静寂
半年記念の後しばらくして、彼女の方から別れを告げられた。
僕は最後まで不甲斐なく、彼女は最後まで優しかった。
彼女と過ごした半年は僕にとって大切な記憶となっり、綺麗な思い出をたくさん残してくれた。
家の中にある彼女の持ち物は、処分出来ずにしまってある。
彼女の方は、僕から渡したプレゼントなど捨ててしまったのだろうか。
ようやく色付いた暮らしは再びモノトーンになり、僕の日常が戻ってきた。
友人たちは心配してくれたが、誰かに相談したいとも思わなかった。
失恋の傷は癒えるのに時間がかかった。僕は悲しみを振り切るように仕事に打ち込み、生活の安定を手にしていった。
数年が経ち、僕は30歳目前になっていた。
仕事も軌道に乗り、業務を主体的に任されるようになっていた。
職が安定していく一方で、プライベートは波乱続きだった。
アイカと別れて以降、数人と交際をしたが、いずれも1年も経たずして関係解消となった。
僕はすっかり仕事人間になり、プライベートより働くことが生き甲斐になっていた。
そんな時、世間では世界的感染症が流行し、大問題となった。
僕は在宅勤務を余儀なくされ、遠隔による働き方を強いられた。
それでも仕事にあぶれなかったのは、ありがたいことだった。
厳戒令のなか、知人の誰に会うこともできず、孤独に仕事に打ち込んだ。
30歳の誕生日は、アパートで一人迎えることになった。
両親や友人からお祝いのメッセージを受け取り、コンビニで1ピースのケーキを買って食べた。
前より散らかった、でも居心地のよい部屋で、節目の年を堪能した。
刺激はないけど、安定的で落ち着いた暮らしに、僕は心底満足していた。
感染症の厳戒令が解かれると、徐々に職場での勤務へと戻っていった。
ようやく感染症の話題が下火になった頃、突然上司から研修に行くよう言われた。
「そろそろカズにも後輩を育てる役をやってもらいたいからな。中堅社員向きのコンプライアンス研修に行ってきてくれ。」
二つ返事で快諾し、僕は隣町まで研修を受けに行くことになった。
この頃僕は、ホルモン注射を定期的に打ち続けていた。
担当医から、事前に注射を中断した時の反応については聞いていた。
注射の影響で濃くなった体毛やヒゲ、低くなった声は戻らないが、生理や体つきは元の女性に戻ると言う。
治療費は総額にするとかなりの額になっていたが、それでも止めるつもりはなかった。
戸籍を見ない限り、誰も僕が女性だとは思わないだろう。
そんな自信を携えて、僕は研修に向かった。
まさかここで、僕の人生を大きく変える出会いがあるとは知らずに――




