泥の中の栄光2 対面
「リヴィアは、後方の指揮官としてはとても有能なのよね」
佳代子が、目的地へ歩きながら言う。
「けど、前衛としても、歌世さんと渡り合っていたように思いますけど」
「まあ、戦士としても有能。けれども、あの子は自分が戦い始めると、それに熱中して指示が疎かになっちゃうの。だから、前線の指揮官には向かないのよね」
新太は、なるほどと思った。確かにあの時のリヴィアは、歌世の相手をすることに没頭していた。
「今回の白騎士対策は、彼女が戦ってない時に考えたアイディアだから、期待しても大丈夫だと思う」
佳代子は、苦笑混じりに言った。
駅から徒歩十分の喫茶店で、彼らは待っていた。
頭数は三人だ。
中央に居るキャミソール姿の女性がリヴィアなのだろう。歳は、思ったより若い。新太と五歳も離れていないだろう。長い黒髪に、黒縁の眼鏡をかけた、ゲームよりも読書が似合いそうな外見をしている。その両隣に、同級生と思しき男子達がいる。
「そっちはそれで全員かな」
佳代子が穏やかに言うと、リヴィアは少し気おされたような様子で、頷いた。
「ええ。使える人間は限られるから。それに、あんまり穏便な内容の話でもないし」
ゲームの中とは違い、リヴィアは酷く大人しげな雰囲気だった。それが新太には酷く意外だった。
七人が同じ卓につく。それぞれ好きな飲み物を注文し、ウェイトレスが去っていくと、リヴィアが本題を切り出した。
「私はあれが、ゲームマスターの仕業じゃないかと思ってるの」
リヴィアの言葉は、予想外だった。しかし、佳代子は驚いた様子はない。すました様子で頷いた。
「それぐらいしか、考えようはないわよね。私も同意権よ」
リヴィアは表情を緩める。
「そうでしょう?あんなバランスの壊れた魔法剣士、プレイヤーキャラであるわけがないの。だって、八年間ずっとやってた私達が手も足も出ないし、私の神器でもダメージが通らなかったんだから」
なるほど、だからこそリヴィアはゲーム内での話し合いを避けたのだろう。
ゲーム内でそんな話をしていて、万一それがゲームマスターの耳に入ったら、面白くない事態に発展するだろう。
「鎧の神器ってことはないんでしょうか」
明彦の言葉に、しばし場に沈黙が漂う。
「それでも、あれはイグドラシルの鎧のデザインとはあまりに逸脱していると思う」
リヴィアが、淡々と言った。
「で、俺達を集めたって事は、解決策は考え付いてるんだろうな」
恵一が挑むような笑顔を浮かべて言うと、リヴィアは微笑んで頷いた。
「うん、これ以上なく有効な作戦がね」
そう言ってリヴィアは、パネルフォンをポケットから取り出した。
それは普段は、掌サイズのカードにしか見えない。しかし裏にあるボタンを押すと、とたんに畳まれていた液晶パネルが広がる仕組みだ。
そうしてリヴィアは、液晶パネルをタッチして、パネルフォンに保存されている動画を再生し始めた。
それは、この前の闘技場での試合だった。
ゴルトスが高々と鎚を振り上げる。眩い白銀の光を放ちながら、鎚の頭が振り下ろされる。
対戦相手が消滅し、ゴルトスが隠すように槌をしまった。
「おいおい、撮影してたのかよ」
恵一は迷惑げな表情だ。
「ごめん。けど、攻城戦をやってる人の間じゃ、割とポピュラーだよ。イグドラシルで動画撮影を出来る裏技。エッグの中にカメラを持ち込んじゃう人もいるしね」
「下手なことはできないな」
恵一は苦笑顔だ。
「なるほどね」
佳代子は納得したようだった。明彦も同じようだ。新太だけが、ついていけずに唖然とした表情で居る。
「つまり、白騎士にミョルニルを叩き込んだ瞬間を動画撮影する。それで白騎士が無傷なら、プレイヤーキャラではありえないって事ね」
「そう。その二つの動画を運営に送って、対処しなかったらこれを動画サイトに上げるって警告する。どうせこんな悪さをするのはバイトのゲームマスターだから、すんなりすむと思うわ」
「なるほどね」
佳代子はそう言って、考え込んだ。
「もしも白騎士がダメージを受けたら?」
「倒してすっきりした後に、動画を送って運営の判断を仰ぐわ」
佳代子はその回答を気に入ったらしい。愉快げに微笑んだ。
「あんたはどっちかっていうと、後者を望んでいそうね」
「あなたこそ、ね」
「いいわ。協力しようじゃないの。イグドラシルの為だわ」
佳代子の言葉に、リヴィアが頼もしげに微笑む。
「私は矢吹有子。よろしく」
そう言って、リヴィアこと有子は手を差し出す。
「斉藤佳代子よ。よろしく」
二人の手が、しっかりと握られた。
「じゃあ、僕達はお先に失礼します」
決起集会と題したオフ会が、カラオケから酒盛りへ移行しようとした時、明彦が爽やかに言った。
おかげで、新太もすんなりと騒ぎから抜ける事が出来たのだった。
「ありがとうございます」
新太が言うと、明彦が怪訝そうな表情になる。
「飲み会、つれてかれかけてたから」
「ああ」
明彦は柔らかく苦笑する。
少女漫画から出てきたような人だなと、新太は淡い嫉妬を覚えた。
「こっちこそ、迷惑だったかなって思ってさ。最近は、未成年でも平然と飲みたがる子はいるみたいだし」
「そんなことないですよ。俺、そう言うのは興味ないから」
「良かった」
しばしの沈黙が流れる。新太はこれを期に、聞きたい事を聞いてしまおうと思った。
「ずっと皆で、八年前からやってるんですか?」
その問いに、明彦は首を横に振った。
「佳代子さんと恵一さんはずっと同じギルドだったみたいだけれどね。俺とヤツハはかなり後から混じった感じだよ」
「ずっと、神器を持ってたんですか?」
明彦が、気まずげに黙りこんだ。
やはり、聞いてはいけない事だっただろうか。新太は後悔した。
短い時間の間に、新太はこの男に、兄のような親しみを感じて居たのだ。
そのうち、明彦は呟くように言った。
「神器はさ、選ばれた者に与えられるんだよ」
どこか、台詞染みた言葉だった。
「神器を持つものは、挑まれたら逃げてはいけない。神器を持つものは、世界の安定を保つために働かなくてはならない。神器を持つものは、弱いものを守らなくてはならない。色々な制約があるんだ」
「そんな設定なんですか?」
「いや、イグドラシルの世界との契約みたいなものなんだと、俺は思う。それができる人だけに、神器は託されるんだよ」
雲を掴むような話だと新太は思う。
そうやって戸惑う新太に、明彦はかまわず言葉を続ける。
「佳代子さんも、恵一さんも、そうやって選ばれたわけだけど。俺は逆に、呪われているんだと思う」
それは、予想外の言葉だった。
明彦は言葉を続ける。
「だってさ、ゲームの為にわざわざ新幹線に乗りまでするんだ。俺達はゲームが好きで、同時にゲームに呪われてるのさ」
沈黙が場に流れた。
余計な告白だったと悔いたのだろうか。明彦はあからさまに話題を変えた。
「晩飯、まだだろ。好きなのを奢ってやるよ」
そう言った明彦は、普段と同じ軽快な調子だった。
新太はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「それにしてもちょっと思ったんですけど」
新太は、ふと気がついてそれを口にしていた。
「この会議って、電話ですませても問題なかったですよね?」
ゲーム内では、ゲームマスターに聞かれる可能性がある。けれども、個人の電話までゲームマスターは介入しようがないはずだ。
「佳代子さんも、有子さんも、会ってみたかったんだと思うよ。ゲームの中で因縁のある相手が、どんな顔なのか。」
それは確かに、納得がいく話だった。
ゲーム上の世界で、例え何年付き合おうとも、実際に顔を見る機会なんてないに等しいのだ。
ゲーム上での付き合いの儚さを、新太はなんとなく実感してしまった。
居酒屋の前で、有子は空を眺めていた。
飲み過ぎて、気分が悪くなったので、外の空気を吸いたくなったのだ。
ふいに、居酒屋の扉が開いて、佳代子が姿を現した。
思わぬ相手に、有子は身構えた。
「酔いは冷めた?」
「少し」
「うん、ある程度素面になったみたいね」
佳代子は、安堵したように言う。そして、苦笑して言葉を続けた。
「最初から変だとは思ったのよね」
「なんの話?」
有子は、出来るだけそっけなく答える。
相手が社会人だろうと、媚びる気はなかった。媚びれば、ゲーム内での関係まで崩れてしまう。
「今回の団体戦。一番槍が大好きな龍一がいなかったじゃん。だから、何か企みがあるのかな、とは思ってた」
「龍一は引退したわ」
有子の言葉に、佳代子は目を丸くした。
「マジで」
「ええ。親にエッグを取り上げられちゃったみたい」
「あちゃー、学生であんな廃接続してたのか……」
「学生だからこそ、じゃないかな」
「まあ、そうね」
二人はしばし、そうやって空を眺めていた。
周囲が明るすぎるせいか、夜空には星は見えなかった。
「ゴルトスが言うにはさ、オンゲは常に壊れ続けてるんだって」
「まあ、そういう見方はあるわよね。アップデートは繰り返されて、そのたびある意味でバランスが壊れていく。以前の一番強い敵と、今の一番強い敵には比較がならない差があるもの」
「そのうち、私達の気に入らないバランスになって、私達も引退しちゃうのかね」
「どうかしら。私は、抜けれない気がするな」
「ギルドマスター業なんて、代行立てれば良いじゃない」
「責任を誰かに押し付けることなんて出来ないわ」
「そういうとこ、意地っ張りだよね」
「負けず嫌いでね」
しばしの沈黙が流れた。
「アップデートが重なって、あんな鎧で全身を固められるようになったら、私は廃業だなあ」
「モンスター相手なら問題ないでしょう」
「まあ、そうだけどね。あんたに負けて引退するっていうのが、一番綺麗な抜け方のような気がするよ」
再度、沈黙が周囲を包んだ。
「まだ当分は負ける気がないって聞こえるわね」
有子は、やや棘のある口調で言う。
「逆に、勝てもしないだろうけれどね。何時間もかけて耐久戦をやるのも、なんだか嫌な話だし」
「そうね……」
居酒屋の扉が開いて、若い学生達が夜道へと消えていく。
「いつか、決着をつけましょう」
「ああ。いつか、ね」
二人は、その言葉だけで通じ合えた。
仲間ではないが、両者の間には妙な信頼関係があるのだった。
「さて、もっかい飲もうかな」
有子が居酒屋の中へ向かって歩き出す。
「やめなよ。あんたせっかく酔い覚ましたんだから」
「いいじゃない、たまにぐらい」
「酔ったあんたの相手はもうしたくないよ」
佳代子は、苦い声で言った。




