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冷笑主義  作者: 不二 香
第二章 中編 GENOCIDE
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GENOCIDE-13. Gloria




 教皇の不在を長引かせるわけにいかなかったヴァチカンは、1492年8月6日、システィーナ礼拝堂に枢機卿たちを集め、法王選定会議コンクラーヴェを始めた。

 候補は四人。

 ミラノのアスカーニオ・スフォルツァ枢機卿。ヴェネツィアのチボー枢機卿。ナポリのデッラ・ローヴェレ枢機卿。ヴァレンシアのボルジア枢機卿。

 礼拝堂の広場には、会議の噂を聞きつけた市民たちが溢れんばかりに集まっていた。

 聖ペテロの後継者が決まる瞬間を自身の目で見ようというのだ。

 投票は、枢機卿たちが教会の個室に入り、天からの霊感によってなされる。

 しかし一度目の投票で票は割れ、法王の冠を頂く者の名は告げられなかった。二日後行なわれた再投票でも、決まらなかった。

 そして三度目の投票。

 いよいよ市民は待ち疲れ、広場に残っている者の数は少なくなっていた。我らは天に見捨てられたのかと、落胆の色を濃くしていた。教皇がいなければ、混沌が訪れる。現に、先の教皇が逝去してから事件は日々増え、血の匂いは濃くなるばかりだった。そのうえ、教皇さえいなければとこの地の占領を目論んでいる輩も多い。不安に塗り潰された祈りは蜘蛛の糸の如く細く強く、しかし人々はうつむき顔にかげを落としていた。

 一方、礼拝堂の中では枢機卿たちがぽつりぽつりと個室を抜け出し、新たな取り引きが行なわれ始めていた。莫大な富、地位が水面下で動き、誓約が交わされる。そうして未来への道は敷かれていった。


 ──朝。

 川岸に広がる森の鳥たちが鳴き始め、薄青の幻想が広がる頃、礼拝堂の煙突から白い煙が上がった。

 そしてまばらに祈る人々の頭上に聖なる十字架が掲げられる。

 その後しばらくして、民が見上げたバルコニーに聖衣の僧が現れ、高らかに祝福を告げた。

 とうとう次代の教皇が決まったのだ。

 人々は手を取り合い歓喜に叫びあった。

『我らは救われた!』、と。


 長き投票の末、選ばれたのはヴァレンシアのロドリーゴ・ボルジア枢機卿。

 これが新たな時代の幕開け、アレッサンドロ六世の誕生であった。




 そして今日はその新教皇の下、ユニヴェールの手先へと失墜したセーニの処刑が行なわれる予定になっている。

 会場は大聖堂前の広場。そこには今朝からローマ市民たちがわいわいと集まってきていて、中にはパンや揚げ菓子を売っている者までいる。着飾った貴族たちも、昇り来る太陽の陽射しに羽の扇をかざしている。

 ざわざわとざわめき時折笑い声が響く様は、祭りかと見間違うほど。

 広場の中心の処刑台にはすでにセーニがくくりつけられていて、彼女は平面な眼差しを民衆に向けている。

 そして壁際の日陰には枢機卿たちも勢ぞろいし、審問官が現れるのを待っていた。


 ──同じ頃。


 執務室の扉を開け廊下に一歩出ると、クレメンティはふと振り返って上を見上げた。

(可笑しなものだ)

 慣れてしまったはずの天井画。しかしこれで見るのも最後かと思うと、離れ難く、初めて目にした時の感覚を思い出した。

 刑場ゴルゴタへと向かう哀れなキリストの歩み。それを見守るシオンの娘たち。

 その寒々しく深い嘆きの絵に圧倒され、口も聞けなくなった。身体は震え意のままにならなくなり、ただ呆然と立ち尽くした。

 あの一瞬だけ、自分は神に仕えているのだと誇りに思った。いつの間にか教会に仕え自分に仕えていたが。

(過ぎたことだろう)

 感慨を払いのけ、彼は部屋を後にした。

 大聖堂前の広場ではパルティータの処刑が行なわれているはずだが、聖堂の更に奥に建っている教皇庁の廊下にはその喧騒などごく微かしか届かず、そこは静寂に等しい。

「さて」

 クレメンティは大きく息をつき、正面の入り口へと、一歩一歩赤絨毯を踏みしめて行った。

 窓からはまばゆいばかりの光が差し込み、彼の行く手が白く煙っている。

 高く丸天井を支える柱はアーチを描いて林立し、その足元に並ぶ何人もの聖人が石の微笑を投げかけてくる。背景となる壁には、どこまでも続く天地創造からのフレスコ画。

 改めて見れば、歴史の重みに潰されそうになる。

 彼はもう一度大きく息を吐こうとし──

(…………?)

 立ち止まり、眉を寄せ耳を澄ました。

 靴音が聞こえたのだ。

 絨毯を踏む、くぐもった靴音が。

 しかし周囲を見回しても誰もいない。

(衛兵は皆、広場に駆り出されているのでは)

 枢機卿団も聖職者たちもセーニの処刑に立ち会っているので、この建物内にいるのはお払い箱のクレメンティひとりのはずだった。もともとここに出入りする人間は多くないわけでもあり。

 いぶかしく思った彼は速度を速め、入り口のホールへと向かった。

 胸の片隅に、得体の知れない焦燥がくすぶっている。前へ前へと身体を駆り立てる焦燥。

 だが同時に背を向けたい恐怖にも襲われる。

 見てはいけない、早くこの場を離れるのだ、そう誰かが囁いている。何もかも見ないまま、知らないまま、この喜びと栄光に満ちた時間から身を引きがし、誰の叫びも聞こえない荒野へ旅立った方がいい……。

 しかし彼は勢いのままホールに踏み込み──

「──!」

 目を見開き、たたらを踏んだ。

 驚愕も絶望も忘れて、眼鏡の奥の琥珀はホールの奥、ただ一点を見つめた。

「そんな」

 彼の手から聖書が落ちて重い音を立てる。

 無意識に、首から下げた金のロザリオを握り締める。

(神よ……あなたは──)

 クレメンティの目には、ひとりの男の姿が映っていた。

 教皇庁に静かな足音を刻みながら、ホールの奥、地下階段からゆっくりと昇り来る男。

 乱れのない銀髪、斜に構えた紅の双眸、蒼白い死人の細面、そして長身痩躯を包んでいる闇織りの黒衣。

 靴音が響くたび、聖なる建造物に厳格な“死”の気配が満ちてゆく。

 会ったことなどなくとも、直感で分かった。

「──シャルロ・ド・ユニヴェール」

 かろうじて声になったその言葉に、吸血鬼の鮮烈な紅が彼を見る。

 だがそれはすぐに逸らされ、階段を昇りきった化け物は真っ直ぐ入り口を目指し歩き始めた。

 四方から燦然さんぜんと降り注ぐ夏の陽光が、死人の無表情を照らし黒衣の翻る様を照らす。森の中を散策するように、しかし聖なる墓地にくさびを打つように、足音は軽快にそして重く響く。

 ホールを囲む十二使徒の彫像が、無言のまま男を通す。

 化け物が目の前を過ぎる時、クレメンティは片膝をついた。手は胸へ。

「…………」

 死は、正面を向いたまま通り過ぎてゆく。

 ──負けたのだ。

 誰も皆、敗北したのだ。彼に刃を向けた者はすべてて、彼に負けた。


 ヴァチカンはソテールを失いフリードを失い、デュランダルも今や用をなしていない。

 他方、暗黒都市はユニヴェールが滅びることを前提に彼を裏切り軍を与えず孤立させた。しかしパーテルからの報告によると、ヴィテルボを包囲しただけで帰還した暗黒都市の軍勢を、三使徒が壊滅させたという。そのうえユニヴェール自身が甦ってしまったとあっては、暗黙的に主従関係が逆転するのは避けられまい。

 吸血鬼が表だって報復するとは思えない。しかし負い目のある暗黒都市は、当分彼の言葉に逆らえないだろう。

“貴方がたはユニヴェールの左頬も殴ったのです”

 今更になって、セーニの言葉が思い出された。

 そうだ。この化け物は、自らの左頬を殴らせて光を殺し、そして闇までもを殺したのだ。

 “どちらでもない”──どちらの味方でもない──それを双方に知らしめるため、吸血鬼は光と闇が互いに手を組み己に牙をいた瞬間、その両方を叩きのめしたのだ。


 全てはこの男のはかりごとだったのか?

 違う。この男は、滅び、そして戻って来ただけだ。しかしただそれだけのことなのに、光も闇も息の根を止められた──。


「クレメンティ枢機卿」

 数歩行ったところで、吸血鬼が突然足を止めた。

 顔を上げると、つまらなそうな赤い目が振り返った肩越しに彼を見下ろしていた。

「パルティータはどこかね?」

「……大聖堂の広場で、もうすぐ処刑かと」

「なんと。それは急がねばなるまいな」

 ユニヴェールが、扉開け放たれ光の差し込む入り口を見、眩しそうに目を細める。

 そして再び振り返ってきた。

「ところで貴様、──まだる気はあるか?」

「…………」

 突然の問いに詰まったクレメンティは、だが、答えを心待ちに輝いている化け物の視線に気付き、目を伏せ微笑しすぐさま告げる。

「もちろんです」

「──ほう」

 吸血鬼が唇の角を吊り上げて満足げに笑った。

「では生かしておいてやろう」


 この世は“死”に支配されている。

 狂気と欲望と裏切りが生み出した、巨大な死に。

 それでもなお人々が生き続けるのは、その死がまだ、我々に絶望していないからだ。

 神が“ノアの方舟”の如く人の裏切りに怒り人を見放そうとも、この化け物は自らの立つ広大な劇場を手放そうとはしないだろう。どれだけ世が腐敗しようとも、どれだけ混沌が深まろうとも、彼は手を叩き、時に冷笑しながら飽きもせず眺めているはずだ。

 世界を正そうとする神に対し、彼は何としてもその介入を阻止し、行き着く先を確かめようとするだろう。

 もしかしたら、この男に捨てられた時こそ、世界は本当の意味での終末を迎えるのかもしれない。

 空虚な、終わりを。


 遠ざかる“死”の後姿が光の中に消えてゆく。

「…………」

 それを見送りながら、あの男がこれからやらかすだろうことに思いを馳せ、クレメンティはニヤリと笑った。




◆  ◇  ◆




 広場は満員御礼だった。

 聖なる魔女の処刑を一目見ようと、ひしめきあう人間の群れ。群れ。群れ。

「狂っている」

 白銀の鎧兜を身に付け槍を持ち、処刑台にやや近い壁際で直立不動の警備をしながらヴィスタロッサはつぶやいた。

 新教皇は手に入れた力を試したい、あるいは見せ付けたいのだろう、彼は各地から聖騎士やクルースニクを集め、そこかしこに配置していた。なるほど、一見壮観だ。

 十字に剣を交えたクルースニク紋章の白服が、無機質な仮面をつけてずらりと並んでいる。きらきらと輝く聖騎士たちが天に向かって槍を刺している。陽光を受けて光る穂先は鋭く、闇など一突きで打破できそうな夢を運んでくれる。

 だが、パーテルに現れた非公式隊デュランダルの気配はない。

 処刑台を見つめる枢機卿団の中に、全ての糸を引いていたというヴァレンティノ・クレメンティの姿もない。

「地位を追われたか?」

 澄ました顔をしている聖職者たちだが、これから新教皇の意向によってどんな民族大異動が行なわれるか分からない。どんな高い地位をもらえるかとわくわくしている者も含め、胸の内は誰も穏かではないだろう。

莫迦バカめらが」

 ヴィスタロッサは兜の中でフンッと笑った。

 するとその直後、民衆のざわめきが少しだけ引いた。

「……?」

 怪訝に思い意識を戻すと、火刑のため括られたセーニの下に、ふたりの異端審問官が歩み寄るところだった。何百という視線が集まり、彼らの一挙手一投足を追う。

 いよいよだ……そんな人々の盲目な高揚が手にとるように感じられて、正直どこか怖い。

「汝は尊い身分でありながらヴァチカンを脱走、その後かの吸血鬼シャルロ・ド・ユニヴェールに仕え、先のヴィテルボ事件を引き起こした」

「前述二項は認めますが、最後のものは身に覚えがありません」

 罪状の読み上げに口を挟んだパルティータに、金髪の異端審問官──ハインリヒ・クレーマーが眉尻を吊り上げた。

「黙りなさい」

 クレーマーの言葉に合わせてバンッと説教台を叩いたのは、小太りのヤーコプ・シュプレンガ-。彼らは先のインノケンティウス八世下、「魔女の槌」を著した有名人である。

「貴女が偉大なるインノケンティウス三世の血を残すセーニだったとは、世も末です」

 大袈裟なため息をついて、クレーマーが首を振った。

「貴方たちがまだ異端審問官をやっていたことの方が、驚きです」

 真正面を向いたまま、パルティータは言った。

 彼女のまとう衣は白、一本の木に後ろ手に括り付けられ、足元にはまるで芸術作品のように木々が組み上げられている。

「貴女がユニヴェールにくみしていた罪は重い」

 クレーマーがパルティータを無視して朗々と言い放った。

 それを聞き、押し合いへし合いしていた民衆が大歓声を上げて手を叩く。新しい教皇が見下ろす大聖堂のテラスからも、拍手がこぼれた。

 千切られた紙が吹雪のように舞い、口笛が吹き鳴らされる。

 そんな人々の頭上を、漆黒の粉をこぼしながら烏揚羽カラスアゲハがひらひらと飛んでいった。

「…………」

 ヴィスタロッサは途中までそののんびりした姿を追い、我に返るとすぐに広場へと目を戻す。

「教会に背いた罪は重い」

 黒い僧衣に身を包んだ審問官が罪名を連ねるたび、熱狂的な喝采は更に大きくなる。

 それはまるで彼の声こそが魔であるかのように。

「神を裏切った罪は重い!」

 クレーマーの冷ややかな目が民を促す。

 応えるように歓声や罵声が渦を巻き、広場は華々しい騒乱に包まれる。

(狂っている)

 人々は皆、くらい影が漂っていた過去を振り払おうとしているのだ。

 神の思し召しによって天の国へと続くはずの“白き死”が、“あの男”の存在によって黒く染められた過去を忘れ去ろうとしている。

 この狂宴に身を委ね、幸福な“死”の前に立ちはだかる“死の恐怖”を捨てようとしている。

「おまけに民を魔物に差し出すとは」

 段上では審問官がまだ何か言っていた。

「だからそれはお金に誓って違いますって──」

 パルティータの反論が、抑制の効かない大喚声にかき消される。

 もはや何言も無意味だった。

 広場を支配しているのは、頭が馬鹿になりそうな大音量。

 そしてともすれば意識さえ奪われそうな、照りつける陽射しの熱さと人々の熱気。

 空気は陽炎となって揺らめき、視界がチリチリと焼ける。

 ──が、

「神は君たちの味方かね?」

 突如、怜悧れいりな声音がそれらを切り裂いた。

 それはクレーマーの足元、処刑台の最前列から。

「なんだ貴様──……は……」

 水を差され顔をしかめた審問官が、声の主を睨み、凍り、後退り、語尾を消した。

「疑いはないかね?」

 言いながらその男は、招かれもしないのに処刑台への階段を登ってくる。

 ゆっくり、靴音をわざと響かせて。

 クレーマーは顔を強張らせて少しずつ後ろに退がり、シュプレンガ-が処刑台から落ちた。

(シャルロ・ド・ユニヴェール!)

「遅い」

 ヴィスタロッサが信じられぬ思いでその男の名を呼んだのと、処刑台のパルティータがさも当たり前そうにつぶやいたのは、ほぼ同時。

「私はお前の小間使いではないんだよ」

 男が牙を見せて笑う。

 その黒衣が見えるようになるにつれ、群集は声と色を失っていった。狂乱はざわめきになり、ざわめきは囁きになり、囁きは沈黙になり、沈黙は蒼ざめた静寂となる。

 民衆を取り囲むように立っていた衛兵も、緋色の枢機卿団も、口を開けたきり動かない。

 音を、その黒衣が全て取り込んでしまったかのようだった。

 しかし彼は観客などには目もくれず、パルティータに向かって一枚の羊皮紙を突きつけていた。

「ここに新しい契約書がある。署名したまえ」

「えーと」

 彼女が契約内容に目を通そうと身を乗り出した瞬間、

「…………」

 紙はさっと引かれる。

「……見えないんですけど」

「見えなくても構わないから署名したまえ」

 いつの間にか男の左手にはインクのついた羽ペン。

「手が使えないんですけど」

「セーニなんだから手が使えなくたってなんとかなるのでは?」

「セーニは魔法使いではありません」

「なんと使えない。アスカロン、解いてやれ」

「セーニだってことを隠してたのを根に持ってるんですか」

「誰がそんなことを言った?」

「しつこい男は嫌われます」

「あっさりしている奴に欲しいものなど手に入れられるか」

 いつの間にか、彼女を縛っていた縄が解けていた。

「さぁ! 早く!」

「…………」

 彼女が渋々署名した途端、

「はいご苦労」

 吸血鬼は紙をかっさらいクルリとクレーマーに向き直り、今度は彼にその紙を突きつける。

「というわけで、他人の家の使用人を主に許可なく処刑するとはいい度胸だ」

 男の白い手が、クレーマーの首元を掴んだ。

「なっ……!」

 ずぃっと顔を近付けめつける。

「持って帰るが、いいかね?」

「仕事に戻るけれど、いいですね?」

 パルティータも両手を腰にあてていた。

 しかし返ってきたのは、

「シャルロ・ド・ユニヴェール……何故……」

 途切れ途切れの喘ぎだけだった。

「何故? そんなことも分からないのか、貴様は」

 輝かしい夏の陽光の下、吸血鬼がクレーマーを放り出す。

 彼の視線は水を打ったように静まり返る広場を見下ろし、卒倒しかけている枢機卿団を見下ろし、教皇のいるテラスを見上げ、クレーマーへと戻ってきた。

「それは、私だからだ」

 ミもフタもない言葉と同時、群集を割って馬車が来る。艶やかな青毛馬の引く、御者が黒尽くめの、黒塗りの馬車。この暑いのに、黒、黒、黒。

「卿~、パルティータ~、お迎えに上がりましたよ」

 不気味なアイラインの御者が、呑気な調子で手を振る。

 それを一瞥し、吸血鬼がメイドを抱え上げた。

「ユニヴェール!」

 それを叫び引き留めたのは、説教台に寄りかかっているハインリヒ・クレーマー。

 その異端審問官はよろめきながらも一人で立ち、鋭利な目で吸血鬼を見据える。

「我々は、いつか必ず貴様に神の裁きを受けさせるだろう」

「……どうかな?」

 無表情のユニヴェールが、軽くあごをしゃくった。

 振り返ったクレーマーの動きを追ってヴィスタロッサもそちらを見やれば、そこに並んでいたはずの枢機卿団の姿はすでになく、仰いだテラスにも人影はなし。クルースニクたちが動く気配もない。

「…………」

「しかしそれでもその志なら、やればいい」

 死して甦り、滅び甦った化け物が、紅の双眸を細めた。

「滅ぼせるものならば、滅ぼしてみろ」

 馬車のために開けられた門から突風が吹き込み、黒衣が大きくはためく。

 聖なるヴァチカンの真ん中で、おそれに伏す大群集を前にして、男は笑った。


「いつでも受けて立ってやる」




校正時BGM:Veigar [Revelations] Two Steps from Hell[Everlasting]

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― 新着の感想 ―
[一言] いやー、熱い。この展開は熱いですね。 何というか、予想出来たけどそれでも尚良いと言える、つまりは王道って事ですね。
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