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招かれざる客5 招かれざる客

 団体戦の日がやってきた。場所は、首都の格闘場だ。

 格闘場は、常に十個のリングを常備しており、どれも自由に使って良いことになっている。他のリングの様子は、壁に阻まれて見えない。

 他のプレイヤーが寝静まった頃を狙い、シンタ達はそのリングに立っていた。

 中央で、十人のプレイヤーが向かい合っている。

 シンタは、内心焦っていた。

 場違いな戦場に足を踏み入れることに対する緊張感は、最早ない。シンタは、自分の現状を受け入れていた。

 焦りは、歌世の予測が外れたことが原因だ。

 歌世はここに来る前、こう語っていた。

「リヴィアが狙うのは、短期決戦。なら、四人の前衛に、一人の魔術師という構成で来るはず。こっちの前衛は二人しかいないから、それでゴリ押しされれば厳しい」

 その場合、例え歌世とゴルトスが相手を一人ずつ足止めしても、残る二人がシュバルツ、ヤツハ、シンタへと襲い掛かるのだ。

 ヤツハは、相手の魔術師とやりあうことで手一杯で、襲い掛かってくる敵前衛の対処など出来ないだろう。

 敵の魔術師の魔法を相殺するのが、魔術師の役割の一つなのだ。

 シュバルツ一人では、歌世やゴルトスが目の前の敵を倒すまで、他の敵を足止めすることは難しい。

 そうなると、シンタとヤツハは確実に倒されてしまい、全滅は時間の問題となる。

 歌世の取った対策はこうだった。

 相手魔術師の魔法を、ゴルトスが受け止めるのだ。そうすると、ヤツハがフリーになる。

 彼女は戦闘開始直後から詠唱を開始して、大量のマジックポイントと引き換えに、高威力の魔法を放って敵の前衛の数を減らす。

 その詠唱時間を稼ぐのは、シュバルツと歌世だ。

 敵のヒットポイントを根こそぎ奪うような魔法を使うには、詠唱にやや時間がかかる。しかし、それだけの時間なら、歌世の移動速度とシュバルツの強さを活かせば、足止めは不可能とは言えないらしい。

 万が一、敵がヤツハに肉薄した場合は、シンタも敵を数秒足止めすることは出来る。

 シュバルツの強さを、シンタはまだ見ていない。なので、その活躍ぶりはイメージできない。

 ただ、ゴルトスの耐久力、ヤツハの詠唱速度、歌世の移動速度、どれが欠けてもこの作戦は成り立たないだろうことは理解できた。

 そして、敵の頭数さえ減ってしまえば、状況はいくらでも楽になるはずだった。

 しかし、敵の顔ぶれは、歌世の予測を裏切っていた。

 リヴィアを含めて、敵の前衛は三人。弓を持った射手が一人いて、最後の一人は魔術師だ。

 この、射手というのが厄介だ。射手は矢を雨のように放つことも出来れば、蛇のような軌道で放つことも出来る。彼らは魔法の詠唱を防ぐことに長けている。

 例えば、ゴルトスが敵の魔法を受け止め、ヤツハが魔法の詠唱を開始したとする。その時、ヤツハに矢の一本が突き刺さったとする。すると、その瞬間に、魔法の詠唱は中断されてしまう。

 そうなると、ただのダメージの受け損だ。

 長い詠唱を必要とする魔法は、封じられたと言っても良い。

「どうします?」

 シンタは、歌世に小声で話しかける。

「オタオタすんなって。なんとかなるさ」

 歌世は、不敵に微笑んでる。

 自信があるのか、投げやりなのか、わからぬ笑みだった。

 ここに至っても彼女は薄着だ。

 鎧や兜を装着した他の前衛の中で、彼女の服装は浮いている。

「勝った時の条件、覚えてるわね?」

 リヴィアが、冷ややかな声で問う。

「私達が負けたら、あんたの軍門に下るさ」

 歌世の言葉に、シンタは驚いた。

 そんな話、シンタは聞いてはいないのだ。

「ただし、あんたの思った通りに動くかは別だけど。そっちこそ、忘れてないでしょうね」

「ええ。負けたら向こう一年はちょっかい出さないわ。何があってもね」

 歌世は、満足げに頷いた。

「じゃあ、開始と行きましょうか」

「ええ」

 リヴィアが、腕を前に差し出した。その手には、金のコインが握られている。

 シンタは、心臓が高鳴るのを感じた。シンタのデビュー戦が、始まろうとしていた。

 歌世がいる。ゴルトスがいる。ヤツハがいる。けれども、相手はこの世界で指折りの同盟だ。勝てる保証はどこにもない。

 リヴィアが、コインを指で弾いた。

 金色のそれは、高々と宙に舞い上がり、そしてゆっくりと地面に落下した。

 澄んだ音が鳴った瞬間に、十人は動き出していた。

 ヤツハとシュバルツが後方へ移動して行く。

 シンタは、その後に続く。

 相手側の射手が、後方に移動しながら矢を放った。それは、ヤツハの後頭部へと正確に進む。

 シュバルツの盾が、それを防いだ。

 リングの上に炎の竜が現れ、敵へと向かって襲い掛かった。ヤツハの魔法だ。

 それを防ぐように、数秒遅れて敵魔術師の杖が光った。氷の竜が現れ、炎とぶつかり合い、周囲に霧が立ちこめ始めた。

 ゴルトスは、敵二人の攻撃を、盾と鎚で防いでいる。素早さの高くないゴルトスは、防戦一方だ。しかし、相手も、俊敏なタイプではないようだった。

 そして歌世は、リヴィアと向かい合っていた。

 シンタは、納得した。敵の前衛の数が少ない以上、奇策に拘る必要はないのだ。歌世達は、正攻法で相手を倒すことにしたらしい。

 歌世の左右の手には、逆手に持たれた金の短剣がある。

 リヴィアは、銀色に光る両手剣を持っていた。

 二人の間には、十歩ほどの距離がある。それを詰めることを、互いに恐れているかのようだ。

 その時、歌世が動いた。

 人間離れした速度だった。リヴィアに突進するその速度は、チーターのようだ。一瞬で、十歩の距離が消えていた。

 横から飛んで来た一本の矢が、目にも止まらぬ素早さで歌世に切り落とされる。

 リヴィアが剣を振り下ろしたのは、それと同時だった。

 歌世は、さらに加速して、剣の軌道を避けてリヴィアの側面へ移動した。

 無防備なリヴィアの首筋に向かって、右手の短刀が振るわれる。

 それが、リヴィアの剣に弾かれた。

 どちらも、速い。

 それだけでなく、正確な動きだった。

 リヴィアの首筋を狙った歌世の攻撃。

 振り下ろした剣の角度を変えて、相手の素早い攻撃を阻むのではなく、弾いたリヴィアの防御。

 歌世やゴルトスだけではなかった。彼らに比肩するプレイヤーは、ここにも存在していた。

 短剣ごと片腕を弾かれた歌世は、体勢を崩す。その無防備な胸が、リヴィアの視界に広がる。

 シンタは、手に汗を握った。

 リヴィアの剣が振り下ろされる。

 後方に跳躍して攻撃を回避し、空中で一回転して着地すると、歌世は再度駆けた。

 歌世はリヴィアの側面に回りこむ。

 しかし、その矢のような速度に、リヴィアは体の方向を変えて冷静に対応する。

 歌世はさらに駆ける。

 リヴィアは、後方に飛んで、歌世から距離を取った。

「素早さは互角……?」

「いや」

 シンタの呟きに答えたのは、シュバルツだった。

「素早さだけなら、歌世さんのほうが数段上だ。ただ、リヴィアのほうが移動する距離が短いから、ついていけてるのさ」

 彼の体は、青く光っている。治療法術の光だ。その脇腹に刺さった三本の矢が、音もなく抜け落ちた。

「どうやら、随分と特訓してきたらしいな」

 シュバルツの言葉が、不吉な響きを持っているようにシンタには思えた。

「もう少し、離れたほうがいい」

 シュバルツは、淡々とした声で言う。シンタは素直に、それに従った。

 さっきから、シュバルツの周辺には上下左右からひっきりなしに矢が飛んできている。矢は時に十数本の仲間を連れて、時に空中で蛇のような軌道を描き、シュバルツを襲った。

 その背後には、ヤツハがいるのだ。

 ヤツハは、敵の放つ魔法を相殺することに集中しきっている。その体には、時にシュバルツが防ぎきれぬ矢が突き刺さる。攻撃を受ければ、詠唱が中断されてしまうゲームの仕様上、長時間の詠唱を成功させることは不可能だろう。

 シュバルツとヤツハは、完全に動きを封じられていた。

 トッププレイヤー二人に囲まれているゴルトスも、苦戦を強いられている。

 期待がかかるのは、この世界で最も有名な女性騎士と戦っている歌世だった。


 リヴィアは、目まぐるしく走り回る歌世の姿を見て、舌を巻いていた。

 なんという速度なのだろう。立ち止まったと思ったら、次の瞬間には視界から消えかけている。

 あれだけの速度のキャラクターを扱うプレイヤーの、反射神経は尋常ではない。

 その時、歌世が突進してきた。

 リヴィアは剣を振り下ろす。

 歌世は強引に、それを右手の短剣で受け止めた。次の瞬間には、リヴィアに肉薄した彼女の左手の短剣が、牙となってリヴィアの体に突き刺さるかと思われた。

 しかし、実際には、歌世の体は両手剣に押されて、リヴィアの懐の外へと弾かれた。

 歌世はバランスを崩しながらも、跳躍して再度距離を取る。

 再び、彼女の高速移動に、リヴィアは目を凝らす。

 以前と戦った時とは違う。その事実に、リヴィアは微笑んだ。

 力を強化した結果、前方から懐に強引に侵入されることはなくなった。

 素早さを強化した結果、相手の動きについていけるようになった。

 武器のリーチは、リヴィアが勝っている。

 リヴィアの耐久力があれば、急所に一撃必殺の攻撃を受けない限り、歌世に倒されることはないだろう。

 頭部と心臓は、鎧兜で守られているので、隙があるとすれば首筋だけだ。

 そうなると、今後の歌世は側面や背後に回って、露出している首筋への攻撃を狙うだろう。

 狙いが絞られて、対応の難易度は下がった。

 今日こそ彼女に勝てる。そんな確信が、リヴィアの中に沸いてきた。

 あれだけ高速で動くキャラクターを制御する歌世の精神的な疲労は、並大抵ではないだろう。彼女がミスを犯せば、その瞬間に勝負を決する自信がリヴィアにはある。

 リヴィアは、口元を綻ばせていた。

 数度目の相手の攻撃を弾く。

「今日こそ、貴女が屈服する時よ」

 リヴィアは、思わず叫んでいた。


「今日こそ、貴女が屈服する時よ」

 リヴィアの反撃を後方に飛んで交わした歌世は、苦笑していた。

 彼女の発言は、確かに女帝と呼ばれるに相応しい。

 しかし、歌世の感想は、とんだ負けず嫌いのサド女がいたものだ、というものだった。

 駆けながら、歌世は過去を思い出す。

 一年前には相手に痛打を与えただろう一撃が、今は受け止められる。

 一年前には相手の視界から逃れただろう一歩が、今は反応される。

 そして、それが自然なことだと歌世は思う。

 停滞していた人間が、歩き続けていた人間に追いつかれてこそ、ネットゲームは面白い。

 リヴィアはこの一年で、よほど素早さのパラメーターを高めてきたようだ。そして、そのせいで反応が過敏になり、扱い辛くなったキャラクターを使いこなす特訓をこなしてきたのだろう。

 それは、歌世を倒すことを考えた結果なのだろう。

 しかし、素早さを高め過ぎて、動きが敏感になったキャラクターは、操作に極度の集中力を必要とする。

 ならば、相手にミスが起きた時が決着のつく時だと歌世は考えた。

 歌世は、リヴィアに飛び掛って右手の短剣を振り下ろす。

 それは、彼女の両手剣に正確に受け止められた。

「……やっぱり、あんたは苦手だ」

 後退して、歌世は呟く。

 それは、本心ではなかった。

 自分の素早さに対応する敵の出現を、歌世は楽しんですらいたのだ。

「私も、貴女は苦手。思いもよらない方法で、私の上を行く」

 歌世ほどに素早さに特化したキャラクターなど、リヴィアの理解を超えていたのだろう。

 お互いに相手を苦手だと公言する癖に、一方は相手の上達に喜び、一方は相手を倒そうと執着する。そんな自分達は度し難いと、歌世は苦笑する。

 自分達の関係を表すならば、それはどんな言葉なのだろう。それは、今の歌世には思いつかない。

 ただ、リヴィアの期待を損なう気には、なれなかった。

 勝ちを譲れば、リヴィアの熱は冷める。それがわかっているのに、歌世はどうしてかそんな気になれなかった。

「じゃあ、期待にそえようとするかね」

 歌世は、左に軽く跳躍し、勢い良く地面を蹴って右に飛んだ。

 リヴィアは、フェイクに惑わされずに体の向きを変える。

 地面に着地した瞬間、歌世の右手から短剣が投じられた。

 それと同時に、歌世は前方へと駆ける。

 短剣はリヴィアの頭部へ、歌世はリヴィアの体へ、同時に接近してくる。

 その攻撃を同時に受け止める余裕は、リヴィアにはない。


 リヴィアの剣が閃いた。

 首を捻って投じられた短剣を避け、歌世の左手の短剣を両手剣で受け止めたのだ。

 重なった二つの刃物は、一瞬、歌世の体当たりの勢いもあいまって、リヴィアのほうへと動いた。

 しかし、自力の差の悲しさである。次の瞬間には、歌世の方向へと勢い良く傾いていった。

 歌世は、その圧力に片膝をついた。

 リヴィアの剣が跳ね上がるように振り上げられ、振り下ろされた。

 歌世は、素早く後退してそれを回避する。

 しかし、その腹部には、傷痕がつけられていた。

「奇策のうちにも入らないわね」

 リヴィアは、相手を批評する。一太刀入れた、という高揚感があった。

「さて、どうかしら」

 リヴィアは、はっとして、振り向きたいような衝動に駆られた。

 自分の背後には、今、どんな光景が繰り広げられているのか。

 もしもリヴィアが、味方の状況を把握できていたならば、飛んで行く短剣について警告を発しただろう。

 しかしリヴィアは、素早く動く、歌世と自身のキャラクターへの対応に、集中力の全てを費やしてしまっていた。

「すいません、やられました」

 仲間の一人が、情けなさげに言う声が聞こえた。

 リヴィアは、静かに問う。

「理由は?」

「首に後ろからナイフが刺さった所に、ゴルトスから鎚で殴られて」

 リヴィアは、心の中で舌打ちした。

 目の前のことに集中しすぎて、上手く移動させられたらしかった。

 しかし、集中力のほとんどを費やさねば、今の自分のキャラクターを制御することも、歌世の動きに対応することも、不可能なのだ。


 歌世は、アイテムボックスから新たな短剣を取り出して、逆手に構えた。

 これで、再び両手に短剣が握られる。

 リヴィアは、歌世から視線を動かさない。

「これで、五体四ね」

 シンタが戦えないことを考えれば、実際には四人対四人だ。しかし、歌世はリヴィアの動揺を誘うためにあえてそう言ったのだ。その発言に信憑性を持たせるために、顔には作り物の笑顔を浮かべている。

 しかし、リヴィアは動揺していないようだった。少なくとも、顔には苛立ちも、焦りも、浮かんではいなかった。彼女は冷めた目で歌世を見下ろしている。その内心は、歌世にはわからない。

「失策ね」

 リヴィアが、苛立たしげに言った。

「数が減ったのは、あんた達でしょ」

 歌世は、戸惑いを心の中に隠して、淡々と言う。

「けれども、あんたはとっておきの武器を捨てた。リーチに劣り、武器の強度で劣り、私に対抗できると思って?」

 歌世は、反応に戸惑った。

 確かに、歌世のスペアの武器は、前の武器に比べて強度で劣っている。

 しかし、それが勝負を分けるとは、歌世には思えなかった。

 歌世は、リヴィアの死角を突こうと駆け始める。

 そして、リヴィアも死角を見せまいと移動し、体の向きを変える。

 そしてリヴィアが、ふと足を止めた。

 エッグに不調でも起きたのか。それとも、回線に問題が起こったのか。

 どちらにしろ好機だと、歌世はリヴィアの側面へと飛びかかる。

 歌世の短剣が、吸い込まれるようにしてリヴィアの首筋めがけて走っていく。

 それを待ち構えていたように、リヴィアが動いた。

 両手剣に短剣を弾かれ、歌世は後退する。

 そして、自分の握った刃の一本に、ヒビが入ったことに気がついた。

 武器にも、急所はある。彼我の武器の硬度に差がある時、そこを打たれれば武器は壊れる。しかし、動き回るそれを、狙って突くのは人間業ではない。

「やはり、予備の武器は二線級ね」

 リヴィアの声は静かで、言い知れぬ迫力があった。

 味方が一人倒れたことで、彼女は吹っ切れたのかもしれない。

 ありていに言ってしまえば、キレたのだ。

「狙ってやったの?」

「貴女の狙う箇所はわかっている。速度も知っている。そしてね、私の技量のパラメーターは、貴女が思うよりずっと高いの」

 リヴィアは、淡々と答えていた。

「今の私の素早さがあれば、タイミングを合わせて折ることは容易いのよ」

 歌世は、ヒビの入った短剣を放り投げた。そして、アイテムボックスから新たな短剣を取り出す。

 そして、再度相手の隙を狙おうと考えたところで、ある事実に気が付いた。

 今のリヴィアに隙などあるのだろうか。それを思うと、自分の行動が無益なことに思えてきてしまったのだ。

 素早さでいえば、歌世はリヴィアの数段上を行くだろう。

 しかし、その一撃は軽く、急所を狙わなければ相手を倒せない。

 相手の腹に刃を突き刺したとしても、反撃の一撃で葬られるのが現状だ。

 その結果、急所狙いを繰り返し、攻撃を読まれてしまっている。

 ヒットアンドアウェイで、すれ違いざまの軽打を積み重ねるという方法もあるにはある。

 しかし、その方法でリヴィアの耐久力を削り切るには、どれだけの時間がかかるだろう。彼女は、回復アイテムも数多く所持しているはずだ。

 ただ、総合力で歌世に勝っているだろうリヴィアにも、決め手がない。

 彼女の剣は、歌世の素早さに対応することは出来る。しかし、痛打を与えることは出来てはいないのだ。

 結局、待っているのは気の遠くなるような持久戦だ。

「貴女は、勘違いしているわ」

 リヴィアは、冷ややかに言う。

 まるで、被告の刑を読み上げる裁判官のようだった。

「耐久に特化した前衛でゴルトスを封じた。属性相性を駆使した後衛と射手でシュバルツとヤツハを封じた。彼らの動きは、封じてある」

 リヴィアの剣が、歌世を指した。

「これは最初から、私と貴女の勝負なのよ。私が貴女に勝てば貴女達は負ける。貴女が私に勝てば私達は負ける」

「拘るわね」

「ええ。だから私は残念に思うわ。私との勝負を捨てた貴女をね」

 負けず嫌いな彼女の、負け惜しみだろう。リヴィアの言葉を、歌世はそう判断することにした。

 歌世は、腰を落として、次の行動へ備える。

 左手の武器は、リヴィアの武器と硬度は大差ないだろう。しかし、右手の武器は、硬度がやや劣っている。

 その些細な差は、歌世にとっての敗因となりえた。

 しかし、歌世はリヴィアと一対一で雌雄を決する必要はないのだ。

 何故なら、これは団体戦だ。

 最悪、武器が一本になろうと、ゴルトスが駆けつけてくるまで時間を稼げば状況は変わるのだ。歌世がリーチで劣る短剣を武器に選んだのも、味方の援護や敵の足止めを想定してのことだ。

 自分の判断は間違っていない、と歌世は再確認する。

 味方が均衡を守ってくれるとリヴィアが信じたように、歌世はゴルトスが駆けつけることを信じていたのだ。

 歌世は、リヴィアの周囲を駆け始めた。

 他の味方へとリヴィアが攻撃を仕掛けないように。

 また、自分がリヴィアの攻撃を受けないように。

 歌世がトップスピードで逃げに徹すれば、リヴィアには対抗のしようがない。リヴィアの勝機は、歌世が襲い掛かってくる瞬間にのみあった。

 舌打ちが、闘技場に響き渡った。

「そこまで、私との決着をつけたくないのなら、もう、いいわ」

 リヴィアの両手剣が、消えた。そして、次の瞬間に現れたのは、白銀の鞘に収まった剣だった。

 剣が鞘から抜かれる。その刀身から、眩い光が放たれた。それは、ゴルトスの持つミョルニルが放つ光りと類似していた。

「それはずるい!」

 歌世は、思わず足を止めて叫んでいた。

「貴女達だって、一度は使ったでしょう? 神器を」

「そのペナルティは今受けてるじゃん!」

 光が炎へと変わり、赤く禍々しい輝きを放ち始める。

 リヴィアが剣を両手で握り締め、振り上げた。

「そんなに私と決着をつけたいなら、一対一で戦えば良かったじゃないか。団体戦で決着をつけたいんだろう?」

 どうにか相手を翻意させようと、歌世は必死に説得する。

「それは、ズルだ。ズルで勝っても、約束は履行されないよ」

「そうね」

 リヴィアが、瞬きした。

「貴女達全員が欲しかった。けれどもまあ、貴女が悔しがるなら、それで良いかなって」

 行き過ぎた負けず嫌い。それが、リヴィアの本質だ。

 リヴィアの剣の刀身が纏う炎が、膨れ上がって天を焦がす。まるでそれは、赤い竜のようだ。その大きさは、ヤツハの魔法によって召喚された炎の竜を、一飲みにするだろう。

 ならば、相手が技を放つ前に止めるまでだ。それ以外に、もはや選択肢は残されていなかった。歌世は、地面を蹴った。

 その時、リングに突風が吹いた。

 リング上の九人が、尻餅をつく。リヴィアの剣に纏わりついていた炎も、ヤツハと敵の魔術師がぶつけ合っていた魔法も、姿を消した。

 静寂が、リングを支配していた。

 風の吹いた方向に視線を向けると、そこには、一人の騎士がいた。

 純白の鎧を着た、長身の騎士だ。

 しかし、その姿はイグドラシルの常識を覆している。

 どこかしら急所を露出してしまうのが、イグドラシルの装備だ。

 兜をかぶっても顔は隠せないし、鎧を着ても腹部や首は露出している。

 しかし、その騎士には、露出した箇所が見当たらなかった。

 熟練者であるが故の戸惑いが、歌世の反応を一瞬鈍らせた。

 その瞬間に、白騎士は駆け出していた。


「乱入者の排除が先!」

 リヴィアが叫ぶ。

 それに異論がなかったらしく、歌世チームの面々は、立ち上がって白騎士に視線を向けた。リヴィアチームの面々も、立ち上がっている。

 リングの中央で争っていたゴルトスとリヴィアチームの前衛に向かって、白騎士は駆けていた。

 白騎士の移動速度に、誰もが戸惑っただろう。重い鎧を身につけながらも、その速度は歌世のそれに近い。

 リヴィアチームの前衛が、両手剣を振り上げる。

 その横を通り過ぎるようにして、白騎士はリヴィアチームの前衛を一刀両断にした。

 並みの力ではない。

 白騎士の刃が、ゴルトスの首目掛けて突き出される。

 歌世の短刀が、その軌道を僅かに逸らした。

 しかし、次の瞬間、白騎士の刃がそれまでにない速度で翻った。

 歌世は後方へ飛んだが、腰を切られて、上半身と下半身は別々の位置に着地した。

「……ええ?」

 歌世の驚愕の声が、周囲に響く。

 それは、シンタも同じだった。リヴィアという強敵を相手に渡り合っていた歌世が、一瞬で切り倒された。

 ゴルトスを守るために、態勢を崩していたというのもある。しかし、白騎士の攻撃速度は、彼女の想像を遥かに超えていたのだろう。

 刃を振り切った白騎士の頭上に、ゴルトスの鎚が振り下ろされる。

 素早い動作で刃を引いた白騎士が、それを受け止める。

「おかしいよ。こんなの、絶対におかしい」

 ヤツハが言う。

「鎧を着た前衛に、私の魔法が届かない」

 ヤツハの放つ炎と、リヴィアチームの後衛が放つ氷は、白騎士の周囲を守る突風に押されて相手に届いていない。

 ゴルトスは攻撃を諦め、防御に集中しているものの、体のあちこちに傷を増やしていく。

 緑色の液体が何度もゴルトスに降りかかっては、傷口を癒していく。回復アイテムを使っているのだ。

「ゴルトスさん、避けて!」

 ヤツハが叫ぶ。

 その瞬間、雷光が白騎士を包んだ。ゴルトスはすんでのところで、後方へ退避する。

 倒したかと、思った時だった。

 白騎士は俯いて、微動だにしない。全員、固唾を飲んでそれを見守っている。

 その顔が、ふいに前に向けられた時だった。

 白騎士の剣が光って、雷光が放たれた。それは明らかに、魔術師の領分である攻撃魔法だった。

 シンタは、その瞬間に地面に倒れ付した。

 すぐ傍に、ヤツハが倒れているのが見えた。

「……私も、これはお手上げです」

 ヤツハは、情けなさげに言う。

「雷光で驚いてる間に、やられた」

 ゴルトスが、どこか投げやりに言った。

 闘技場に残るのは、二人だ。

 リヴィアと、シュバルツ。

「やはり、来たか」

 リヴィアは、再び剣を振りかぶっていた。炎がその刀身を包んで渦を巻いている。

 その瞬間、魔法によって作られた人間大の氷柱が、雨のようにリヴィアへと降りかかった。

 その前に、シュバルツが立ちはだかる。

 氷の刃がシュバルツの全身に突き刺さっては、治癒法術に負けて吐き出されていく。その姿は、まさに鉄壁だ。

 しかし、瞬きをするような時間で、白騎士は一足飛びにシュバルツとの距離を縮めた。

 白騎士の刃が煌く。

 それは、シュバルツの体を一刀両断にしていた。

 鉄壁を誇る治癒能力者も、そのダメージからは回復できず、地面に倒れ付した。

 その体が崩れ落ちる後方から、リヴィアは白騎士へと剣を振り下ろしていた。

 剣に渦巻いていた天をも焦がす炎は、竜となって白騎士を飲み込んだ。

「凄い」

 シンタは、思わず呟いていた。

 あれもまた、神器なのだろうか。

 剣の神器。それこそ、シンタの欲するものだった。

 竜に噛まれていた白騎士が、動いた。

 そして、炎の中から、一歩を踏み出した。

 その鎧の表面にも、動きにも、ダメージは感じられない。白かった鎧は、返り血を浴びて、赤く染まっていた。

 次の瞬間、リヴィアは、体を両断されて倒れていた。

 そうして、唐突に現れた純白の騎士は、唐突にその場から消えうせた。

「どういうこと?」

 歌世が、呆れたように言う。

「ありえない奴でしょう? ヤツハの魔法を防ぎ、貴女に速度で肉薄し、私の神器に勝る。あれが最近話題になっている、格闘場荒らしってわけ」

「うん、ありえないのは良いけどさ」

 沈黙が、場に流れた。

「リアルで、会議を開こうと思うの。あいつをどうにかする手段は、思いつかないわけじゃないから」

 リヴィアが、思いもしないことを言った。

「私に、その会議に付き合えと?」

 歌世が、物憂げに言う。そして、確信めいた口調で言葉を続けた。

「あいつが乱入するの、さてはあんた、わかってたんでしょう。構成だけ考えれば、持久戦を想定した組み合わせよね」

 リヴィアは、答えない。

「持久戦を望んだ癖に、いざ私を相手にすると熱くなってつい神器を使う。貴女らしいわね」

 歌世と決着をつけることに、途中で目的がすり替わってしまったということだろうか。シンタには、それがあまりにも負けず嫌いな発想のような気がした。

 リヴィアが返事をするまで、しばし間があった。

「あんな奴に、イグドラシルを我が物顔でのさばらせていいと思う? 初心者だって、犠牲になってるのよ。あれは、ゲームを楽しむ者の敵だわ」

 しばしの、沈黙があった。

「……何か、策があるというわけね?」

「ええ」

「ゲームじゃ話せないわけ?」

「ええ」

 歌世は、しばし沈黙した。

「細かい部分は聞いてからにしたいところだけど、いいわ」

 歌世の、深々とした溜息が、周囲に響き渡る。

「リアルで、会いましょう」

 歌世の言葉に、皆驚愕したように何も言わない。

 リヴィアだけが、満足げにしていた。

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