招かれざる客4 VS歌世
リアルで色々とあって、少し時間が経ってしまいました。
リヴィアと歌世の戦いの予定でしたが、ワンクッション挟むことになりました。
MMORPGは、始めた当初は先輩がやたら強く見えるものですよね。
ゴルトスがいつもの町外れに足を踏み入れると、そこにはヤツハしかいなかった。
「一人か? 珍しいな」
普段ならば、ヤツハの傍にはシュバルツがいるのだ。
「シュバルツと歌世さんは、シンタくんと格闘場です。そして私は、映画鑑賞中」
「へえ。歌世の奴、シンタを鍛える気にでもなったのか?」
「逆ですね」
ヤツハは苦笑する。
「シンタくんが、本当に荷持ちしか出来ないか確かめたいって、歌世さんに挑戦したんですよ。歌世さんがシュバルツを連れて行ったってことは、何回も戦う気なんじゃないかなあ」
ゴルトスは、苦笑いを浮かべざるをえなかった。
「相手が悪い。鋼の剣でグルグラックに挑むようなもんだ」
「歌世さんは魔王ですか」
「……どっちかっていうと、遊び人か」
「パラメーターを見ると、レベルカンストした武闘家なんですけどね」
「どちらにしろ、冒険初期の剣士が挑む相手じゃない。それにしてもヤツハ、結構昔のゲームも知ってるんだな」
グルグラックとは、十年前に流行ったゲームに出てくる魔王だ。
「兄がその手のゲームのリメイクが大好きなんですよ」
「……お兄さんって、結構歳離れてる?」
「どうしてですか?」
「お前と年単位で一緒にいるけど、お兄さんがいるって初めて聞いたからな」
「そういえばそうでしたね。ところで、ヴァルハラシステムの噂、聞きました?」
ヤツハは、話を変えた。
兄の話は、鬼門なのかもしれない。ゴルトスは、素直に話をあわせることにした。
「ヴァルハラっていうと、天界にある館だっけ?」
「そう。優秀な戦士の魂は、神様に導かれてその館に行くんです。それに関連したシステムですね」
「ついに、天界マップ実装か?」
「いえ、それがね。地上に作られるって噂なんですよ」
世界観が台無しですよね、とヤツハが言う。
ゴルトスにはさほどそういったことに関心はない。気になるのは、システムの中身だ。
「秀でたプレイヤーのキャラクターと動きを保存して、いつでも挑戦できるようにする、って噂なんですけどね」
「眉唾だな」
ゴルトスは、即座に言った。
「一人の思考パターンを保存するのに、どれだけ手間がかかるやら」
「けど、実現したら面白いですよね。AIの歌世さんが、ばったばったと挑戦者を薙ぎ倒す」
「AIに、駆け引きが出来るとは思えんがね。……ああ、けどそれ、便利かも」
かつて、常に挑戦者に付きまとわれていたゴルトスは、そんなことを思ってしまうのだった。
シンタは、心地良い緊張感が体を満たすのを感じていた。
両手には、ヤツハに譲られた、サイズの大きな剣と盾がある。
場所は、格闘場のリングだ。リングには、バスケットコートが作れるだろうスペースがある。リングの周辺にはレンガの壁があり、外の様子は見えない。
十メートルほど離れた距離に、歌世がいる。
格好はいつもの薄着で、二本の短剣を逆手に持っている。
風が吹いて、彼女の髪を撫でた。
「で、開始の合図はどうします?」
シュバルツが問う。白いコートに身を包んで、右手には盾を持っている。
「適当に出してくれれば良いよ」
歌世は、両手を天に伸ばしてぐっと伸びをした。
その表情が、ふいに真顔になる。
「なあ、シンタ。負けたからってへこむなよ」
「はいっ」
シンタは、元気良く返事をする。緊張していて、その短い返事しか思い浮かばなかった。
ゴルトスほど圧倒的な強さは持たないだろうが、歌世も熟練の冒険者だ。
ならば、その技量はヤツハのように秀でているのだろう。
「それじゃあ、カウント行きます。三」
シュバルツが、高々と宣言する。
シンタは、剣と盾を縋るように握り締めた。
「二」
歌世が腰を落として姿勢を低くし、両手の短剣を構えた。
「一」
シンタの視線が、歌世の視線と重なった。
歌世はどうしてか、哀れむような表情をしていた。
「零」
歌世が、シンタの視界から消えた。
動きは見えた。右へ向かって走っていった。
しかし、その速度は、シンタが想像していたそれより遥かに早い。まるで、放たれた矢のようだ。
シンタは右方向に視線を向ける。
しかし、歌世はいない。
そうと思った時には、地面が視界一杯に広がった。
倒されたのだと言う実感が、遅れてついてきた。歌世は目にも留まらぬ速さでシンタの背後に回りこみ、急所を貫いたのだろう。
「衛生兵、蘇生」
「うい」
歌世の指示に従って、シュバルツが蘇生法術の詠唱を開始する。
「右だと反応したまでは良かっね」
歌世の声が頭上から振ってくる。
空になっていた、シンタのヒットポイントが全快した。シュバルツの蘇生法術が発動したのだろう。
シンタは、ゆっくりと立ち上がった。
歌世を見るその目は、もはや以前の遊び人を見るそれとは違っていた。
「もう一回、良いですか?」
歌世は、片方の唇を吊り上げて微笑んだ。
「おうよ」
二人は再び距離を取って、向かい合う。
シュバルツがカウントを開始する。
「三、二、一」
歌世が、腰を落として姿勢を低くした。
「零」
歌世が駆け出した。
今度は、反応が追いついた。彼女が駆けたのは左方向だ。シンタは視線で歌世を追う。
しかし、無常にも、歌世の姿はシンタの視界から消えた。
このままでは、前回の二の舞だ。シンタは前へと駆けて振り返る。
至近距離に、歌世の顔があった。
シンタは盾を構えて、歌世に突進する。しかし、盾が歌世の体にぶつかる衝撃がない。
避けられた。
相手は右か、左か。判断を間違えば、その瞬間にシンタの命は失われるだろう。
シンタは、背後に退いた。
「反応は良い」
歌世の声は、背後からしていた。
シンタは再び、地面に倒れ付した。
「このゲームは、弱者にも勝つ目がある」
歌世の淡々とした声が、頭上から降ってくる。
「例えば、このゲームでは、防具で全ての急所を守ることは出来ない。モンスターも、プレイヤーもね。急所を狙い、大ダメージを与えて一発逆転をする芽が残されているのさ。しかし、それを考慮しても」
空になっていたシンタのヒットポイントが全快する。シュバルツの蘇生法術のおかげだろう。
「あんたには、時間が足りていない」
歌世の言葉は、シンタの頭の中で乱反射した。
「時間、ですか」
「そう。レベルを上げる時間。技量を伸ばす時間。反応速度を上げる時間。つまるところ、経験値が足りないのさ」
シンタは座り込んで、歌世を見上げる。
背の低い彼女が、今日は大きく見えた。
「センスは良いもの持ってると思うよ。そのレベルで古代遺跡の城でネルソン以外には負けなかったっていうのもそうだし、私の速度にある程度反応したっていうのもそう。きっと君は、優秀なプレイヤーになれる。スポーツ経験、ある?」
「少しだけ」
「そう。ただ今の時点では、まだ対人の一線に立つのは早いのよ」
わかっていたことだった。しかしシンタは、確認したかったのだ。自分の、現状を。
歌世は、しゃがみこんで、気遣うような表情でシンタを見た。
「へこんだ?」
シンタは、首を横に振った。
顔には、笑顔が浮かんでいた。
「歌世さんの強さを知れて、嬉しいです」
歌世は、シンタの想像するより遥かに秀でたプレイヤーだった。
ゴルトスに、比肩するかもしれない。
それがどうしてか、シンタは嬉しくてならなかった。
歌世は、柔らかく微笑んだ。
「……この戦いが終わったら、私やゴルトスであんたを鍛えてあげる。月例大会程度じゃ負けないプレイヤーに育ててあげるよ。パーティーに関しては、シュバルツやヤツハに教わればいい」
「本当ですか?」
シンタの声は、弾んでいた。
「素直だな、シンタくん」
シュバルツが、穏やかな声が言う。
「歌世さんは、鍛えてやったのに月例大会程度で負けたらただじゃおかないと申しておられる」
シンタは、自分の顔に浮かんだ微笑みが強張るのを感じた。
「……リヴィアのギルドの奴なんかに負けた日には、キレるかもなあ」
歌世が、自信なさげに言う。
シンタは、返事が出来なかった。負ける自分の姿を想像するのは、容易かった。
「あはは、冗談だよ」
歌世は、涼やかな声で笑った。
なんとも歌世らしい言い草だった。
それがなんだか心地良いと、シンタは思ってしまったのだった。




