#4 初めての
俺たちが請け負うのは、
二駅先の廃墟で目撃情報が出た悪魔の討伐だ。
先生たちの事前調査では一匹しか発見されていない。
入学したばかりの1年に対しては、
かなり難易度の低い任務を
割り振ってくれてるようだ。
目標地点に向かう道すがら、夏希は一言も発さない。
不思議と気まずさはない。
見ず知らずの他人を相手にしている気分だ。
「あ、あのさぁ…」
静寂に駆られる中、
ふと気になったことを尋ねてみる。
「夏希って、なんで魔導士を目指してるの?」
夏希はスマホから目を離さずに答える。
彼女の冷たい吐息音が嫌でも耳に入ってきた。
「……5年前の大災害、覚えてますよね?」
「ああ、もちろん。」
今でも鮮明に思い出せる。
真夜中にけたたましく鳴り響くサイレンの音、
避難中に鼻にこびりついた焦げ臭い匂い、
空に飛び交う大量の悪魔…
こんなことが現実に起こるのかと、
小学生ながらに衝撃的だった。
怯える姉さんと二人で必死に走った。
震える手を互いに取り合いながら。
後から聞いた話では、
関東から中部まで股にかける、
有史以来最大規模の悪魔災害だったらしい。
「私はあの日、両親を失いました。
母は私のすぐそばで腹部を貫かれ、
父は私を庇って体が真っ二つになりました。」
「…………」
俺たちと同じだ。
シンママだった母さんは、
仕事の出張先で命を落とした。
あの日、悪魔に家族を奪われた人たちは数知れない。
「だから私は、一刻も早く強くなって、
悪魔を根絶やしにするんです。
この手で一匹でも多くの悪魔を殺す、
そのために魔導士を志しました。」
「…そっか。」
話すにつれて夏希のスマホを
いじる指の力が強くなっていった。
夏希のような境遇の人は少なくない。
それほどまでにあの日の悲劇は、
人類に爪痕を残した。
今年入学してきた生徒の大半は
同じ志を持っているのだろう。
「あなたも同じでしょう?」
「えっ、あっ、ああ、うん…」
言えない…
好きな人とお近づきになりたかったからなんて、
口が裂けても言えない…
俺だって悪魔に対して思うところはある。
でも仕方ないもんだと思ってた。
この世界はそういう風に
出来てるからって諦めてた。
魔導士なんて一切興味なかった。
命をかけて戦うにしては給料低いし
割に合わんだろ、とか思ってた。
そんな俺が今や魔導士を志してる。
(何があるか、わからないもんだな。)
たった一つの会話を終えて、
俺たちは黙々と廃墟に向かうのだった。
ーーーーーーーーーー
廃墟にたどり着いて、
なんか感慨深い気持ちになった。
あの日は巻き込まれた被害者、
今は解決する側として立っている。
「東雲君、突入前に確認です。
基本的に私が前衛に出ます。
あなたは背後を警戒しつつ、
悪魔を見つけ次第すぐに教えてください。
独断専行は絶対にしないように。」
「はいはい。」
夏希は鋭い視線を送りながら言った。
私がやるんだ!邪魔するな!というのが本音だろう。
俺たちは足早に廃墟に入る。
不気味なほどに無音だ。
生き物の気配はちっとも感じられないが…
今思うと、あの時はなんでワクワクしてたんだろう。
普通に危ないだろ。
実際に悪魔と対峙することが確定してると、
こうも気持ちが重くなるんだな。
廃墟の中心部分に進み、
探索を始めてから数分経って、
夏希が冷たい声で声を上げた。
「止まってください。」
「はい。」
「静かに!」
「……」
(厳しいよ…)
「来ましたね…」
夏希がおっかない顔で見つめる先には、
のっしのっしと歩く四足歩行の悪魔がいた。
一見獣のように見えるが体毛はない。
黒光りする体が気味悪い。
「下がっててください、邪魔になるので!」
夏希はそう言って剣を抜き、
左手から炎を生み出した。
(夏希の、"炎操魔法"…)
流れるように炎を剣に纏わせ、
悪魔に向けて構え直す。
そして次の瞬間、
夏希が炎の剣を薙ぎ払うと、
炎の斬撃が悪魔目掛けて放たれ、
悪魔は咆哮を上げながら崩れ落ちた。
周囲の瓦礫を切り裂き、溶かしながら…
(これがグレードAの実力か…)
俺は思わず息を呑む。
悪魔が死んだことを確認して、
夏希は可憐に剣をおさめた。
「それでは、帰りましょうか。」
満足そうな笑顔を浮かべながら告げる。
何事もなく安全に終わった、そう思っていた。
「「っ…!」」
空気が変わった。
ドッドッドッという振動が全身に伝わってくる。
切り裂かれた悪魔の死臭もまた、
不気味さを上乗せしている。
廃墟の影から何かが蠢く。
冷たい風が廊下を駆け抜け、埃が舞う。
「東雲君、今すぐ逃げてください。
振り返らずに走って。」
「そういうわけにもいかないだろ…」
「足跡の数からして、相当数の悪魔がいます。
あなたを守り切れる保証がありません。
早く逃げてください!足手纏いです!」
「……わかった。」
俺はそれ以上何も言わず、身を翻して走り出す。
女子にここまで言われるなんて、
情けなすぎて泣けてくる。
一心不乱に走る。
夏希のことは振り返らない。
グレードAの実力を信じるしかない。
「くっそ…」
体が鉛のように重く感じる。
胸が締め付けられるようだ。
(俺、魔導士向いてないのかな。)
負の感情に脳内を支配された時、
それが現実に侵食したかのように悪魔が現れた。
出口の目の前に屯するその悪魔は、
一年前の状況と重なる。
「ギャギャギャギャ…」
悪魔の瞳が不気味に輝き、
舐め回すように視線を向けてくる。
すでに俺に気づいてる。
後ろにも前にも悪魔、逃げ道はない。
ここでこいつを狩るしかない…
剣を握る手が汗で滑る。
足の震えが止まらない。
握っている剣を見て、沙羅さんの言葉を思い出す。
沙羅さんは俺を信じてくれてる。
その想いに応えるんだ!
「やぁぁぁぁぁ!」
悲しみ、悔しさ、恐れ、いろんな気持ちを乗せて
剣を振り上げ、その悪魔に一太刀浴びせたが…
金切音が虚しく響き渡った。
その剣は根本から折れ、手から滑り落ちる。
「そんな……」
「ギェェェェェェ!!」
一瞬悪魔の姿が消えて、次の瞬間には…
「ごっふ!!」
激昂した悪魔の突進が直撃して、
俺の体は吹き飛ばされてゴム毬のように弾み、
壁におもいっきり叩きつけられた。
「あっ、が……」
「アギャギャ…」
今までに感じたことのない痛み。
全身が悲鳴をあげている。
骨が軋み、肉が引き裂かれるようだ。
口から耐えず血が溢れてきて、鉄の味が広がる。
(熱い、熱い…
目が、ぼやけて…)
その悪魔は唾を垂らし、
眼前にまで接近してくる。
そして、俺の意識は暗闇へと堕ちていく。
俺、東雲迅は目の前の悪魔に完全敗北した。




