初恋
「やっと寝付いたか」
小さな寝息を背中に感じながら、カーテンに手をかける。
外では雪が舞い、街の灯りがぼんやりと瞬いていた。
静かなのに、どこか落ち着かない夜だ。
ふと、窓に映る自分の影が目に入る。
見慣れたはずなのに、胸が少しざわついた。
僕が母となり、“私”となるために経た時間は、なんとも稀な道のりであったのだと、いま静かに思う。
誰とも共有できないこの気持ちを、どうか誰か、聞いてくれないだろうか。
春が来た。
そう聞けば、大抵の人は進級や恋を思い浮かべるだろう。
僕の場合、そのどちらも順番にやってきた。
長い小学校が終わり、中学にあがった途端、急に忙しくなった。
部活に勉強。そして先輩のいる世界。子どもから一段、大人側へ踏み込むような感覚だった。
部活はバスケ部。これは初めから決めていた。他の部活はユニフォームがピチピチだったり、スカートだったり――どうしても“女子すぎる”。それが嫌だった。
僕は女として生まれたから、制服はとりあえずスカートを履いた。けれど、選べるものだけは、自分の意思に従った。
部活は想像以上にきつかった。
顧問の先生は体育界では少し名の知れた熱血教師で、彼女の率いたチームはいつも県の上位。
優勝だって珍しくない。
そんなチームに入ったからには、当然“甘え”なんて許されない。
体育館はいつも熱気で白くかすんでいて、先輩たちの声が天井に跳ね返っていた。
先輩たちは皆上手くて、層の厚さに圧倒された。
僕は体力こそ自信があったけれど、どちらかというと運動オンチの部類だ。
がむしゃらに走って、必死に食らいついたつもりでも、結果はなかなかついてこなかった。
そんな僕を疎ましく思う先輩もいたし、逆に「気にしなくても大丈夫だよ。」と笑ってくれる人もいた。
その両方の視線のあいだで、僕はいつも揺れていた。
自ずと、励ましてくれる先輩を尊敬し、慕うようになった。
その憧れに近い感情が、いつの間にか胸の奥で少し違う形に膨らんでいったのだろう。
――僕は一番優しかった美人の先輩に、気付けば恋をしていたんだ。
「和葉さあ、海堂先輩のこと見すぎじゃない?」
ある日同じクラスで同じ部活の木島に言われた。
「は?見てないし。」
慌てた。休憩時間なのに教科書をパラパラとめくって視線を逸らした。のどが熱くなるのを感じた。
「ふーん...」
木島はそれ以上いわなかったが、その沈黙がやけに長く感じた。何かを感じ取っていたのは明らかだ。
(しまった。やっぱり態度に出てたのか。)
僕の恋心は日増しに膨らみ、自らの行動を制御できなくなっていた。
先輩への憧れが恋だと気付いてから、僕は葛藤の渦中にいた。
これってレズ?
レズってことは、オナベってこと?
そのあたりの違いなんて、当時の僕には全然わかっていなかった。
あの頃はセクシャルマイノリティという言葉すら、ほとんど耳にしなかった。
だから“自分が何者なのか”なんて、簡単にわかるはずがなかったんだ。




