泥の中の栄光3 VS白騎士
決戦は火曜の深夜一時。
そうと決まったのは、日曜も終わる頃だった。
平日の深夜ならば、白騎士を待っていても邪魔が入らずにすむという判断なのだろう。
自分はイグドラシルの世界を左右する出来事に関わっている。そう考えると、シンタは興奮してしまった。
イグドラシルのユーザーは、十万を超えている。
そんな中で、シンタは少数しか知らないこの特別なイベントに参加しようとしているのだ。
月曜日の夜、シンタは歌世と格闘場にいた。
歌世は槍を構え、腰を下ろし、狼のようにシンタに飛びかかった。
シンタは左腕にくくりつけた盾を前にし、歌世を迎え撃つ。しかし歌世の速度は、シンタの対応より遥かに速かった。
次の瞬間には、シンタは剣を弾き飛ばされていた。
「左右だけじゃなくて、前に駆けて来る場合もあるんだから、気をつけないとね。相手の足に注目することだよ」
歌世は片手の指で槍を回転させている。
「歌世さんって、槍も使えるんですね」
シンタは、苦笑交じりに言う。
「うん。久々だから、ちょっと腕慣らしをしないとね。」
歌世は、いつになく真面目な表情で言った。
「私よりも素早い敵だなんて、面白いじゃないの」
白騎士に一刀両断にされたことは、歌世にとっては苦い記憶なのだろう。
「とりあえず、私とリヴィアが時間稼ぎをしなけりゃならない。ゴルトスじゃあ、相手の速度についていけないからね。問題は、回避に徹された場合だなあ」
「僕、ふと思ったんですけど、こんな策はどうでしょう?」
シンタは、思いつきを歌世に語って見せた。
歌世の口元に、笑みが広がった。
「その手は、私も考えてた。シンタくんがやってくれるなら、心強い」
今度は、ただの荷持ちではない。
戦力として参加できそうなことが、シンタは嬉しかった。
決戦の時間がやってきた。
首都の格闘場で、以前と同じように、リヴィアチームと歌世チームが対峙する。
両チームの魔術師が、炎と氷をぶつけあう。
しかし、前衛も中衛も動く様子はない。
魔術師同士が、決戦をしているように見せかけているだけだ。
そうして、三十分の時間が過ぎた。
今日は、来ないのではないか。
誰もが、そう思った時のことだった。
突風が、氷と炎を吹き飛ばした。
白い騎士が、フィールドの端に姿を表せていた。
シュバルツが法術を詠唱する。特定の魔法への耐性を持たせる法術だ。あの雷光への対策だった。
そして、炎と氷の嵐が、白騎士へと殺到した。
それらを、風が阻む。
そして、歌世とリヴィアが、他のメンバーを背にして、白騎士と対峙していた。
そのすぐ背後には、ゴルトスとリヴィアチームの前衛が控えている。
リヴィアが剣を振り上げて、白騎士へと突進した。
リヴィアの腹部には隙がある。そこに向けて白騎士が振るった剣を、歌世の槍が阻んだ。その槍は白騎士の力に負けて勢い良く押されるが、リヴィアの胴体に傷をつけるという目的は果たせない。
リヴィアは剣を、白騎士の鎧に叩き付け、僅かな傷をつけた。
リヴィアと歌世は、まるで双子のように息があっていた。
片方が白騎士の刃を防げば、もう片方が攻撃をする。
高い素早さを持った二人は、白騎士を押さえ込んでいた。
白騎士に、焦りが見え始めた。
歌世が、白騎士の右腕に抱きついた。リヴィアがそれに応じて、残った左腕にしがみつく。
光り輝く鎚を掲げたゴルトスが、駆け足でそれに接近する。
その次の瞬間、歌世もリヴィアも、白騎士の腕力の前に弾き飛ばされていた。
白騎士は前方へと跳躍する。その先には、ゴルトスがいる。
ゴルトスの心臓へと向かった一撃を、リヴィアチームの前衛が体で受け止める。
そして、ゴルトスは鎚を振り下ろした。
それを、白騎士は数歩横に動いて回避した。
ゴルトスの動きが鈍いわけではない。攻撃速度においては、彼は速いとすら言える。ただ、白騎士がそれ以上に素早かったのだ。
白騎士の反撃の刃が、ゴルトスを襲う。
ゴルトスを押しのけて、その攻撃を体に受けたのは、白衣の聖職者シュバルツだ。
そのまま崩れ落ちるかと思ったシュバルツだが、余裕の笑みを浮かべている。
その体は、治癒法術の青い光で輝いている。
白騎士は、再度剣を振り下ろす。
それを、シュバルツは盾で防ぐ。
防戦一方だ。シュバルツの肩を、腿を、白騎士の剣は抉っていく。
しかし、治癒の光がそれをすぐに修復する。
回復アイテムの存在を考えなければ、歌世のギルドで最も倒れ辛いのは、強い自己回復力と、敵の攻撃に対応する素早さを持つシュバルツなのだ。
そして今回のシュバルツは、既に相手の素早さを体験している分、一撃必殺の攻撃を身に受けるようなミスは犯さない。
白騎士の背後に向けて、歌世とリヴィアが駆けて来る。ゴルトスが再度、鎚を振り下ろそうとする。
多勢に無勢と考えたのか、白騎士は跳躍して距離を取ろうとした。
その足元、地面を蹴る足はどちらかを、シンタは見ていた。
蹴る足の角度を見れば、相手がどの方角に飛ぶかは明白だった。
そして、その方角は、シンタが望んでいた方角だったのだ。
「ヤツハさん!」
シンタが叫ぶ。
その瞬間、ヤツハが杖を振るった。
地面から一本の細い柱が生まれ、シンタに向かって地を這うように伸びていく。
足をその柱に引っ掛けて、白騎士は無様にも転んだ。
歌世が、それに向かって飛び掛る。
白騎士は上半身を起こし、歌世を一刀両断にした。
しかし、歌世は役割を果たしていた。
彼女の背には、両手を掲げた姿のゴルトスが乗っていたのだから。
ゴルトスの手に、光り輝く鎚が現れる。
上半身だけを起こし、剣を振り切った体勢の白騎士は、その攻撃を避けることが出来ない。
光の鎚が、雷のように白騎士の脳天に降り注いだ。
白騎士が吹き飛ぶ。まるで車に弾き飛ばされたかのように、あちこちを強く打ちながら地面を転がっていく。
そうして起き上がった彼だが、その動きにダメージは感じられない。
彼は、何事もなかったかのように、再度駆け始めた。
「撤収!」
リヴィアが叫ぶ。
各々、顔に笑顔を浮かべて、その場からログアウトした。
後に残るのは、事情を知らない白騎士だけだ。
イグドラシルオンライン運営部に、その動画が送りつけられてきたのは、水曜の午前中だった。
それをパソコンで開いた社員は、部署に一台だけある大型液晶ディスプレイに動画を転送し、慌てて部長を呼ぶ。
部長も同じ動画を見て、難しい表情になった。
最近、格闘場を荒らしまわる白い騎士が居たと言うクレームが頻発していたのは、部長も知っていた。
しかし、格闘場は対戦をする場である。その場で暴れたからといって処分も出来ず、運営部は知らぬ顔を決め込んでいたのだ。
そこに、この動画である。
動画に映った白騎士は、明らかにプレイヤーキャラの限界を超えていた。
「ありえないですよね、これ。チートかな」
ここまで著しく強いキャラを作るほどの権限を部内で持っているのは、部長ぐらいのものだ。そしてその部長が、ゲームに対する興味が薄いときたものだ。
そもそも、運営スタッフには、このような仕様にない鎧を作るような技術はない。
「一応、スタッフ内も洗ってみなけりゃなるまい」
部長はそう言って苦い顔をする。
そしてディスプレイに映ったメールの文面を見て、呟くように言った。
「ところでこいつらが言っている神器って、何のことだ?」
「ゲーム内で強いアイテムに対して使ってる造語ですかね。ユーザーは結構そう言う造語を作りますから」
「そんなもんか」
納得したと言うよりは、どうでも良いと切り捨てて、部長は白騎士の対策に奔走するのだった。
しかし、社員にはその造語がやけに脳裏に引っかかるのだった。
「こんな装備、あったか……?」
重戦士が振り上げる白銀の鎚を見て、社員は首を捻る。しかし、イグドラシルオンラインに不正アクセスをして、余分な装備を追加するような手間をかける人間がいるだろうか。
社員はしばらく動画を眺めていたが、そのうち開発者に確認を取るために、電話に手を伸ばした。




