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泥の中の栄光1 オフラインで会いましょう

嬉し恥ずかしオフ会編です

「イグドラシルから出た時、言いようのない孤独感を覚えたことはない?」

 彼女は言う。その言葉に、彼は反論する言葉を持たない。

「イグドラシルの世界が現実だったら良かったのに、と」

「楽しい夢を見た後に、それが現実なら良かったのにと思うのと一緒さ。所詮は、刹那の夢でしかない」

「本当にそうかしら。イグドラシルは夢とは違うわ。触れ合うのは実在する人達よ。扱う通貨も、現実の通貨と交換できるだけの価値を持っている」

「けれども、それでも、刹那の夢でしかないんだよ」

 彼は言う。どこか、寂しげな口調だった。

「笑ったことも、泣いたことも、全ては幻でしかない。仮想世界で、仮想の自分が行った夢でしかない」

「いいえ。笑ったのも、泣いたのも、仮想の自分じゃなくて、あなた自身よ」

「そうかな」

「そうよ」

 少女は断言する。

 彼は反論する言葉を考え込む。


 駅の自動改札の前に立つ。ポケットに入れたパネルフォンが小さな電子音を立てると、改札は開いた。

 これでもう後戻りは出来ない。この旅が終われば、パネルフォンの使用料金に、名古屋までの往復料金が加算される。

 きっとその明細を見て、両親は吃驚することだろう。

 心の中で両親に謝りながら、新太は名古屋行きの新幹線へ乗り込んだ。

 リヴィア達のギルドと、歌世達のギルドの会議は、名古屋で行われることになった。

 関西にメインメンバーが多いリヴィア達と、関東にメインメンバーが多い歌世達の間を取った形だ。

 ヤツハはこの会議には不参加だ。

 東北在住だから、名古屋は遠いと言うのが理由だった。

 どちらにしろ、彼女は仮想現実での出来事を現実に持ち込むことに抵抗を抱いている節があった。

 何かが起こっていると言う実感があった。それから取り残されたくないと言う衝動が、新太を突き動かしていた。

 名古屋駅にたどり着き、パネルフォンが電子音を立てたのを確認して改札を出る。

 これで、片道分の料金は確定してしまったわけだが、悔いている時間はない。

 歌世達との待ち合わせは、駅の出入り口にある金時計の下だった。出入り口手前の広場にたどり着くと、すぐにその時計は見つかった。支柱の上に乗った金の時計が、ゆっくりと時間を刻んでいる。

 その根元のベンチに腰掛けて、ノートパソコンを打っているビジネススーツの女性がいることに気がつき、新太はためらいながら駆け寄った。

「歌世さんですか?」

 声をかけると、女性が顔を上げる。銀縁の眼鏡をかけて、髪の毛を後ろで束ねた綺麗な人だった。歳はまだ若いが、キャリアウーマン然とした雰囲気がある。

「シンタ君かな」

 女性が穏やかに微笑んで、問う。

 新太は、内心驚きつつも頷いた。

 真面目な社会人を絵に描いたような目の前の女性と、ゲームの世界で馬鹿なことばかり言っている歌世の姿は、少しも一致しない。

「本宮新太って言います」

「私は、斉藤佳代子。よろしくね。隣、座りなよ」

 佳代子の指示に従い、隣に座る。佳代子はとても美人で、香水の匂いが淡く漂っていた。

 佳代子がキーを叩く音が、周囲に響き渡る。

「なんだかイメージと違って驚きました」

「はは、どんなイメージを持っていたんだい」

 それは、普段から酒ばかり飲んでいる人だ。もっとだらしのない格好をしているのかと思ったのだ。

 それをそのまま言うと角が立ちそうなので、新太は柔らかく表現することにした。

「酒飲み、かな?」

「流石に、お昼からお酒は飲めないな」

 佳代子は苦笑する。

「新太君は結構イメージと違うね」

「そうですか?」

「もっとやんちゃそうな子ってイメージがあった」

 なるほど。確かにイグドラシルの中では、シンタは常に新しいことへと挑戦を続けてきた。

 けれども実際は、自分の道も決めることが出来ていないモラトリアムの最中に居る少年でしかない。

 だからこそ、仮想現実に居心地の良さを見出すのかも知れない。

「まあ、昔の私も似たようなものだったよ」

 そう言って、佳代子は苦笑する。

「何度単位を落としたかわからないもの。それも昔の話だけどね」

 そのうち、スーツ姿の、ひょろりとした男性が近づいてきた。

 彼は頼もしげに微笑むと、佳代子に声をかけた。

「おう」

 痩せた外見とは裏腹な、元気な挨拶である。

「おう」

 佳代子も微笑んで返す。

「なんだよ、また土曜日なのに仕事持ち込んでるのかよ」

「これは、趣味。けど、アリサが完成したら、こっちが本職になるかもしれないけれどね」

 アリサと言うのは、開発されている最中の人工知能のことだ。容量が許す限り知識を溜め込むことが出来るコンピューターに、判断力が伴えば、確かにプログラマーの仕事を奪ってしまうのかもしれない。

 アリサが単独でプログラムを作れる域に達しなくとも、アリサを補助役にすることによって、プログラムの開発に必要な人員は減るのだ。

 けれども、人工知能の完成なんて、二千三十五年においても夢物語のように思える。

「数年前まで、土曜はずっとイグドラシルをしてたのが嘘みたいだな」

 揶揄するように彼は言う。それを聞いて、新太はやっと彼が仲間であることに思い至った。

「ゴルトスさんですか?」

 尋ねると、男は頷いた。

「山田恵一だ。シンタ君だな、よろしくな」

「よろしくお願いします」

 新太は深々と頭を下げた。

 ゲーム内でのがっしりとした体つきとは違い、現実の恵一は酷く細身だ。

 けれども、その雰囲気は酷く落ち着いていて、頼りがいがあるように感じられた。

「しかし恵一さん、なんでスーツなの」

「そりゃ、なんとなくの見栄としか言いようがないな。佳代子ちゃんがスーツなのは、仕事帰りかい」

「徹夜明け。勘弁して欲しいものよ」

 笑いあいながら、彼は佳代子の横へ座る。

 ゲームの世界に比べて、恵一の口数は随分多い。それが新太には酷く意外だった。

 最後にやって来たのがシュバルツだった。

 彼が歩み寄ってくるのは、まるでテレビドラマの一シーンを見ているかのようだった。

 長身で、顔立ちは涼やかで、自分と同じ性別と言うのが嘘のようだ。

 体には適度な筋肉がついていることが伺えた。

 ヤツハが彼と仲が良いのを思い出し、新太はどうしてか、少しだけがっかりとするのを感じた。

 彼は穏やかに挨拶をする。

「佐山明彦です、よろしく」

「美形だねぇ。もてるっしょ」

「うん、これはもてる顔だ」

 佳代子と恵一がからかうように言う。明彦は苦笑して首を横に振った。

 そうして四人揃った所で、佳代子が言った。

「さて、決戦の舞台へ行きますか」

「リヴィアは過激だからなあ。拘束されて、神器取られちゃったりしてな」

 恵一が、笑えない冗談を言う。

 佳代子も明彦も、小さく笑った。

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