酔っ払い?正義の味方?2 パラメーター談義
リューイを女性にしてハーレムにすれば人気が出るかも! と下心を抱いたのですが、話の本筋に色恋に関するエピソードを複数挟み込む器用さがないと痛感。
エッグが発売された頃、世間の目は冷ややかだった。
高額な上に場所を取る。そして、ゲームをプレイしながら、様々なアプリケーションを起動できるというシステムには、中毒性を危ぶむ大人が多かった。
しかし、エッグは口コミによって売れ、たくさんの人間がその殻の中で時間を過ごすようになった。
そして、その中の数割の人間は、イグドラシルオンラインの世界へと旅立つようになったのだ。
家に帰ると、新太は学生鞄を床に置いた。そして、部屋の一室を埋める卵型のゲームハードに目を向けた。
扉を開けてその中に入り、肩まであるグローブと、腿まであるレガースに手足を通す。
大型ディスプレイが起動し、イグドラシルオンラインのゲームアイコンが浮かび上がる。
そうして新太は、再びシンタとなって電脳世界へ降りていく。
ゲームが始まると、そこは町の中央の広場だった。
噴水の傍を、鎧を着た人や、逆に驚くような薄着な人など、様々なアバターが歩いて行く。
あちこちでは地面に床を敷いて商品を並べる商人がいて、その傍で足を止める人も多数いた。
入るなり、ヤツハから声が届いた。
「いつも早いねえ、シンタくん」
ギルドメンバーがゲームを始めると、他のメンバーにもそれが伝わる。そうなると、ギルドメンバー同士は離れていても会話が出来るという特徴が活きてくる。
「ヤツハさんこそ、いつもいるじゃんか」
親しみを篭めて、シンタは敬語を使わなかった。
「はは、お互い様って奴か」
ヤツハが現実で何をしている人間なのか、シンタは知らない。
穏やかなその声は、シンタとそう歳の違わぬ人間のそれに聞こえる。
「ヤツハさんって、俺と歳近い気がする」
「うん、そんな気がするねえ」
ヤツハは、どこかとぼけた調子で言う。
「けど、そういう話、私は嫌だな。歌世さんはオープンだけれど」
ヤツハは、笑うように言った。
歌世ときたら、ゲームの中でも書類に取り組んでいる有様だ。年齢に関して細かい部分は伏せているが、住んでいる地の名産品や、遊び場のことをよく話題にしている。
「俺も、歌世さんほど堂々と出来ないよ」
シンタは苦笑した。
現実世界の自分に、シンタはまるで自信がない。新太は、どこにでもいる凡庸な少年だからだ。
そして、ヤツハと踏み込んだ話題をするほど、自分はまだ親しくないのだな、とも思った。
一緒に遊んだことが一度もないので、それは当然のことかもしれない。そして、一緒に遊ぶにはレベルが足りないのだ。
「今日もレベル上げ行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
ヤツハは、優しく送り出してくれた。
ヤツハのアバターは、長い黒髪をした美少女だ。黒いローブを着て、頭には黒いとんがり帽子が乗っている。いかにも杖が似合いそうな外見だ。
本人はネットサーフィンでも始めたのか、それきり反応を見せなかった。
シンタは、高い壁に覆われた町から一歩外に踏み出した。
広い草原が視界に広がる。
近場には、スライムや、大きなナメクジといった、レベルの低い敵がよく出てくる。
シンタは腰の鞘から右手で剣を引く抜くと、草原を走り始めた。左手には、盾が巻きつけられている。
このゲームの特殊な所は、現実世界の身体能力がある程度ゲーム上に影響を及ぼすという点だ。アバターが刀を振るモーションも、その鋭さも、現実で世界で装備したグローブの動きからトレースされるのだ。
スライムが現れ、その液状の体をうねらしてシンタに襲い掛かってきた。
その核となる赤い球体を、シンタは的確に真っ二つにした。
スライムは溶けて、地面と混ざっていった。
「凄いね、一発じゃない」
声をかけられて、シンタは振り返った。
そこには、弓を持った少年が立っていた。金色の毛と、透けるような白い肌をした、白人の子供を思わせるアバターだった。声は若く、学生であることが窺える。
「ありがとう。そろそろ、スライムも卒業かなって思ってるけれど、狩場がわからないんだ」
「じゃあ、一緒に丘に行ってみない?」
それは、酷く魅力的な提案だった。
「いいの?」
「いいよ。俺、ギルドの人とレベルが離れすぎてて、遊ぶ相手がいないんだ」
「俺もだよ」
彼はまさに、シンタと同じ境遇だ。シンタは声が弾んでいた。
彼と同じパーティーに入るかを問うパネルが空中に浮かび上がる。シンタは迷いなく、肯定のボタンを押した。
レベルが近いキャラクターは、同じパーティーに入ることによって、モンスターを倒した時の経験値を分け合うことが出来るのだ。
丘には、シンタ達の腰ほどの背丈の、小型のモンスターが現れた。彼らはスライムより俊敏で、手に持った斧で人を襲うのだ。
シンタは、彼らを少数ずつ誘き出しては、相手の攻撃を剣と盾で受け止めた。
そこに、少年が矢を射る。
それは的確に敵の急所を射抜き、彼らを怯ませ、弱らせた。
あとはシンタがとどめを刺すだけだ。
そうやって二十匹も仕留めた頃には、シンタのレベルが上がっていた。
ステータス画面のパネルが空中に出現し、どのパラメーターを強化するかの選択が迫られる。レベルが上がるたびに、力や素早さなどのポイントを上げることが出来るのだ。そうすることによって、電脳世界のシンタは、現実世界の新太の動きを徐々に凌駕していく。
「凄いね、百発百中だ」
シンタが褒めると、少年は照れ臭げに笑った。
「俺、弓道部だったから。リアルの特技を活かしてるわけ」
「俺もそういう特技があったらな」
笑いながら、シンタはキャラの素早さを上げるボタンに指を伸ばした。
「待って待って」
焦るように少年が言う。
「君、剣士だろ?」
少年の言葉に、シンタは頷く。シンタは、近接戦闘を主にする剣士という職業だ。
「素早さなんて、リアルで鍛えればある程度補えるから、最初は技量を上げたほうが良いんじゃない? 流石に、大型モンスターとやりあうなら力も要るけれど、まだそんな機会もないしさ」
「技量って、そんなに良いパラメーターなの?」
「例えば、攻撃を剣を受けようとした時でも、技量が高かったら際どい状態から完全に受け止めてくれるからね。行動全部に補正がかかるんだ」
「そりゃ凄い」
シンタは素直に、技量のパラメーターを上げるボタンを押した。すると、ステータスパネルが消えた。
「詳しいんだね。もっと色々なことを教えてよ。俺の名前は、シンタ」
名乗ると、少年は笑顔を浮かべた。
「俺はリューイ。最近始めたばっかりだけれど、よろしくね」
気恥ずかしい気持ちと、仲間が出来たという喜びがシンタを支配した。
その夜、珍しく歌世が電脳世界に入ってくるのが早かった。
それまで数ヶ月取り組んでいた仕事が終わったのだとかで、上機嫌だ。
その頃には、既に彼女のたまり場である町の外れにはメンバーが揃っている。
鎧に身を包み、顔に傷のあるゴルトス。
衣服からコートまで真っ白な優男シュバルツ。
とんがり帽子に黒いローブとドレスのヤツハ。
猫耳と尻尾をつけ、薄着の服を着ている歌世。
この四人とシンタが、このギルドのメンバーなのだった。
「じゃあ、今日は皆で狩りに行きませんか?」
シンタが提案すると、歌世は頭に生えた猫耳を伏せて、面白くなさげな顔をした。
「馬鹿ねえ、こういう時はどうするかなんて決まってるじゃない」
「どうするって言うんです?」
嫌な予感を覚えながら、シンタは問い返す。
「酒盛りよ!」
シュバルツが拍手をし、ゴルトスが斧を置いて背を伸ばす。
待ってましたと言わんばかりの雰囲気だ。
確かに、酒盛りでも親交は深まるだろう。しかし、彼らの戦っているところを見てみたいシンタだった。
「あんたらもジュースでよいから付き合いなさいね」
「はい」
勢いに乗せられて思わず頷いたシンタだったが、このギルドの先行きが不安になったのだった。
酒盛りが始まった。
大人達は、自分の会社や、歌世の過去の失敗談について語っては大笑いをしている。
その横で、シンタとヤツハは並んで座っていた。
ヤツハはしばしば大人の会話に感想を述べるが、シンタとの間には会話がない。
二人の間を包む沈黙に怯えるように、シンタは口を開く。
「そういえば、ステータスってどう振るのが最善?」
「素早さメイン」
意外にも、答えたのは歌世だった。
「耐久だな」
ゴルトスが、外見に似合わぬ細い声で言った。
この人達は、ゲームの話もするのだ。それが、シンタには新鮮だった。
「素早さだよ。どんな相手にも素早く接近して、素早く急所をすっぱり。これだね」
「耐久だ。人間の反応できる素早さには限界がある。だからこそ安定を取って耐久力を上げるべきだな」
「やるか?」
歌世が、酔った声でゴルトスに絡む。
「やらない。どっちが勝っても気まずいだけだ」
「急所を突かれてあんたが蹲る姿しか見えないけどね」
「まあまあ」
間に入るのはシュバルツだ。
彼は、ふいにシンタに視線を向けた。
「シンタくんは、どんなパラメーターを上げてるんだい?」
穏やかな物腰の男だな、とシンタは思った。
「技量を伸ばすと良いって言われて、今はそれに振ってます」
「無難で良い選択だと思うよ」
シュバルツが頷く。
「まあ、ゲーム中で一番強い補正がかかるからねえ、技量は。避けれるはずのない攻撃を勝手に避けたりするし」
「まあ、上げといて後悔はしないわな」
ゴルトスと歌世も、納得したようだ。
「じゃあ、皆さんも技量に振っているんですか?」
三人の酔っ払いが、意味ありげに目配せをして笑った。
「全員、凄い独特なパラメーターなんだよ」
ヤツハが、笑って言う。
「お前が言うな」
歌世が叫ぶと、全員が笑い出した。
シンタには、今ひとつ状況が理解出来ない。
「ええっ、魔術師が魔力を上げるのは普通だよ。ね、シンタくん」
「俺に言われても……」
「まあ、レベル三十ぐらいまでは、技量だけでも大丈夫だよ」
ヤツハが、優しくアドバイスしてくれた。
結局、酔っ払い達の酒盛りは延々と続いた。後からヤツハが語った話によると、それは深夜まで続いたらしかった。