摩擦
大学を卒業すると、慌ただしく引っ越しをした。
就職先は実家と同じ市内にあったが、通うには遠いので一人暮らしを選んだ。
春――入社式を終え、仕事が始まった。
同期は15名で、僕以外皆男性だった。
数日間の研修を終え、配属先の事業所で建設管理の仕事をすることになった。
田舎の建設業にはよくある、男性社会の古い体質の会社だ。
炊事やお茶くみは女の仕事。掃除も女。
基本的には事務の女性がこうした雑務を行うのだが、技術部が内業の日は若年者である僕が担当だった。
僕は次第に拒否反応を起こし、女の仕事を嫌々するようになった。
業務が始まって初めのうちは化粧も頑張っていたが、すぐに止めてしまった。
(アホらしい。なんで女性ってだけで女の仕事をしなけりればならないんだ。同期の男性陣より給料を多くもらえる訳でもないのに。)
女性だから、女性らしさと女の仕事を求められる。
けど、女性だからといって現場仕事を免除してもらえる訳でもない。掛矢を持つ手には豆ができ、毎日日差しに当たった顔は真っ黒になった。
とても、不公平に感じた。
そうした僕の無愛想な態度を快く思わない上司や同僚からは、次第に距離を置かれるようになった。
そんな中、僕は自動車事故に遭った。
交差点で起こった、車同士の事故だった。
就職を機に両親が用意してくれた車が全損となった。
幸い怪我人は居なかったが、僕は事故のショックでしばらく運転が出来なくなった。
仕事でも同僚たちに迷惑をかけ、余計に疎まれるようになった。
一方、業務の内容自体は比較的シングルタスクで、コンビニバイトよりやりやすさを感じていた。
何より、成し遂げた仕事の達成感は相当にあった。
おかげで何とか仕事を続け、3年が経った。
僕は小さな現場を任されるまでになったが、上司との折り合いは悪かった。
「和葉さんって、仕事に手を抜かないですよね。でもたまに苛立ってるように見えるのは何でですか?」
そう聞いてきたのは1年後輩の菊池君だ。
彼は少し天然キャラだった。
「さーね。」
僕はこの日、特に苛立っていた。
普段付き合いのない取引先の機械メーカーに軽くあしらわれ、不利な取引を強いられた。
(僕が男だったら違う結果だったのかな。)
そう思わずにはいられない、取引内容だった。
上司には怒られ、同期からは上から目線のアドバイスを貰った。
無性に腹が立った。
怖い顔をした僕に、菊池君はいつも臆さず話しかけてきた。
彼は年齢問わず誰とでも仲良くなることに長けており、少し抜けた性格ということもあって、職場で可愛がられていた。
その代わり、仕事は雑で真面目さに欠けていた。
僕は彼が少し苦手だった。
真夏の太陽が皮膚を焦がす正午。
この日は遅れた現場作業を急ピッチで進めていた。
昼休憩を延ばし、職人達に無理を言って作業をお願いしていた。
コンクリートを流し込む型枠からは陽炎が立ち昇った。
暑さと焦りでイライラが充満し、みな眉間にしわを寄せてきた。
施工も大詰めとなった時、僕は大変なことに気がついた。
(材料が全然足りない。)
そのことに気付いた職人が顔色を変えた。
「すみません、材料計算を間違えました!」
僕はすかさず謝ったが、許されるはずもなかった。
「バカ野郎!」
大きな声で叱咤を受け、現場は騒然となった。
上司が駆けつけ後処理をしてくれたが、工事は遅延を余儀なくされた。
僕は上司に叱られ、計算をダブルチェックをしたはずの先輩も叱られた。
(本当はチェックなどしていなかった。)
翌日、午前中を謝罪に費やした僕はすっかり落ち込み、うなだれていた。
味のしない昼ごはんを食べ、事務所の廊下で一人、ぼんやりと外を見ていた。
「今日は一段と元気ないですね。」
そう話し掛けてきたのは、やっぱり菊池君だった。
「ちょっと、失敗したんだ。」
後輩に慰められるものほど、淋しいものはない。
今日は午後からお客さんが来る。
(またお茶くみかぁ。)
自然とため息が出た。
急に、廊下の角を曲がった向こうから、上司達の声がした。
「あいつ、早く結婚でもして止めてくんねぇかな。」
「いや、あれは結婚できねぇだろ。男みたいな格好してさ。」
ははは。という声とともに、バタンと閉まる扉の音――
静寂と共に頬を涙が伝った。
「辞めようかな。」
ポロっと漏れた声が、思った以上にか細かった。
隣を見ると、菊池君が顔を真っ赤に染めている。
「ごめんごめん、変なとこ見せたね。僕行くよ。」
立ち去ろうとした時、手を握られた。
「失礼な先輩たちのことは気にしないでください。――僕は好きです。頑張り屋の和葉さんのこと。」
彼はまっすぐ僕を見つめ、震える声でそう言った。




