表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢を叶える料理店  作者: 名無しの旅人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/19

第4話・中編 教師である前に ― 恒一 ―

ビーフシチューの皿は、半分ほど空になっていた。


神崎は、スプーンを握ったまま、湯気の向こうを見つめている。


胸の奥で、長い年月、重ねてきた記憶がゆっくりと溶け出していた。


「……夢を語るってさ」


独りごとのように、呟く。


「無責任なんじゃないかって……ずっと思ってた」


料理人は、静かに耳を傾けている。


「頑張っても、結果が出ない生徒はいる。家庭の事情で、進学を諦める子もいる。いくら努力しても、届かない場所がある」


神崎は、苦く笑った。


「そんな現実を知ってるのに、“夢を見ろ”なんて言えます?」


料理人は、すぐには答えなかった。


鍋の火を弱め、タオルで手を拭いてから、ゆっくりと口を開く。


「夢を、叶えることばかりを、“夢だ”と呼ぶから、苦しくなるのです」


神崎は、首を傾げる。


「人は――」


料理人は続ける。


「夢を持つことで、未来に進む“理由”を得るのです。叶わなかったとしても、“進んだ時間”は、決して無駄になりません」


「……慰め、じゃないですか」


「違います」


料理人は、静かな声で否定した。


「教師であるあなたが、いちばん知っているはずです。結果が出なくても、過程が人を成長させることを。」


神崎の脳裏に、何人もの顔が浮かぶ。


大学入試に失敗し、涙を流した生徒。

けれど後年、地元で就職し、家庭を持ち、同窓会で穏やかに笑っていた姿。


――本当に、“不幸”だっただろうか。


皿のスプーンが、かすかに震える。


「……俺は」


神崎は、ゆっくりと口を開いた。


「生徒が挫折する姿を見るのが、怖くなったんです」


料理人は、目を細める。


「期待を持たせなければ、失望も見ずに済む」


神崎は苦笑言った。


「……逃げてたんでしょうね」


料理人は、穏やかにうなずいた。


「逃げは、悪ではありません。それも、人が心を守る方法のひとつです」


「……だったら……」


神崎は、視線を上げる。


「俺は、また“夢を語っていい”んでしょうか」


料理人は、微笑んだ。


「はい。むしろ――」


一拍おいて、続ける。


「あなたのような人こそ、語るべきです。夢を“無条件に信じる人”ではなく、“現実を知った上で、希望を手放さない人”だから。」


神崎の胸が、詰まった。


――そんな資格、どこにある?


そう思いつつも、胸の奥で、小さな光が灯る。


料理人は、最後にひと言、添えた。


「教師ある前に、あなた自身も、かつて“夢を抱いた人”だったことを、忘れないでください」


その言葉は、深く、静かに、刺さった。


ビーフシチューを食べ終える。


神崎は、長いため息をついた。


「……ありがとう」


立ち上がる。


扉の前で、足が止まる。


「……なあ、ひとつ、聞いていいですか」


「どうぞ」


「この店、……なんで、俺みたいな人の前に現れたんだろう」


料理人は、やさしく微笑む。


「それは――」


一瞬、言葉を区切り、


「あなたが、“もう一度、夢の話をしたい”と、心のどこかで願っていたからです」


チリン――。


扉が鳴り、外は闇に戻った。


路地には、いつも通りの静けさだけ。


店は、跡形もない。


翌日の授業。


神崎は、黒板の前に立ち、生徒たちを見渡した。


「……今日はな」


思わず、言葉が途切れる。


――また、同じ無味乾燥な授業に戻るのか?


胸に、昨夜の言葉が、やさしく灯る。


「……“公式を覚える意味”の話をしよう」


生徒たちが、少し顔を上げた。


「数学は、答えが一つしかない学問です」


チョークを走らせる。


「けど、人の人生は、答えが一つじゃない。ここで身につけるのは、“問題を考え抜く力”だ」


教室が、わずかに静まり返る。


「それは――君たちが、それぞれの夢を探す武器になる」


言い終えて、ふと気づく。


――ああ。


久しぶりに、“教師になれた気がする”。


神崎の唇が、かすかに笑った

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ