表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢を叶える料理店  作者: 名無しの旅人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/19

第5話・前編 夢を諦めてしまった少女 ― 紬 ―

放課後の音楽室に、ピアノの音が響いていた。


決して上手とは言えない、たどたどしい旋律。

それでも、指は真剣に鍵盤を追いかけている。


つむぎ、十四歳。


中学二年生。


音楽室の窓は開け放たれ、夕暮れの風がカーテンを揺らしていた。


夢は、ピアニスト。

……だった。


コンクールで、結果を出せなかった。


同い年の天才の演奏を、真正面から見てしまった。


――レベルが、違う。


何時間練習しても届かない速さ。

音の粒の密度。

感情の込め方。


紬は、逃げるように、コンクールから帰宅した日のことを覚えている。


悔しくて泣くよりも、ただ呆然として、心の奥が、すうっと冷えていった。


「……私、向いてないんだ」


それが、最初の諦めだった。

それから、練習は減った。


音楽室にも来なくなった。


顧問にも、クラスメイトにも、


「別に、もういい」

「ピアノ飽きた」


そう言って、笑った。


けれど、本当は――


放課後、誰もいない家で、音を出さない電子ピアノを、ただ眺めていた。


鍵盤の白が、やけに眩しかった。


ある夕方。


紬は、帰り道に、道を間違えた。


考え事をしながら歩いていて、いつもの角を曲がり損ねたのだ。


裏路地に入ると、ふっと、耳をくすぐる匂いが流れてきた。


甘い匂い。


――ケーキ?


鼻を頼りに歩くと、見慣れない店の灯りが、目に入った。


レンガ造りの、小さな店。


看板は、ない。


扉の横に置かれた黒板には、

《本日のご来店、歓迎いたします》


と書かれている。


胸が、きゅっと鳴った。


――お店?

――ケーキ、食べたい……。


そんな軽い気持ちで、紬は、扉を押した。


チリン。


鈴の音。


店の中は、静かだった。


カウンター席と、二人掛けのテーブル。


ゆるやかな灯り。


そして――

厨房に立つ、あの料理人。


「いらっしゃいませ」


穏やかな声に、紬は、つい、緊張してしまう。


「あ……」


「どうぞ。お一人、ですね」


「……はい」


カウンターに、そっと腰掛ける。


「ご注文は?」


「……えっと」


メニューを探すが、どこにもない。


「お任せで、よろしいですか?」


紬は、戸惑いながら頷く。


「……はい」


調理をしながら、料理人は、やわらかく問いかける。


「音楽、やっていましたね」


紬の肩が、ぴくりと揺れた。


「……どうして、分かるんですか」


「あなたの指に、音が残っています」


言い当てられたようで、胸が詰まる。


「……もう、やめました」


「本当に?」


紬は、答えない。


しばらくして、皿が運ばれてきた。


白いソースのかかった、小さなケーキ。


上には、音符の形をしたチョコレート。


「……かわいい」


「“未完成のケーキ”です」


料理人は言った。


「あなた自身の、今の夢の形です」


一口食べる。


ふわっと、口の中で溶ける甘さ。


――次の瞬間。


音が、胸に流れ込む。


初めてピアノを弾いた日。


黒鍵と白鍵に、指を置くドキドキ。


コンクールで、震えながら弾いた舞台。


そして――


誰かに、音を届けたいと思っていた、あの純粋な気持ち。


「……」


涙が、ぽろっと落ちる。


料理人が、そっと言った。


「あなたの夢は、他人との“勝ち負け”で、壊れるものではありません」


紬は、震える声で尋ねた。


「……才能なかったら、夢見ちゃ、だめですか?」


料理人は、すぐに首を振った。


「夢は、“才能がある人のもの”ではありません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ