両親
初めて告白された。それも男の人に。
僕は慌てて手を解き、
「ごめん」
そう言ってその場を離れた。
菊池君はどれほど勇気を出して告白してくれたのだろう。
僕は過去に告白をした時、心臓が飛び出しそうなほど緊張したのを覚えている。それだけに、彼に対し簡単な言葉で振ってしまったことが申し訳なく思われた。
それから間もなくして、仕事を辞めた。
しかしそれは失意のうちの退職とばかりではなかった。
僕は就職してからこの3年、女性で生きることへの限界を十分に感じていた。
思い悩んだ日は、大学時代の友達、特にヒーコに相談した。
「セクマイのイベントがあるから、一緒に行ってみる?」
そう言って誘われたイベントで、当事者の人と繋がりができた。
色々な人と会ううちに、人生観が変わったのかもしれない。
僕は自分のアイデンティティを受け入れ、望む性で生きることを考え始めていた。
退職後、僕は実家に戻った。
両親は逃げ帰った僕を責めるでもなく、受け入れてくれた。
「これまでの経験は無駄じゃない。和葉がやりたいと思える仕事を、また探したらいいさ。」
父はそう言ってくれた。
母は僕が帰ったことで、むしろ嬉しそうだった。
(これから、この二人を悲しませることになるのは辛いな。)
そう思ったが、僕はもう心に決めていた。
夕ご飯が終わり、家族団らんの時間。
網戸の向こうから聞こえる鈴虫の音色が、テレビの音に混じっていた。
「お父さん、お母さん、ごめん。」
唐突に謝る僕を、二人が驚いて振り返る。
「なに?どうしたの?」
そう言った母は、僕のただならぬ雰囲気に触れ、一気に不安な顔になった。
「僕は、普通の娘じゃないんだ。ずっと、生まれたときから二人に嘘をついてきた。」
どう伝えたら、二人の傷が浅くて済むのだろう?――どんなに考えても答えが解らなかった。
「どういうことだ?」
怪訝な顔をする父。不安そうな母。
「僕は――」
ブワッと、涙が溢れた。
「僕は、心が男なんだ。」
やっと、言えた。
「性同一性障害なんだ。もう女で生きるのは嫌なんだよ。」
その瞬間、二人とも言葉を失ったようだった。
母の目が、みるみる潤んだ。
「――そうなのね。」
涙なんて見せたことのない父までが――泣いた。
「ごめんね。ごめんね。」
泣きながら、母は僕を抱きしめてくれた。
その温もりが辛くて、僕は嗚咽を漏らした。
言葉をたくさん交わすでもなく、ただただ、3人で泣いた。
翌朝、母の目は真っ赤だった。
おそらく床に入ってからも、泣いたのだろう。
本当に申し訳なくて、辛い出来事だった。




