと少女は、様々な会話を交わした。

 イグドラシルとは何か。どうしてそこで遊ぶのか。

 その会話は感傷的であり、深夜に書いた恥ずかしい手紙のようでもあった。

 そのうち、シンタは彼女の言い分をある程度信じるようになった。

 彼女が現実に興味を持っていないのは、確かなようだ。

 エッグの中の時計を見ると、既に朝食の時間だった。

「そのうち、騒ぎになるぞ」

 喋り疲れた喉で、シンタは言葉を発する。それはエッグの分厚い壁に阻まれて、外に届くことはない。

「現実と仮想世界をひっくり返すどころか、イグドラシルの世界に大打撃を与えることになる」

「そうはならないわ」

 少女は笑う。

「だって、自社のソフトが対策不能のウィルスに犯されているようなものでしょ。公表できるわけがないわ。精々、エラーが起こったって説明するぐらいね」

「怖いのか?」

 尋ねると、初めて少女の顔から笑みが消えた。

 シンタは、核心を突いたのかもしれなかった。

「今までの悪戯はばれなかった。けれども、白騎士は運営にばれた。だから、焦ってこんな行動に出たのか」

 少女は、しばし戸惑うように思案した。

「わからないわ。私にそんな感情、あったことがないもの。ただ、皆がイグドラシルを好きってことは知っている。だから、貴方が私に賛同してくれるなら、解放してあげるわよ」

「お断りだ。確かにネット上を盛り上げるために、ヒーローは必要だ。けれども、そんなプレイは本人が楽しめない。ゴルトスさんだって、苦しんでいた」

「私も、ゴルトスの件は失敗だったと思っているわ。だからこそ、彼は今、ある程度自由にしているでしょう? 今度は、きちんと限界を話し合って英雄を作り上げようと思っているのよ」

 少女の表情が、ふと強張った。

 そのうち、猛禽類を思わせる笑顔がその顔に浮かぶ。

「お呼びじゃない客が来たようね」


「これ、どうなっているんです?」

 男は、佳代子のノートパソコンの黒いウィンドウに浮かび上がる数字の数々を困惑したように眺めている。

「あともう少しでドアのロックが外せる程度に制圧できる」

 ボイスチャットから喝采が上がる。

「歌世さんってそれで食べてけるんじゃ?」

 シュバルツが呆れたように言う。

「否定はしないよ」

 笑って答えた佳代子のノートパソコンに、突如真っ赤な警告文が浮かんだ。

 警鐘が響き、佳代子はぎょっとしつつも対策に当たる。

「ちょっと、何の音ですか?」

 ヤツハが不安げに言う。

「エッグをハックしている奴に気がつかれた」

 佳代子の右手の動きが素早くなる。それがそのうち、呆れたように止まった。

 その瞳に映るのは、黒い竜だ。

 アドラスの黒竜が、扉を模した絵の前で吼えている。

 画面に、小さな文字が浮かび上がる。

 それを、佳代子は読み上げた。

「クエスト発生、黒竜を倒して王子様を救え、か」

 自然と、呆れたような口調になっていた。

 何処までも、相手はゲーム気分らしい。

「黒竜って、あの黒竜ですか?」

 ヤツハの問いに、佳代子は肯定を返す。

 佳代子のパソコンは、既に一部を相手に制圧されているのだろう。ならば、後はこの相手のルールに従うしかないのだ。

「皆、今からちょっと、自分のエッグを調整してもらっていい?」

 いきなりの言葉に、三人とも言葉を失ったようだ。

 かまわず、佳代子は言葉を続ける。

「私のノートパソコンをエミュレートサーバーにして、皆を集める。アドラスの黒竜と戦ってもらうわ」

「お縄にかかる羽目にはならんだろうな」

 ゴルトスは苦々しい口調だ。

「ゲームの運営会社には、この異常事態を収められるならなんでもかまわんと許可は貰っている。そして、新太も同じことを言うでしょ」

「なんだかわからないけれど、それでシンタくんを助けられるんですね?」

 ヤツハが言う。

「そうだ」

「わかりました」

 ヤツハは、覚悟を決めたらしかった。

 佳代子は立ち上がって、技師に向き直った。

「私は、近場のネカフェでエッグに入るから、ちょっと作業してるふりをしてて」

 技師は酷く戸惑った顔をしたが、隆弘に言い含められているのだろう。頷いてみせた。

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