招かれざる客2 ヤツハの世界観解説
この作品は、本来ユグドラシルでまた会おう、となるはずでした。
そんな時、友達に指摘されました。
ユグドラシルってオンラインゲーム今度出るよ。って。
一文字変えても成立するのは便利なものです。
新太は家に帰ると、鞄を机の上に放り出した。
そして、エッグの中に入り、扉を閉め、鍵を閉める。
ディスプレイの起動を待ちながら、グローブを肩まではめ込み、レガースをつける。
足元にも、グローブの内側にも、ボタンが複数ある。それらを押さないように、新太は注意した。
そして新太は、シンタとなって、電脳世界の町外れへと降りていく。
「おっす。今日も早いねー」
ヤツハの挨拶が飛んでくる。本人の姿は周囲にない。商人達の露店でも眺めているのかもしれない。
「そっちこそ」
「ふふ、まあね」
いつものやり取りだ。
彼女の現実の姿を、シンタは知らない。
いつかはそんな話が出来れば良いなと思っているが、今はまだそれが出来るほど親しくはないのだ。
「今日も野良パーティー行ってくるよ」
「仲が良い友達が出来たんだねー。良いことだよ」
しみじみとした口調でヤツハは言う。
それがどこか母親じみていて、シンタは苦笑した。
「私もついていって良い?」
ヤツハが、思いもしないことを言い出した。
シンタは、呼吸が止まりそうになるのを感じた。
いつかは、歌世達とも一緒に遊んでみたいと思っていたのだ。
「歓迎する!」
「ついていくだけだけどね。私も、狩らなくなって久しいから、腕慣らしをしたいなって」
「じゃあ、酒場で待ってる!」
言って、シンタは酒場へと駆け出した。
閑散とした噴水広場を超え、シンタは酒場の中へと駆け込む。
スイとレルは、既に沢山並んだ円卓のひとつを囲んでいた。
その円卓の上には、リューイとシンタ待ちという札が立っている。
挨拶もそこそこに、ギルドの仲間も混ざりたがっていると告げると、二人は快諾してくれた。
「シンタくんのギルドの人、見たことないから興味あるしね」
とは、スイの言葉だ。彼は大学生で、リューイの学友らしい。単位をほとんど取っているので、時間に余裕があるのだそうだ。
「賑やかなほうが楽しいよ」
とは、レルだ。穏やかな気性の人で、パーティーが全滅しても、楽しかったと笑っているような人である。
この気の良い仲間達に、ヤツハが混ざることを思うと、シンタは楽しみで仕方がない。
ヤツハは熟練者だ。色々な話が、聞ける気がした。
そのうち、酒場の扉が開いて、ヤツハのアバターが室内に入ってきた。
黒いとんがり帽子に黒いローブ。そこから浮かび上がるような、透明感のある白い肌。エメラルドグリーンの瞳と黒い長髪は、宝石のようだ。
シンタは、手を振ってそれを呼ぶ。
ヤツハは早足で、円卓に近付いてきた。
その瞬間、円卓の椅子が一個増え、ヤツハはゆっくりとそこに座る。
「ヤツハです。魔術師系列です。レベル差の関係でパーティーには入れないけれど、よろしくね」
そう言って、彼女は穏やかに微笑む。
スイも、レルも、自己紹介をした。
「今日は、どこのダンジョンに潜るの?」
ヤツハの興味深げな問いに、スイが答える。
「ピラミッドから少し進んだ、古代遺跡でレベルを上げようかと」
「ああ、あそこか。お化けが沢山いるところだねー」
スイが頷く。
「ボスもいるから、要注意だね」
ヤツハの言葉に、レルは目を輝かせたように思えた。
「私、ボスって見たことないんですよ」
「凄い強いよー」
答えるのはスイだ。
「前衛が数人で抑え込んで、後衛を何人も揃えて攻撃しないと、倒せないんだ」
「スイくんは、倒したことあるんだ?」
「ギルドの皆でね」
レルの問いに、スイは誇らしげに胸を張る。
ヤツハはそれを、微笑ましげに眺めている。
シンタは、ふと思う。ヤツハは、あれだけの強さを持ったゴルトスの仲間だ。ならば、同じような強さを持っているのだろうか。
しかし、考えてみると、レベル五十のシンタも、彼の仲間なのだ。あの場にいる全員が同じ強さを持っているとは、少々考え辛かった。
それに、強い歌世やシュバルツというのも、シンタにとっては中々に想像し難いものなのだ。
そのうち、リューイが宿屋にやってきた。
四人は、古代遺跡へと移動し始めた。
古代遺跡は、夕闇に包まれている。
かつては賑やかな町だったのだろう。足元には石畳が広がり、所々に花壇の痕跡がある。あちこちには、朽ちて崩れた建物がある。
そこには、人魂型のモンスターや、ゾンビ型のモンスターが闊歩していた。
前衛であるシンタが彼らの標的になり、近付いてくる敵をレルとリューイが魔法と矢で退治する、という戦法で五人は慎重に進んだ。
幸いなことに、敵の動きは緩慢で、対応するのは簡単だった。
再び、前から三匹の敵が襲ってくる。シンタが盾を構え、レルが魔法の詠唱を開始する。
その時、レルが悲鳴を上げた。
振り向くと、レルがゾンビに殴られようとしている。魔術師の真横に、敵が沸いたのだ。
ゾンビの拳が振り下ろされようとしたその刹那、火柱がゾンビを包んだ。
その炎が消えた頃には、ゾンビの姿は、初めから存在しなかったかのように消滅していた。
「落ち着いて、詠唱を続けて」
ヤツハが、優しく言う。
「はい!」
レルが、元気良く返事する。
数秒の後、レルの魔法が発動した。吹き荒れる炎の嵐が、シンタに噛み付こうとするゾンビ達を吹き飛ばした。
ゾンビ達は尻餅をつき、苦しげに喉を押され、最後には消えて行った。
「なんだか今日は、安定してますね」
リューイが、楽しげに言う。
「ヤツハさんが、余分な敵を処理してくれてるからな」
スイが、新しく入った仲間に気を使い、褒め称える。
「皆の連携が良いんだよ」
ヤツハは苦笑交じりに言う。
しかし、スイの指摘は正しかった。彼女の操る炎は、四人を不意打ちから守るだけでなく、襲い掛かってくる敵の量も調節してくれていた。
主役を食うことはせず、脇役に徹する。そんなヤツハを、優しい人だとシンタは思った。
五人は、朽ちた遺跡を歩いて行く。
かつてはここで生活をした人々もいたのだろう。崩れた建物には、古びた書物があり、文明の痕跡が見え隠れする。
「人が暮らしていたのかな」
リューイが、本を拾おうとする。しかしそれは、地面にくっついて動かなかった。雰囲気を出す為の飾りでしかないのだろう。
「ここは、伝承にだけ残っていた、魔物に攻め滅ぼされた王都って設定だからね」
ヤツハの説明に、四人は納得の表情を浮かべる。
「伝承にしか残っていないはずの王都が、突如出現し、そこには化け物が住んでいた。この世界に起こっている異変のひとつってわけ」
「世界に起こってる、異変?」
シンタの言葉に、ヤツハは苦笑した。
「シンタくんって、説明書とか読まない人かな?」
「私、知ってるよ」
レルが元気よく言う。
「じゃあ、説明はレルさんにお願いしようかな」
「うん」
言って、レルは一呼吸置いた。
「この世界には、失われたはずの城や、それまで存在しなかった村が現れたりしています。地形が急激に変わってしまった場所もあります。それは、まるで各地の伝承やおとぎ話が具現化したかのよう。戸惑った各国の王様達は、争いをやめ、事態の原因を突き止めるようにおふれを出しました。それは、この世界そのものである、世界樹イグドラシルを調査する指示でもありました」
「完璧だね、レルさん」
ヤツハは微笑んで目を細めた。
「だから、この世界には、森の中にピラミッドがあったり、温暖な山奥にオーロラが輝いたりするの。年々マップが広がるのは、冒険者が未踏の土地を調査した結果ってわけ」
「肝心のイグドラシルって何処にあるの? 世界そのものって言っても、調査しなきゃいけないんだろ?」
興味深げにスイが問う。
「将来的に追加されるだろう、と目されてるねー」
「じゃあ、目的が達成されないじゃん」
「けどね、クエストで先の展開を匂わせるような話はちらほら出てるよ」
「クエストなんて、やったことなかったなあ」
「中々楽しいよ。特色のあるキャラクターが沢山いるしね。皆でやってみたらどうかな」
「ヤツハさんのお勧めのクエストは?」
リューイが楽しげに聞く。
「そうだねー」
ヤツハは、腕を組んで考え込んだ。
「これは港町のクエストだけど、タカビーで俺様な富豪が、町娘に惚れて苦悩してるってのがありまして。私はそのお馬鹿な富豪がお気に入りです」
次元の歪みだなんだと言いつつ、結構平和な世界観のようだ。
五人はしばし話した後、再び朽ちた町の中を歩き始めた。
看板の落ちた武器屋や、家屋が半壊している宿屋に、望まぬ死を遂げた亡霊達が蠢いている。
「雰囲気でてるよね。私、イグドラシルから抜けられそうにないな」
レルが楽しげに言う。笑いながら、五人は足を進めた。
そのうち、苔に包まれた城門が五人の前に立ち塞がった。
遠くに、かつて栄えたのだろう城が見える。
「ここから先は、出てくる敵のレベルが違うからね。入るのはやめて、もうちょっと周囲で狩ってみる?」
ヤツハが言う。
「私、死んでも良いから、新しい場所を見たい!」
レルが言う。
そう言われてしまうと、リューイも、スイも、付き合ってやろうという気になってしまうのだ。
ヤツハはしばし考えていたが、人数の前に負けたのだろうか。穏やかに微笑んだ。
「激しい戦いになるけれど、私は冒険心のある人は好きだよ」
そう言って微笑むヤツハは、酷く落ち着きのある、年上の女性のように思えた。
ヤツハが城門に触れる。まるで魔物が大きな口を広げるかのように、城門は冒険者を迎え入れた。




