召使
暗いです。話の冒頭なので救いが無いです。
馴染んだ人々に、こんな風にされるとは思わなかった。
召使仲間からは邪魔にされ、主夫婦からは悪魔を見るような視線を向けられるようになってしまった。
胃の辺りがちくちくと痛い。
夜、押し付けられれた仕事をやっとのことで片付けて眠ろうとしても、胸がざわざわとして寝付けなかった。
誰からも好かれないという悲しさ。生まれついてしまった宿命なのだろうかとくやしかった。
教えなければよかった。坊ちゃんの何気ない一言が、平安をあっさりくずしてしまった。
すべすべとした枕カバーとも、そのうちにお別れだろう…。あと何日この生活が続くのだろう。周囲の目線に耐えるほうが汚泥の中に戻るよりはマシなはずなのに、ひどく辛かった。
一度幸せを味わってしまったら、地獄には戻りたくないじゃないか。なんてことはない。たいした事ではない。そう自分に言い聞かせながらも、どこか釈然としなかった。この生活が終わらないでほしいと願う傍らで、早く終わってほしいという悲鳴が聞こえた。
夢のなかで兄にあった。何の表情もなく、こちらを見ている。助けて、そう叫びそうになって思いとどまった。
もう、どうあっても助けてはもらえないのだ。
あの日、兄は役人に捕まってしまった。果物一個で。私のために。
貴族のお屋敷の門で商人が荷駄を止めて使用人と交渉していた。荷駄の横のほうで、果物がこぼれていた。地面に転がった熟しきった南国の果物は半分潰れていた。
もう商品になんかならないだろう、そう言って兄は果物を拾いに行った。私はひどくお腹が空いていて、喜んでそれを見ていた。
豪邸の高い鉄柵の中から、泥棒だ、と言う叫び声があがった。私は兄に向かって駆け寄った。門番の男の低い声が、すごく怖かった。
兄は手に持っていた果物を振り落としたが、夕焼け色の果肉と果汁がべったりとくっ付いていた。
役人に引き渡された兄は戻ってこなかった。
私は、あのお屋敷の使用人に連れられて王都を出た。
小さな森に囲われた邸宅につくと、怖そうな大きなおばさんに引き渡された。
それから、十年もたった。もう、ここが居場所なのだと思っていた。
おばさんはもういない。厳しく躾けられて憤った日もあったけれど、時々内緒で主達の残したお菓子を口に入れてくれた。
いまさら、ここを出て向かう所なんてない。行きたい場所なんて兄の所しか思いつかないが、生死も分からない。確かめたくもなかった。
泥棒で捕まったら手首を斧で切り飛ばされると知ったときは、おばさんに叩かれるまで一ヶ月の間泣いてばかりいた。手が、いつでも優しくつないでくれていた兄の手が、無くなっている姿が頭から離れなくて。
小さな妖精が呼び出せるのは、そんなにもいけない事なのか。小森の邸宅には時々神父様が来て、使用人たちにも様々な事を教えてくれたが、そんなことは言ってなかったのに。
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