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僕が私になるまで  作者: 海丸ひとつ


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14/25

摩擦

大学を卒業すると、慌ただしく引っ越しをした。

就職先は実家と同じ市内にあったが、通うには遠いので一人暮らしを選んだ。

春――入社式を終え、仕事が始まった。

同期は15名で、僕以外皆男性だった。

数日間の研修を終え、配属先の事業所で建設管理の仕事をすることになった。

田舎の建設業にはよくある、男性社会の古い体質の会社だ。

炊事やお茶くみは女の仕事。掃除も女。

基本的には事務の女性がこうした雑務を行うのだが、技術部が内業の日は若年者である僕が担当だった。

僕は次第に拒否反応を起こし、女の仕事を嫌々するようになった。

業務が始まって初めのうちは化粧も頑張っていたが、すぐに止めてしまった。

(アホらしい。なんで女性ってだけで女の仕事をしなけりればならないんだ。同期の男性陣より給料を多くもらえる訳でもないのに。)

女性だから、女性らしさと女の仕事を求められる。

けど、女性だからといって現場仕事を免除してもらえる訳でもない。掛矢を持つ手には豆ができ、毎日日差しに当たった顔は真っ黒になった。

とても、不公平に感じた。


そうした僕の無愛想な態度を快く思わない上司や同僚からは、次第に距離を置かれるようになった。


そんな中、僕は自動車事故に遭った。

交差点で起こった、車同士の事故だった。

就職を機に両親が用意してくれた車が全損となった。

幸い怪我人は居なかったが、僕は事故のショックでしばらく運転が出来なくなった。

仕事でも同僚たちに迷惑をかけ、余計に疎まれるようになった。


一方、業務の内容自体は比較的シングルタスクで、コンビニバイトよりやりやすさを感じていた。

何より、成し遂げた仕事の達成感は相当にあった。


おかげで何とか仕事を続け、3年が経った。

僕は小さな現場を任されるまでになったが、上司との折り合いは悪かった。


「和葉さんって、仕事に手を抜かないですよね。でもたまに苛立ってるように見えるのは何でですか?」

そう聞いてきたのは1年後輩の菊池君だ。

彼は少し天然キャラだった。

「さーね。」

僕はこの日、特に苛立っていた。

普段付き合いのない取引先の機械メーカーに軽くあしらわれ、不利な取引を強いられた。

(僕が男だったら違う結果だったのかな。)

そう思わずにはいられない、取引内容だった。

上司には怒られ、同期からは上から目線のアドバイスを貰った。

無性に腹が立った。


怖い顔をした僕に、菊池君はいつも臆さず話しかけてきた。

彼は年齢問わず誰とでも仲良くなることに長けており、少し抜けた性格ということもあって、職場で可愛がられていた。

その代わり、仕事は雑で真面目さに欠けていた。

僕は彼が少し苦手だった。


真夏の太陽が皮膚を焦がす正午。

この日は遅れた現場作業を急ピッチで進めていた。

昼休憩を延ばし、職人達に無理を言って作業をお願いしていた。

コンクリートを流し込む型枠からは陽炎が立ち昇った。

暑さと焦りでイライラが充満し、みな眉間にしわを寄せてきた。

施工も大詰めとなった時、僕は大変なことに気がついた。

(材料が全然足りない。)

そのことに気付いた職人が顔色を変えた。

「すみません、材料計算を間違えました!」

僕はすかさず謝ったが、許されるはずもなかった。

「バカ野郎!」

大きな声で叱咤を受け、現場は騒然となった。

上司が駆けつけ後処理をしてくれたが、工事は遅延を余儀なくされた。


僕は上司に叱られ、計算をダブルチェックをしたはずの先輩も叱られた。

(本当はチェックなどしていなかった。)


翌日、午前中を謝罪に費やした僕はすっかり落ち込み、うなだれていた。


味のしない昼ごはんを食べ、事務所の廊下で一人、ぼんやりと外を見ていた。

「今日は一段と元気ないですね。」

そう話し掛けてきたのは、やっぱり菊池君だった。

「ちょっと、失敗したんだ。」

後輩に慰められるものほど、淋しいものはない。

今日は午後からお客さんが来る。

(またお茶くみかぁ。)

自然とため息が出た。

急に、廊下の角を曲がった向こうから、上司達の声がした。

「あいつ、早く結婚でもして止めてくんねぇかな。」

「いや、あれは結婚できねぇだろ。男みたいな格好してさ。」

ははは。という声とともに、バタンと閉まる扉の音――

静寂と共に頬を涙が伝った。

「辞めようかな。」

ポロっと漏れた声が、思った以上にか細かった。

隣を見ると、菊池君が顔を真っ赤に染めている。

「ごめんごめん、変なとこ見せたね。僕行くよ。」

立ち去ろうとした時、手を握られた。

「失礼な先輩たちのことは気にしないでください。――僕は好きです。頑張り屋の和葉さんのこと。」

彼はまっすぐ僕を見つめ、震える声でそう言った。

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