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僕が私になるまで  作者: 海丸ひとつ


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25/25

道標

篠崎さんは何も尋ねなかったが、僕の方から説明した。戸籍上の性別が女性であることや、この容姿に至るまでの経緯を。ただし、篠崎さんに恋心を抱いていることは伏せた。

彼は、はじめこそ戸惑っていたものの、僕が丁寧に説明していくうちに柔和な態度に変わっていった。

「そうか、俺はてっきりお前が完全な男だとばかり思っていたよ。」

そう言う彼に、僕も苦笑いで答えた。

「そうですよね。僕も今まで自分の心は完全に男性寄りだと思ってましたから。」

それからまた、いつものようにたくさん話しをした。友人や家族の話から、仕事、世界情勢の話まで様々。


気がつけば日が暮れかけていた。

「もうこんな時間ですね。帰りましょうか。」

そう僕が言うと、篠崎さんは改まってこう言った。

「カズ、お前が良ければこれからも俺と会ってくれや。」

僕はとびきりの笑顔で答えた。

「もちろんです。」


こうしてこの日、二人は別れた。

それから後も、篠崎さんは事あるごとに僕と会ってくれた。

次第に、彼の僕に対する扱いが変化していった。そんな日々を重ねたある日、彼の口から予期せぬ言葉が飛び出した。

「カズ、聞いてくれるか。俺は元々、女性が苦手でな。カズくらいがその、なんていうか、ちょうど付き合いやすいんだよなぁ。なんて、失礼か。何ていうかその――」

ゴニョゴニョと言い訳をする彼が、あまりにらしくなくて、僕は笑った。

「僕で――私で良ければ、よろしくお願いします。」

篠崎さんは「おお。」と言って、真っ赤な顔で笑っていた。


こうして、私たちは付き合うことになった。


それを期に、私自身の変化はさらに加速した。


周囲への説明――特に両親との話し合いは混乱を極めた。それでも両親は、時間はかかったが、最後には私の選択を尊重し、応援すると言ってくれた。


友人たちは一様に驚いていた。

僕の変化に気付いていた麻里奈とヒーコは、

「おめでとう!」

と声をそろえて祝福してくれた。

ナツキチに至っては、

「予想の斜め上いくなぁ。」

と、複雑な表情で感嘆していた。そんな親友たちの反応は、少しむず痒かった。


お世話になった病院へも、意を決して説明に行った。すると精神科の担当医はこう言った。

「性自認が揺らぐことは、わずかですが前例があります。しかし、ガイドライン的には、前の診断を“誤診”としなければなりません。」

それを聞いて、申し訳なさが先に立った。ところが逆に、担当医は私を励ましてくれた。

「性自認が定まらないのは、本当に苦しいことだと思います。でも自分の心の声に正直であることは、決して悪いことではありません。間違っても、あなたのせいじゃありません。」

またしても、私は救われることとなった。


名前は、カズのままでもよかった。

でも、和葉に戻すことにした。

お腹に新たな命が宿り、自分の人生が、この子にとって責任あるものになったからだ。

裁判所で再審査を経て、“二度と変更のないように”との注釈付きで、名前の再変更を許してもらえた。


職場にも報告し、皆が祝福してくれた。

中には、物珍しがる人もいたし、心ない声も聞いた。

それでも私は、もう揺るがなかった。

悲観することも、もう止めた。

私は“私”としてこの世に生まれ、これまで十分に自分を見つめて生きてきた。

そして今、大切な友人、家族、仕事仲間に恵まれ、愛する人と、愛するわが子に出会えた。これ以上の幸せはない。

この先どんな困難が訪れようと、私は守りたいもののために強くあれる。



もし、自分を見失いかけている人がいたら、この物語を思い出してほしい。

性別という人間の基本情報さえ揺らぎながら、それでも生きている人がいることを。

そして、人は周囲の支えによって、何度でも立ち上がれることを。

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