囚われの姫4 姫の正体
最下層は、広いフロアだった。
このダンジョンには不似合いな、赤い絨毯が王座へ向かって続いている。
王座には、黒いローブに身を包んだ老人が座っている。
その指が、僅かに動いたと思った瞬間だった。
火柱が起き、前衛の一人を燃やし尽くした。
戦闘は既に始まっていた。
シンタは盾を前に構え、駆け出す。
その背後から、体を軽くする支援法術がかかったのがわかった。
シンタは勢いを増して、魔王へと駆けて行く。
それを追い越すように、ヤツハの放った巨大な氷柱が魔王へと肉薄する。
魔王が軽く指を振って生まれた炎が、氷柱をかき消す。
それと同時に、シンタは彼に切りつけた。
魔王は指一本でシンタの剣を受け止めると、そのままシンタの腹部へと拳を突き出した。
鎧が砕け、シンタの体が後方へと吹き飛ぶ。それを、後からやってきたシュバルツが受け止め、回復法術をかける。
似ているな、とシンタは思った。
白騎士を相手にした時のようだ。何をしても、相手に通じる気がない。
眩い雷光が、シンタへと襲い掛かる。
盾を抱え、シンタはそれを受け止めた。雷光はとたんに方向を変え、産みの親へ向かって大口を開ける。
それは、魔王が手を振っただけで掻き消えた。
その魔法は、シンタを軽く蒸発させる威力があったのだろう。それすらも、魔王にかかればマッチ棒についた火程度の威力しか持たないらしい。
ともかく、魔王に詠唱の時間を与えてはならない。射手達は矢を雨のように降らす。
しかし、魔王はそれを手で鬱陶しげに払うだけで無力化する。
この魔王に、どうやれば痛打を与えることが出来るのだろうか。
パーティーメンバーに、焦燥が募り始めた時だった。
「あら、知ってる顔」
リヴィアが、四人の仲間と共に、最下層へと足を踏み入れていた。
気がつくと、リヴィア達はシンタ達と共闘の形をとっていた。
リヴィアの剣が振り下ろされる。
それを受け止めようとした魔王の指が、叩き切られた。
魔王は鬱陶しげに腕を振る。しかし、それを掻い潜り、リヴィアは二の太刀をつけようとする。
その足元が、僅かに光った。
リヴィアが後方へ飛んだ瞬間、彼女がそれまでいた位置に火柱が立った。
その瞬間に、ヤツハの放った氷柱の群れが、魔王へと襲い掛かる。鬱陶しげにそれを払った腕が、リヴィアによって切り落とされ、唖然としたその瞳に矢が突き刺さる。
怒りをこめて、魔王は手を振りかざす。そうして放たれた光の竜は、シンタの盾によって弾き返された。
リヴィアの加入によって、パワーバランスは崩れつつあった。
執拗な人間達の攻撃に、魔王は徐々に削られていく。
そして、その胸に、リヴィアの刃が吸い込まれた。
魔王は小さな呻き声を上げて、地面に倒れ伏した。
「おっかない敵だったわね」
リヴィアはおどけた調子で、周囲の仲間を振り返って剣を肩に担ぐ。
その瞬間、その胸に、筋肉質な腕が生えていた。
気がつくと、魔王の遺体が消えていた。その代わり、赤黒い肌をした、鬼のような人間がそこにはいた。
それが、魔王が変身した姿だと気がつくまで、時間はかからなかった。
その腕は、リヴィアの心の臓を正確に貫いているのだった。
「なるほど、第二形態か。悔しいな」
呟くと、リヴィアはその場に倒れ伏した。
剣の転がる乾いた音が、絶望を伴って周囲に響き渡った。
魔王は異様な速度でシンタとの距離を縮めると、爪を振るった。
盾でそれを受け止めたシンタだが、腹部を蹴られて吹き飛んだ。
ヤツハの放つ氷の嵐が魔王へと襲い掛かるが、彼はそれをものともせずに駆け、射手の一人を爪で切り捨てた。
戦士の斧がその背に振り下ろされるが、肌に傷もつかない。
次の瞬間、魔王へ斧を振り下ろした男は、首を跳ねられていた。
シュバルツが、その前へと立ち塞がった。
「シンタ、ちょっとこっちへ」
リヴィアが言う。
蹴り飛ばされた後遺症か、揺れる視界の中で、シンタは彼女の遺体の傍へと歩み寄った。
「これ、使って」
そう言うと、彼女の手に白銀の鞘を持った剣が現れた。
彼女の持つ、神器だ。
「貸すだけよ。どうせ、貴方の技量じゃ扱いきれないだろうけれど、斬り付けるぐらいは出来るはず」
「けど……」
「ここまで来て、手ぶらで帰るなんて、悔しいじゃない」
彼女の言う通りだった。
彼女ほど負けず嫌いではないが、シンタにだって意地はある。
シンタは、白銀の剣を手に取った。とたんに、体に力が流れ込んでくる気がした。
「きっと、あのボスは弱点があるはず。そこを突けば、倒せるわ」
「なんでそう言い切れます?」
「そうじゃないと、あまりにもゲームバランスが悪すぎる」
尤もな話だった。
シンタは白銀の剣と盾を持って、魔王へ向かって駆け出した。
シュバルツは、敵を防ぐ壁となることも前提として作られた聖職者だ。
そのパラメーターは、魔力だけではなく、素早さや耐久力にも振られている。
そのシュバルツを持ってしても、この敵は厳しかった。
回避するのがやっとで、攻撃を受けるたびに体の一部がもぎ取られる。
「シュバルツ、避けて!」
ヤツハの叫び声が響き渡る。
眩い光が周囲を包み、彼女の杖から炎の竜が生まれた。
それを、魔王は指の一振りでかき消す。
そこに、白銀の剣を片手に持ったシンタが駆け寄ってきた。
シンタが剣を振り下ろす。魔王は回避して、蹴りを放つ。盾でそれを受け止めたシンタだが、数歩後退した。
既に、シンタの仲間は六人まで削られていた。
最初からいた六人だ。
魔王と対峙するのは、シュバルツとシンタの二人。
リューイはいつでも矢が放てるようにと弓を構え、スイは支援魔法を惜しみなく前衛二人にかけている。
そして、レルとヤツハは無駄とわかっていながらも、魔法の詠唱を続けていた。
炎、氷、風、土、様々な魔法が魔王を襲うが、それは全て指の一振りでかき消されている。
シンタの剣を警戒するかのように、魔王はシンタの動向を観察していた。
「リヴィアさんは、奴に弱点があるはずだって」
シンタは、小声で言う。
「胸の中央に球が埋め込まれている。多分、あれだな」
シュバルツの言う通りだった。魔王の胸には、宝石のようなものが埋め込まれている。
「その剣は、世界を焼いたって逸話もある剣だ。だから、魔王だって斬れるんじゃないか」
「白騎士は切れてなかったですけどね」
「あれは、攻撃全部が効かないチートだ」
魔王とシンタは睨み合っている。
「シュバルツさん、聖職者って、刃物は扱えないんでしたっけ」
「ああ。イメージ上の問題だろうな。だから俺は、その剣を渡されても使えんぞ」
「けど、触れることは出来ますよね?」
魔王が、意を決したように前進を始めた。
「ああ」
「じゃあ、お願いします」
シンタは、一歩前に出た。
盾で心臓を隠し、更に一歩を踏み出す。
ヤツハもレルも攻撃の手を止め、ただ成り行きを見守っている。
その次の瞬間、シンタの腹部に魔王の爪が振るわれていた。
歌世の声が脳裏に蘇る。相手の肩や足を見れば、次の動作が何かを読むのは容易い。
シンタは辛うじて爪を避ける。
その時、シンタの右手は高々と掲げられていた。
その手に握られていた剣は、空中で回転している。
魔王は、その剣に反応していない。彼が反応するのは、プレイヤーキャラの攻撃だけだ。
そしてシュバルツならば、その意図に対応できるだろうとシンタは信じた。
シンタがアイテムボックスから新たに取り出した剣で、魔王に切りかかる。
宙に飛んだ剣の柄を、跳躍したシュバルツが蹴り飛ばした。
ヤツハは、シュバルツが忘れられたプレイヤーになるのではないかと語った。
けれども、この瞬間のヒーローの姿を、このダンジョンでの戦いを、仲間達も自分もけして忘れないだろうとシンタは思った。
シンタの剣は、魔王の腕に弾かれていた。
そして、シュバルツの蹴った剣は、風を切って、魔王の胸にある宝石に突き刺さっていた。
魔王の体が消えていく。
茫然としていたシンタの肩を、シュバルツが抱いて、治癒法術を唱え始めた。
「上等だったでしょう?」
冗談めかして、シンタは言う。
「最高だよ」
シュバルツの返事に、シンタは満足げに微笑んだ。
魔王の遺体が消え、その体からは鍵が零れ落ちた。
治癒法術を受けて回復したシンタが、それを拾う。そして、白銀の剣を、倒れているリヴィアへと返した。
「中々、格好良かったじゃない」
リヴィアは、からかうように言う。
「さ、勝者は景品を見に行って。敗者は帰ろう」
そう言って、リヴィアは消えていった。
「帰り、待ってるぜ」
「また遊ぼう」
共に旅をした面々も、倒れたままで言い、消えていく。
そうして、後には六人が残った。
「いきましょうか」
シンタが言う。
全員が頷いて、玉座の背後にある扉の鍵を開けた。
そこは、果てしなく黒い空間だった。
その中央に、あの少女がいた。薄紅色の髪をした、エルフの少女だ。
「良くぞ辿り着きましたね、勇者達」
六人の手に、それぞれ煌びやかな装備が現れる。どれも、その職での最終装備となりえる一品だ。
レル、スイ、リューイは喜びの表情を浮かべている。しかし、シンタ、ヤツハ、シュバルツの表情は蒼白に近い。
どうしてお前がここにいるのだ。そう叫びたいような気持ちが、シンタにはあった。
「貴方が、要となった勇者ですね」
そう言って、少女はシンタの前へと足を進める。そして、その両手を取った。
その瞬間、シンタは得体の知れない悪寒に襲われた。まるで、背後から幽霊に見つめられているかのような、そんな不安感を覚えたのだ。
エッグのグローブは、彼女の握力を少しも伝えてはくれない。
「貴方には特別な話があります。私と一緒に来てください」
言われて、シンタは果てのない闇の中へと手を引かれていく。
縋るように振り返ると、既にそこには、苦楽を共にした仲間達の姿は無かった。
そうしてシンタは、少女に手を引かれ、果てのない闇の中を歩き始めた。
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聖壁
今となってはオードソックスな型の一つである、耐久型聖職者の先駆け。
魔力をほどほどに抑え、素早さと耐久を伸ばし、回復アイテムを所持するために力も伸ばす。
魔力と技量を高め、回復法術の効力と詠唱速度を高める当時のプリーストの主流から見れば、異端者。
高レベルに達していないと、全てのパラメーターが中途半端になり、非常に弱いキャラクターになってしまうことから、耐久型は中々流行らなかった。
しかし、一度高レベルになれば、その生存能力は高く、対人ギルドに所属していた彼は、中々倒れない聖職者として目立っていた。
そのうち、彼は仲間内から聖壁と称されるようになり、ちょっとしたローカルヒーローとなる。
しかし、あるトラブルからギルドを抜け、普通のギルドへと移籍した。
その時から彼は、エメラルドグリーンの瞳をした少女とずっと一緒にいる。




