#5 覚醒
「迅!迅!起きて!」
「…ん、姉さん?どうした?」
姉さんの必死な叫び声で、
あの時の俺は目を覚ました。
時刻は夜の10時頃、窓の外から
赤い煙が立ち上っているのが見えた。
喉の奥が焼けるように痛い。
「迅!早く逃げるよ!悪魔が来る!」
寝巻きのまま、眠い目をこすりながら
姉さんに手を引かれて、
焦げ臭い夜空の下を駆け出す。
姉さんの爪が手に突き刺さって
血が出そうになってた。
「姉さん、何が起きてるんだよ…」
「この街に悪魔が来たんだよ。
今は生き延びることだけ考えて。
いつ襲われてもおかしくないんだから。」
足が震えて、姉さんの服を強く掴んだ。
耳をつんざく叫び声と不気味な鳴き声、
空中を飛び交う無数の悪魔…
俺たちは確かに地獄にいた。
「アオオオオ!!」
「ああああああああ!!」
すぐ隣で鈍い音が響き渡り、
一滴の血飛沫が俺の頬にかかった。
「迅!見ちゃダメ!」
振り向く暇を与えずに姉さんに視界を塞がれる。
この目で見なくとも、何が起こったのかわかる。
姉さんだって怖くてたまらなかったはずだ。
それでもなお、俺のことを優先してくれた。
「早く逃げるよ!早く、早く…!」
姉さんの手が徐々に冷えていくのを感じた。
周囲は火の海だというのに、
どんどん寒くなっていくし、血の気が引いていった。
「二人ともごめんなさいね。
事態の責任は全て、私たちにあるわ。」
恐怖に溺れる俺たちの前に現れたのは、
黄金の光陣を背中に携えた一人の女性。
俺たちに向けて言葉を紡いでるはずなのに、
その目はちっとも合わない。
「この道をまっすぐ走りなさい。
ここから先は比較的安全だし、避難所も近いから。」
「…ありがとうございます!」
「偉大なるマナの加護が、
罪なき命の息吹を支えますように……」
その女性とすれ違った瞬間、
背後に巨大な金の壁が現れ、
悪魔とは物理的に分かたれた。
それから避難所にたどり着いて、
俺たちは一命を取り留めた。
避難してきた人々の目は虚で、
生きたまま死んでいるようだった。
姉さんがトイレに行っている間、
俺の前に野球ボールほどの
大きさの光球が降ってきた。
夜の暗闇を白い光で照らし出す、
神々しさを感じるものだった。
しかし瞬きした途端に眼前から消え去り、
今もその正体は知る由もない。
ーーーーーーーーーー
「はっ!」
(俺、あの時の夢を…)
目を覚まして数秒してから状況を再認識できた。
そうだ、俺は悪魔に襲われて…
ふと顔を上げると、
俺を襲った悪魔の後ろ姿が見えた。
俺への興味を完全に失ったようだ。
意識を取り戻してすぐ、体の違和感を感じた。
さっきまで砕けていたはずの骨が、
音もなくつながっていく感覚…
全身に力が漲ってくる。
立ち上がった俺の姿を見て、
悪魔は怯えるように後退りした。
「体が軽い。
五感が冴え渡る。
これ、ほんとに俺の体なのか…?」
「ギ、ギィヤァァオ!」
悪魔は再び俺に突進を仕掛けてくる。
しかし俺の目にはその動きがしっかりと見えた。
さっきは見切ることすらできなかったが、
今では止まって見える。
両脚に力を込めて、勢いよく地面を蹴り出すと、
ものすごいスピードで体が吹っ飛び、
勢い余って悪魔に直撃した。
ただ前に出ただけなのに、景色が一瞬で変わった。
被弾した悪魔は壁に叩きつけられ、
ピクピクして動かなくなる。
(今何が起こった?
魔法か?いや、マナを使った感覚はない。)
確認の意味を込めて悪魔の腹を殴りつけてみると、
拳が深々と突き刺さり、その肉体に穴が空いた。
「うわっ…!」
悪魔の体がこうもあっさりと…
俺、どうしちまったんだ…?
ーーーーーーーーーー
「はぁ、はぁ、はぁ…」
東雲君と離れてどのくらい時間が経っただろう。
剣を握る手がぷるぷると震えている。
柄に流れた血で滑る。
残りの悪魔は6体…
(まだ、終わらないんですか…!)
炎魔法を纏い、剣を薙ぎ払って斬り裂く。
何度も何度も繰り返す。
マナの枯渇が見えてきた。
このままじゃ、私は死ぬ…
「…っ!」
背後からの突進攻撃、
私は避けられずモロに当たってしまう。
「あっ、がふ…」
口の中が熱くなり、
血の味がじんわりと広がってくる。
背中がヒリヒリと悲鳴をあげている。
弱音を吐く暇なんてない。
私が負ければ、この数の悪魔が街を襲う。
東雲君の命も危なくなる。
私が、やるしかない…!
心を強く持ったのも束の間、
私は完全に囲まれてしまう。
「ふぅ、ふぅ…」
2秒後、悪魔どもが一斉に襲いかかってきて、
私はリンチに遭う。
痛みが思考の全てを支配する。
「あう!ぐっ…!」
疲労困憊、マナはない。
助けも望めない。
敗北と死が間近に迫ってくる。
(嫌だ嫌だ!死にたくない…!)
「誰か、助けて…」
私の小さな声が届いたのか、
後ろのドアが強く蹴破られた。
そして何者かによって周囲の悪魔が吹き飛ばされる。
「あえ…?」
そこにいたのは東雲君だった。
全身砂と血に塗れたひどい姿で、
魔法を一つも使えないのに、
勝てるはずないのに助けに来てくれた。
「なんでここに、逃げてって
言ったじゃないですか…!」
彼は優しい笑みを浮かべながら答える。
「言ってる場合か。
俺が来てなかったら死んでたんだぞ?」
「それは、そうですけど…」
「頼りないだろうけど、ここは任せてくれよ。」
そう言って東雲君は拳を固める。
そしてとてつもない速度で悪魔に接近し、
次々と攻撃を仕掛けた。
何が起きたのか理解する前に、
悪魔は数を減らしていた。
お腹に拳を沈めた途端、嫌な音が響いた。
そして最後の一体は、
骨が軋む音と共に力なく倒れた。
まさに鬼の所業だった。
私を傷つけた悪魔どもは、
見るも無惨な姿で生き絶える。
私がタッグを組んでしまった人は、
とんでもない人なのかもしれない。
その後ろ姿は悪魔よりも恐ろしく思えた。




