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『断罪予定の悪役令嬢に転生したのに、婚約者が未来を知っていて全力で溺愛してきます』

作者: 藤桜水琴
掲載日:2026/04/25


『断罪予定の悪役令嬢に転生したのに、婚約者が未来を知っていて全力で溺愛してきます』



目を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、見慣れない天蓋付きのベッドと、金糸で刺繍されたカーテンだった。


ゆっくりと瞬きをするたびに、頭の奥で記憶が溶け合っていく。


柔らかな香油の匂い。遠くで鳴る鐘の音。床を歩く軽やかな足音。


そして――自分が「誰か」ではなく、「何か」に上書きされている感覚。


「……ここ、どこ?」


喉から漏れた声は、自分のものではないほど澄んでいた。


その瞬間、全てを思い出した。


徹夜でプレイしていた乙女ゲーム『ラスト・ロイヤル・ローズ』。


華やかな王宮を舞台にした恋愛シミュレーションで、ヒロインが王太子に愛され、悪役令嬢が断罪される典型的なルート。


そしてその悪役令嬢の名前は――


「アレクシア・フォン・ルーヴェルト……」


公爵令嬢。


容姿端麗、才色兼備。


しかし嫉妬と傲慢により、卒業パーティーで婚約破棄され、社交界から追放される“確定破滅キャラ”。


「嘘でしょ……よりによってそこ?」


思わず額を押さえる。


前世の記憶では、このルートはどうあがいても避けられない「固定イベント」だ。


王太子エドヴァルド・アシュフォードに公開断罪され、ヒロインの踏み台として終わる。


そしてその後のアレクシアは――事故死。


救いなし。


バッドエンド確定。


「いやいやいやいや、無理でしょ」


私はベッドの上で本気で頭を振った。


だが、混乱の中でも一つだけ確かなことがある。


“ここはゲームの世界で、自分は悪役令嬢に転生した”


ならばやることは一つだ。


「目立たず、関わらず、フラグを折って生き延びる」


完璧な回避計画。


婚約者である王太子にも深入りしない。


ヒロインにも近づかない。


社交界では空気になる。


これでいい。


これしかない。


そう決意した、その瞬間――


「アレクシア」


低く、よく響く声が部屋に落ちた。


心臓が跳ねる。


振り返ると、そこには金の髪に蒼い瞳を持つ青年が立っていた。


王太子エドヴァルド・アシュフォード。


ゲームでは冷酷で完璧、感情の読めない攻略対象。


だが今目の前にいる彼は――どこか異様だった。


視線が、熱い。


まるでずっと探していたものを見つけたような目。


「……殿下?」


私がそう呼ぶと、彼は一瞬だけ目を細めた。


そして、静かに歩み寄ってくる。


距離が近い。


近すぎる。


「昨夜は眠れたか?」


「え?」


「悪夢は見なかったか、と聞いている」


まるで恋人に向けるような声音。


ゲームには存在しなかった会話。


「……いえ、普通に寝てましたけど」


そう答えた瞬間、彼は小さく息を吐いた。


安心したように。


そして――当然のように、私の手を取った。


「ならいい。未来では、君はよく悪夢にうなされていたからな」


「……未来?」


背筋が冷える。


彼の指が、私の手を包む温度だけが異様に現実的だった。


「君も覚えているだろう。卒業式の日のことを」


その言葉で、空気が凍る。


卒業式。


断罪イベント。


婚約破棄。


そして破滅。


「まさか……」


私が言葉を失うと、彼は静かに笑った。


その笑みは、優しすぎて逆に怖い。


「そうだ。私は“知っている”。この世界が一度終わった未来を」


――転生者。


いや、それ以上。


“未来の記憶を持つ王太子”。


私は思わず一歩後ずさった。


彼はそれを追うように、距離を詰める。


「君はあの時、何も言わずに消えた」


声が少しだけ低くなる。


「社交界から追放されたあと、事故死した」


「……っ」


「その瞬間、私は理解した。私は間違えていた、と」


彼の蒼い瞳が、まっすぐに私を射抜く。


「君を“悪役”だと思っていたことが」


呼吸が詰まる。


ゲームでは描かれなかった真実。


悪役令嬢の内側。


努力も、誇りも、孤独も。


誰にも理解されないまま断罪される存在。


「だから今度は違う」


彼は強く言った。


「今度は、君を破滅させない」


「いや、ちょっと待ってください」


私は慌てて口を挟む。


「私、別に破滅回避とかいいので……できれば穏便に婚約解消して田舎で静かに――」


その瞬間だった。


空気が変わった。


彼の笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


「婚約解消?」


低い声。


甘いのに、逃げ場がない。


「それは許可していない」


「えっ」


「私は、君と結婚するためにやり直した」


即答。


迷いなし。


「え、いや、そういうルートじゃなくてですね……!」


必死に否定するが、彼はまったく聞いていない。


むしろ楽しそうですらある。


「安心しろ。君の破滅フラグは全て潰してある」


「潰したって何を――」


「ヒロイン候補の令嬢には全員、別の婚約を用意した」


「……は?」


「社交界での悪評は、すべて“彼女は聡明で慈悲深い”という評判に書き換えた」


「…………」


「王宮内の記録も修正済みだ」


「待ってください」


「卒業パーティーの断罪イベントも発生しないよう手配している」


「待ってくださいってば!」


私は叫んだ。


だが彼は静かに首を傾げるだけだった。


「何か問題があるか?」


ある。


ありすぎる。


私は悪役令嬢なのに。


断罪されるはずなのに。


物語が完全に別方向へ崩壊している。


――この人、全部先回りして潰してる。


しかも満面の笑みで。



それからの日々は、もはや“原作”とは別物だった。


ヒロインが登場するはずの学園入学式。


その前日に、彼女は王都外の名門へ転校。


嫉妬イベント。


消滅。


貴族令嬢による陰口イベント。


翌日には「アレクシア様は慈愛の聖女」と噂が改変済み。


断罪フラグ。


発生前に粉砕。


「殿下、ちょっとやりすぎでは?」


「君の未来を守るためだ」


即答。


迷いなし。


しかもそのくせ――


二人きりになると、異常に距離が近い。


「アレクシア」


「はい」


「今日も美しいな」


「……そういうのはやめてください」


「なぜだ?」


「心臓に悪いので」


「それは困る」


まったく困っていない顔でそう言う。


この人は、政治的には完璧な王太子なのに、私への扱いだけバグっている。



そして迎えた卒業パーティー。


本来なら断罪イベントが発生するはずの場所。


会場は華やかな光に包まれ、貴族たちの視線が一斉に中央へ向かう。


私は嫌な予感しかしなかった。


――来る。


絶対何か来る。


だが次の瞬間。


王太子エドヴァルドが壇上に上がった。


そして、静かに口を開く。


「本日をもって、アレクシア・フォン・ルーヴェルトとの婚約を――」


来た。


断罪だ。


終わった。


そう思った瞬間。


「王命により、正式に強化する」


「…………え?」


会場が静止した。


「彼女は未来の王妃である。異論は認めない」


断罪どころか――公開強化宣言。


ざわめきが爆発する。


私はただ立ち尽くすしかなかった。


そのまま彼は私に手を差し伸べる。


「アレクシア」


「……はい」


「今度こそ、共に未来を歩いてくれるか?」


選択肢など、もう存在しなかった。


「……はい」


その瞬間、歓声が上がる。


本来のゲームとは真逆の結末。


断罪エンドは消え、溺愛ルートだけが確定する。



エピローグ


夜。


王宮の窓辺で、彼に抱きしめられながら私は小さく息を吐いた。


「結局、全部変えちゃいましたね」


「君を失う未来よりはいい」


即答。


相変わらず迷いがない。


私は少しだけ笑った。


「じゃあ、もし次に生まれ変わっても」


「その時は?」


「最初からちゃんと説明してください。こんな強制溺愛ルートじゃなくて」


彼は一瞬だけ黙り――


そして静かに笑った。


「約束しよう」


「今度は最初から、君だけを選ぶ」


その言葉に、胸の奥が温かくなる。


たぶんこれは、バッドエンドを知っている二人が選び直した、ただ一つのハッピーエンドだ。


世界はもう、元の物語には戻らない。


だがそれでもいいと、私は思ってしまった。


――この人となら。


破滅予定の悪役令嬢は、断罪される未来を捨てて、溺愛の現在を選んだ。


そして物語は、静かに終わる。


いや、終わりではない。


これはきっと――始まりだ。







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