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仮想世界の少女1 私はゲームを盛り上げたい

 物語には、主人公の帰還が必要不可欠だ。

 それが欠けてしまえば、物語はホラーや悲劇の色を帯びる。

 なら、この状況はまさにホラーではないかとシンタは思う。

 何処までも続く闇の中、シンタと少女は歩き続けている。

「何処まで、行くんだい?」

 シンタがそう言うと、少女はひとつ頷いた。

「そうね。そろそろ落ち着こうかしら」

 少女が指を鳴らすと、その途端にシンタの背後に椅子が現れた。

 少女も、いつしか現れていた椅子の上に座る。

「さあ、どうぞ」

 シンタは、促されるままに椅子に腰を下ろした。

「これは、どういう状況なのかな」

 シンタはイベントをクリアしたはずだ。ならばこれは、イベントの続きなのだろうか。しかし、目の前にいる少女は、プレイヤーキャラのはずだ。

「話し合いがしたいのよ」

 少女は、歌うように言う。

「私は、お兄さんを英雄にしたいって、そう思っているの」


 佳代子のパネルフォンにメールの返信が届いたのは、十時を回った頃だった。

 やっと渋滞を抜け出た佳代子は、家へ向かって車を走らせていた。

 途中、コンビニの駐車場に車を止めて、メールの内容を確認する。

 一番最初のメールは、シュバルツのものだった。

 イベント攻略後、シンタの姿が消えた、とある。イベントダンジョンには、あの薄紅色の髪をした少女もいたらしい。

 しかし、シンタからのメールの返信はまだ来ていない。

 嫌な予感がした。

 まるで、喉に何かが詰まっているかのような息苦しさがある。

 新太は回線のトラブルからエッグを出て、佳代子のメールにも気がつかなかった。それが常識的な物の考え方だ。

 しかし、現在進行している出来事をまとめると、嫌な結論が浮かび上がってくる気がしてならなかった。

 佳代子はパネルフォンを操作し、新太に電話をかけた。

 しかし、反応はない。

 ある程度予測はついていたので、佳代子は電話を一度切ると、今度は隆弘の電話番号をプッシュした。

 即座に、隆弘が電話に出る。背後では、やや不穏さを帯びた話し声が聞こえる。まだ職場にいるのだろう。

「すぐに、調べて欲しいことがある」

 開口一番に佳代子は言った。

「今、それどころじゃ」

 相手の言葉を、佳代子は遮った。

「エッグが故障して、中に子供が閉じ込められたかもしれない」

 隆弘は黙り込む。

 エッグの故障は、すなわちイグドラシルの安全神話の崩壊に他ならない。マスメディアが群がり、客足は減るだろう。

「本宮新太という少年がイグドラシルにアクセスしているか確認して欲しい」

「そんな権限……」

「出来るだろう、隆弘」

 白を切ろうとした隆弘に、佳代子は冷たく言う。

「頼むよ。付き合いは長かないが、友達なんだ」

 しばしの沈黙の後、隆弘がキーを叩く音がした。苦々しげな表情が透けて見えるかのようだった。

「本宮新太の名前で登録されているアカウントはひとつ。サーバーに接続している状態だ」

「けれども、彼はオンライン上では接続が確認できない」

「なんだと?」

「音信不通なんだ。もしかすると、エッグの中に閉じ込められているかもしれない」

「それは確かなのか?」

「状況を合わせると、そんな可能性が出てくるんだよ」

 言って、パネルフォンを助手席に放り出すと、佳代子は車のアクセルを踏んだ。

 目的地は既に、自分の家ではなくなっている。

 あの、薄紅色の髪をした少女が関わっているのだ。何が起きても、不思議ではなかった。

「どうするつもりなんだ?」

「確認しに行く。そっちは、シンタが接続しているマップを確認して」

「わかった」


 新太の家は、以前会った時に聞いていた。

 辿り着くと、そこは閑静な住宅街だった。

 新太の家は、小さな庭がついた、壁がまだ新しい二階建ての家だった。

 深夜だというのに、電気のついた部屋がひとつだけある。新太の使っている子供部屋だろう。

 そこではエッグが稼動し、その中に新太が残っている可能性がある。

 車を止めて、佳代子は思案する。

 この時間帯に、一般人である自分が家の中に入り込むことは出来ないだろう。

 全ては、明日になってからだ。

 明日が休日というのが、せめてもの救いだった。

 佳代子は、近場の駐車場を探してアクセルを踏む。

「お前、何かを知ってるんじゃないか?」

 シンタが接続しているマップを確認している最中、隆弘はそう言った。

 それは、図星だった。

 佳代子は、イグドラシルの世界について、隆弘の知らないことを知っている。

 緊急時なので、それを打ち明けることにした。

「妙なことが、起こったことがある」

「妙なこと?」

「ああ。イグドラシルをプレイしている最中だ。知らない少女に、不思議な武器を貰った」

 それは、ゴルトスと口争いをしている最中のことだ。

 ある少女が現れ、ゴルトスと歌世に武器を与えた。

「真の強者だけが使える武器よ。これに相応しいプレイヤーになってね」

 そう言って彼女が手渡してくれた武器は、インターネットの何処を調べても存在しないものだった。

 武器はステータス面での使用制限が厳しく、それを満たすために二人とも相当の苦労をしたものだった。

 未だにその武器は、攻略サイトに載ることはない。持っている人間がいると、都市伝説のように囁かれるだけだ。

 そして、少女が武器の説明をしている間、佳代子はエッグの扉がロックされたことに気がついていた。

「その子、チート使いじゃないのか?」

「チート使いなら、私達だけにその装備を渡した理由がわからなくなる」

 隆弘は唸る。確かに、その通りだと思ったのだろう。

「お前自身が作ったんじゃないよな」

「不正アクセスは犯罪だ。そこまで現実の生活は捨ててない」

 尤もだと思ったのだろう。隆弘は追求をやめた。

「なら、誰がなんでそんなことをしたのか、だな」

「今回のイベントも同じ人間がやっているなら、答えは簡単な気もするよ。もしかすると、白騎士も同じ人間の仕業だったのかもしれない」

 佳代子は、言葉を続ける。

 隆弘は無言で、その先を促していた。


「英雄って?」

 問い返すシンタに、少女は微笑んでみせる。邪気などひとつもないかのような笑顔だった。

「象徴になってほしいの。イグドラシルのプレイヤーを導くためのね」

 少女の言葉を、シンタは今ひとつ理解出来ない。

「俺はただの新人プレイヤーだぞ」

「そんなことはないわ。貴方には、人と人とを結びつける才能がある」

 思いもしない言葉に、シンタは黙り込む。

 少女は、微笑んで言葉を続けた。

「今日だってそうでしょう。気がつくと、仲間が次から次へと現れた。隠居状態だった歌世も、サーバー内有数のギルドマスターであるリヴィアだって、貴方の知り合いになった」

「たまたまだ」

「偶然でも、才能は才能よ。貴方のいるその位置は、とても美味しいの」

 少女は、笑うように言う。

「あんたの最終的な目的は、なんなんだ」

 しばしの沈黙の後、少女は愉快な悪戯を披露するかのように言った。

「プレイヤーの全てをイグドラシルに熱狂させて、引退者を減らし、最終的にはイグドラシルの世界を、現実の世界と入れ替えること」

「無理だ」

 シンタは即答していた。

「人には現実世界での生活がある。イグドラシルは、ひと時の夢でしかない」

「オマケがどちらになるかって話よ。イグドラシルが本当の世界で、現実世界がオマケになることだってありえると思わない。それに、ゲーム内の通貨を売って生活出来るようにすらなり得るかもしれない。現実世界があるから、皆引退しちゃうんでしょう? なら、ゲームに熱中して、ゲームの世界が現実になっちゃえば良いんだわ」

 想像もつかない話だった。

 それはすなわち、現実世界よりもイグドラシルの世界に重きを置いて人生を送るということだ。

「あんた、何者だ」

 彼女がノンプレイヤーキャラクターではないことは明らかだ。

 しかし、運営の人間にも見えない。

「名もない存在」

 少女の言葉は、短かった。

「貴方はその最初の一人になってくれればいい。その盾の神器を使って、様々な人の間に絆を作り、イグドラシルの世界を盛り上げてくれればいい。お膳立ては、私がするわ。そうすることによって、引退者は減り、接続数がどんどん伸びていくはず」

「盾の神器……?」

 シンタは自らが装備する盾を見つめる。これが神器と言われて、むしろ納得がいく思いだった。

 そして、この少女は何者だ、という疑問が再び沸いて売る。

「最初は、神器で盛り上げるつもりだったわ。けれども、皆、自分がそれを持っていることを隠してしまった。人間って、難しいものね」

「あんたが、神器を作っているって?」

「そうよ。噂を作るのも私。白騎士を作ったのも私。全ての神器使いが集まれば倒せる設定だったのに、裏技で消されちゃったけれど」

 少女は、自分の悪戯を思い返すような表情だ。

 シンタは、混乱するしかない。

「わからないな。あんた、運営者にも見えない。それなのに、様々な権限を持っている。現実と仮想世界を入れ替えたいなんて、なんの為にそんなことを思うんだ」

「私は、イグドラシルの世界を盛り上げたいだけよ」

 彼女は、繰り返しそう言った。

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