酔っ払い?正義の味方?1 新入りと古参と
以前書いた作品に、あれこれつけくわえながら書いていこうと思います。
その町は、高い外壁に囲まれていた。
外から迫り来る獣を遮断するためのものだ。
しかし、そんな物を意に介さず入り込むものがある。
それは、風だ。
レンガ造りの町並みを、春風が駆けて抜け、草木を撫でていく。
それは、彼らの集まる町の外れにも届いていく。
狩猟をするには絶好の天気だとシンタは思う。
しかし、彼の仲間達はそうとは思っていないらしい。
歌世は空中に浮かんだ透明なディスプレイに向かって一心不乱にタイピングしているし、ゴルトスに至っては、鉄の鎧に身を包んだまま、斧の柄を枕にして眠ってしまっている。
シュバルツとヤツハは、地面にカードを複数枚広げて、なにやら熱心に眺めている。
そのうち、シュバルツがカードを一枚地面に置いた。そして、その横にあるカードを一枚拾い上げる。
「はい、このカード貰い」
「ああ、私の切り札が」
ヤツハは、情けない声を上げた。その頭上のとんがり帽子が、小さく揺れた。
歌世の使っているディスプレイは、どこにも線が固定されなければ、それを支える台もない。空気中に固定されているかのように、その場に浮いている。
それもそのはずだ。そのディスプレイは、実際には存在しないものなのだから。
ここはネットワークゲーム、イグドラシルの中だ。
二千三十五年、ゲーム業界はエッグという名の異端児を産んだ。
それは、体感型を売りにする新たなゲームハードだった。ハードというよりは、ゲームセンターに置かれるような筐体に近いそれは、卵のような外観の中に人をすっぽりと包み込んで別世界へといざなう。
腕の動きを読み取るグローブ、足の動きを読み取るレガース、足元と指先に設置された数多くのボタン、視線や表情を読み取るカメラ、様々な装置によって、エッグはプレイヤーの動きをゲーム世界に反映させるのだ。
価格の高さから最初は購入を躊躇っていたユーザーの多くも、次々と書かれるレビューによって、その背を押された。
エッグで味わえる臨場感は、他のゲーム比ではない。評判はさらなる評判を呼び、ソフトも次々に開発された。
そんな中で発売されたのが、イグドラシルオンラインという名のMMORPGだった。
シンタの視界に映っているのは、そのイグドラシルオンラインの世界なのだ。
つまるところ、真剣にタイピングをしている歌世も、現実世界では、外から遮断されたエッグの中で、グローブとレガースをつけて書類と睨めっこしていることになる。
「レベル上げとかしないんですか?」
シンタが、呆れ混じりに言う。
シュバルツとヤツハが意味ありげに笑い、歌世が顔を上げた。彼女の金色の目は、瞳孔が縦長になっていて、まるで猫である
歌世は、彼女は頭上の猫耳を小さく動かして、ホットパンツから惜しげもなく出している白い足を組んだ。その外観も、この電脳世界のためにあるただのアバターでしかない。
「ゲームは楽しむのが一番よ」
「歌世さんがやってるのは仕事でしょ」
シュバルツがからかう。
ゴルトスは、本当に寝入っているのか身動きひとつしない。
「ゲームの空気を楽しんでるんです」
ここは、ゲームの世界だ。だから、ゲームの本筋から外れたミニゲームや、書類整理に熱中している彼らを、シンタは今ひとつ理解出来ない。
「シンタくんを手伝ってあげたいけれど、私は魔術師だから、邪魔しか出来ないなあ」
そういうヤツハは、黒いローブに黒いとんがり帽子といった、いかにも魔法使いらしい格好だ。
シンタは初めて、彼女が魔法職に就いているのだと知った。
服装は自由に選べるゲームなので、外見から人の職は計れないのだ。
だからシンタは、彼らのレベルも、職業も、未だに正確には把握しかねている。
そもそも、彼らがモンスターを狩りに出かけたことはあっただろうか。シンタのログインしている時間内では、なかったように思えた。
MMORPGでは、不特定多数のプレイヤーが、サーバーの中に用意された世界に集まり、その中で様々な行動を取る。用意されたモンスターを退治するもよし、人と交流を取るもよし、観光に出かけるもよし。
しかし、その中でも、仕事を持ち込む人間や、ただ睡眠を取っている人間や、エッグに備え付けのミニゲームを楽しんでいるような人間は珍しいだろう。
「たまにいるんだ、そういう連中」
新太が授業の合間にゲーム仲間達のことを愚痴ると、クラスメイトの金田は苦笑交じりに言った。
彼は次の時間の提出物を、今更必死にこなそうとシャープペンシルを走らせている。
「イグドラシルも、発表されて八年になる老舗のゲームだからさ。レベリングに飽きた連中はそこらにいるのさ」
「入るギルド間違ったかなあ」
ゲームの中には、ギルドという集団がある。同じギルドのメンバーとは、どんなに離れていても会話が出来る。それは、一緒に遊ぶ上でも、情報を収集する面でも、大きなメリットになるはずだった。
しかし、新太は未だに、仲間からそれらのメリットを得た覚えはない。
戦争を好むギルドや、対人を好むギルドもあるのだが、そういった激しいギルドに新太は入る気がしなかった。だから、それがないと説明された今のギルドに入ったのだが、その判断は早計だったのだろうか。
「いいんじゃないの。どうせお前のキャラ、まだレベルが低いだろう?他のギルドに入ったって、相手にされないのがオチさ」
「そういうお前はどうなんだよ」
金田の手がぴたりと止まる。その頬が緩んだかと思うと、彼はポケットからパネルフォンを取り出して、画面を素早く叩き始めた。
その時、新太のパネルフォンが震えた。ポケットからそれを取り出すと、金田からのメールが届いていた。
メールに添付されていた画像ファイルは、烈火の騎士というキャラネームと、キャラクターの画像と、九十五というレベルが書かれた名詞だった。
「レベル十五そこそこの君とは年季が違うのだよ、新太君」
そう言われてしまうと、新太は面白くない。金田は満足そうにその反応を見ると、再び勢い良くシャープペンシルを動かし始めた。
無常にも、次の時間の開始を告げるチャイムが鳴った。
「シンタくんって言ったっけ。新しく入った子」
イグドラシルの世界の草原で、ゴルトスが言った。
ゴルトスは、壮年の男性の姿をしたアバターだ。逞しい体格を鎧で包み、顎には髭を蓄えている。髪には白髪が混ざり始めていた。
「うん、シンタくん」
傍に座っている歌世が、歌うように答えた。
その声の涼やかさに、ゴルトスは僅かに目を細めた。
姿も名前も、仮のものを使うこの世界だが、マイクに拾われる声だけは偽れない。
だから、ゴルトスも、重々しい外見には似つかわしくない軽い声をしている。
「可哀想じゃないかな」
「可哀想って?」
「だって、俺らじゃ彼に付き合ってあげれないでしょ」
「うーん、きっとヤツハちゃんと歳が近いんじゃないかな。レベルが上がったら、一緒に遊ぶかもしれないし」
「レベルが違いすぎると思うがね」
歌世が言葉に詰まった。ゴルトスの考えたようなことは、既に歌世も感じていたのだろう。
「というか、ギルドメンバーを増やす気になったのが、俺は驚いてるよ」
「つい、ね。だって彼、筋が良いのよ」
歌世が、誇らしげに言う。
「スライムの急所を的確にスパスパ斬っててさ」
「補正がついてたんじゃないのか?」
このゲームでは、キャラクターのパラメーターを上げれば、行動に補正がつく場合がある。技量のパラメーターを上げれば、急所を逸れた方向へ放たれた攻撃も、補正を受けて急所を捉えるようになる。
「私も、それを思ったの。そんな補正がつくレベルなら、スライムなんて倒しても美味しくないよなって。それで話しかけてみたら、プレイし始めたばっかりだったのよね」
「へえ。初心者が、動き回るスライムの核を、的確に、か」
「将来有望でしょ?」
「スポーツでもやってたのかもなあ」
「で、伸びてくのが楽しみだと思って、ついつい誘っちゃったのでした」
「相変わらず、有望な新入りが好きだな、お前は。昔は、そういう人間を鍛えてたよな」
その中には、引退してしまったプレイヤーも多くいたが、熟練の冒険者となり未だに歌世を慕っているプレイヤーもいる。
「私もなんだかんだでゲームは好きだし、筋の良い人は好きだから」
「鍛えるのか?」
「そんな気力は、もうないかなあ。きっとね、彼はそのうち巣立っていくよ。この世界を冒険する、気の会う仲間を見つけてね」
「まあ、相手がこのゲームにはまるって根拠もないけどなあ」
そこを見誤って、彼女が落ち込んだケースを、ゴルトスは何度も見ているのだ。
「いいんだ。どうせ私は世話焼きおばさんさ」
「おばさんって歳でもないだろう」
「あのね、ゴルトス。私が可愛らしい学生さんだったのは、もう昔のことなんだよ? 小学生ぐらいに言わせれば、おばさんって歳さ」
このゲームを始めたころ、歌世はまだ若い学生だった。けれども、今では立派な社会人だ。
「早いもんだ」
「まったくね」
古参プレイヤー二人は、しみじみと語ったのだった。
「この八年で、余計な荷物を背負いこんじまった感があるな」
ゴルトスが、呟いた。
「……今は、平和さ」
歌世が、慰めるように返した。