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夢を叶える料理店  作者: 名無しの旅人


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第6話・前編 “帰る場所を失った人” ― 真琴 ―

終電を逃した駅前。


シャッターの下りた店が並ぶ通りを、真琴まことは、コートの襟を立てて歩いていた。


二十七歳。


都心のデザイン会社に勤めて五年。


一人暮らし。

実家とは、ほとんど連絡を取っていない。


――というより、“取れなくなった”。


数年前、実家で、激しい口論をした。


「安定した仕事に就きなさい」

「そんな夢みたいな話じゃ、暮らせないでしょう」


イラストレーターになりたいと言った自分に、母は、そう言った。


――正論。


けれど、胸に刺さる言い方だった。


「……分かってる」


そう言い返し、そのまま家を飛び出した。


結局、イラストレーターにはなれず、デザイン会社の下請けとして、企業バナーやチラシを作る日々。


嫌いじゃないけれど――


描きたかったのは、“誰かの顔になる絵”じゃない。

“誰かの心に残る絵”だった。


今日は、仕事で大きなミスをした。


データ入稿の不備。

締切ギリギリでの差し替え。

上司には、叱責される。

同僚には、気を遣われる。


泣くほどじゃない。


辞めたいほどじゃない。


でも――


どこにも、帰りたい場所がない夜。


吐く息が、白くなる。


路地に差し込んだ時――


あの匂いが、流れてきた。


――ミルクと、砂糖。

ホットミルクの香り。


「……?」


足が、匂いに吸い寄せられる。

レンガ造りの、小さな店。


扉脇の黒板。


《本日のご来店、歓迎いたします》


胸に、微かな既視感。


――前に、夢になんとなく出てきた気がする。


チリン。

扉を開いた。


店は、静かだった。


厨房に立つのは、白衣の料理人


「いらっしゃいませ」


その声に、なぜか、胸が少し緩む。


カウンターに腰掛ける。


「……ここ、何の店ですか」


「夢を、料理にする店です」


真琴は、小さく、笑った。


「……じゃあ、私には、あんまり縁ないですね」


「どうして?」


「夢、もう……追ってないんで」


料理人は、包丁を置き、やさしく言った。


「“追っていない”のと、“諦めたまま、置いている”のは、違います」


言い返す言葉が、出なかった。


料理人が、鍋に火を入れる。


ゆらぐ湯気。


「あなたの夢は、『絵』ですね」


真琴は、驚く。


「……なんで、分かるんですか」


「あなたの指に、“ペンだこ”の跡があります」


無意識に、指を見る。


確かに、学生時代から残り続けた、硬いペンだこ。


「……もともと、イラスト描いてました」


ぽつりと告白する。


「今も、描いてることは描いてるけど……仕事って感じじゃない」


料理人は、頷く。


「あなたは、“描くこと”を、やめていません」


「……でも」 


「“夢として見るのを、やめただけ”ですね」


胸が、きゅっと苦しくなる。


料理が出された。


白いマグカップに入った、


ホットミルク。

側には、小さな型抜きクッキーが添えられている。


「“帰路の一杯”です」


一口、飲む。


甘くて、やさしくて。


記憶が、溶け出す。


高校時代、母の台所でミルクを飲みながら、夜更けまでスケッチブックに向かっていた自分。


「将来、挿絵の仕事したいんだ」


そう言った時の、母の困った顔。


――止めたくて言ったんじゃなかった。

ただ、心配だっただけだった。


真琴の喉が、震える。


「……私、公募も、投稿も、やめちゃって……」


料理人の声。


「やめたのは、挑戦。夢そのものではありません」

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